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彼女はくノ一! 第六話(56)

第六話 春、到来! 出会いと別れは嵐の如く!!(56)

 翌朝、香也は「ごふっ!」と勢いよく息を吐いて目覚めた。
「あっさだよー。
 おっにーちゃん……」
 歌うような節回しでそういう、ガクの声が聞こえた。目を開けると、ガクの顔が、どあっぷになっている。香也の鼻が、ふと石鹸の香りを嗅ぎ分けた。そういえば、よく見ると、ガクの頭は、湿っているような色つやもしている。シャワーでも浴びたのかな、と、香也は思った。
 目が大きいガクに、起き抜けにいきなりこうして顔を近づけられると、香也はかなり、どきりとしてしまう。
 ここ最近の、そう、ノリが帰還した前後からガクは、背も少しづつ延びている。もちろん、一日、二日ではそうとはわからない程度だが、立ってガクと話している時など、ふと目線の位置に違和感を覚え、「ああ、そうか。顔の位置が、少し上に来たているんだ……」と思い当たったりする。
 身長の変化以上に、ガクの身体は、全体に女性らしい丸みを帯びてきていた。こうして上に乗りかかると、ガクの肌との接触している部分から、押し返すような弾力を感じる。加えて、こうしてあらためて顔をみてみると、肌の表面のすべすとしていて、とてもやわらかそうで……。
「……はいはーい。
 起きましょー……」
 香也がぼーっと考えている間にも、ガクは香也の掛け布団を強引にひっぺがす。勢い余って蒲団が宙を舞うが、ガクは気にかけない。
 蒲団を剥いだ中から出てきた香也のパジャマ姿を、特にある一点を、見つめている。
「あっ!」
 すかさず、ガクは香也の上に乗りかかった。そして、パジャマの布地を持ち上げている香也の股間に手を置き、そこの感触を確認するように、撫でさする。
「すごいっ!
 朝からこんなに大きくなってるっ!」
 ……頼むから、耳元でそういうことをはっきり言わないでくれ……と、香也は思った。
 しかし、ガクにしてみれば、男性の生理現象はかなり珍しいらしい。刺激を与えれば、そういう状態になる、というのは、まだしも「機能上の理由」ということで、納得ができる。事実、ガクも、何度かそういう状態になった香也の局部を見たり触れたりそれ以上のことをしたりしたことがある。
 しかし、何にもしないのに、朝起きると、自然とそうなる、というのは……ガクにしてみれば「……変なの」ということになる。
 ガクは、香也の身体の上に馬乗りになって押さえつけた状態で、香也の股間を、すりすりと指でまさぐる。
「……こんなに、ぱっつんぱっつんにしちゃって……」
 ガクは、香也を見下ろしながら、いった。
「苦しそうだね……おにーちゃんの、ここ……」
「……ちょっ、ちょっと……」
 ようやく、香也が弱々しく抗議の声をあげた。そもそも、長身の香也と小さなガクとでは、体格差があるのだから、香也さえその気になれば、ガクの身体をはねのける、ということも、十分に出来た筈である。
 しかし、香也は、そうした直接的な抵抗は、避けている。というか、ガクの大きな瞳に見据えられ、呪縛されたように、動けないでいる。
「そ、そういうの、いいから……。
 そのままにしていても、すぐに、小さくなるし……」
 それでも、香也は、その程度の抵抗はする。
 このままでは、昨日の孫子との一件の二の舞であった。どこかで頑として線を引いておかないと、このままずるずると、全員同時に関係し続けて、どうにも後戻りができないようになってしまうのではないか……という、かなり確かな予感が、香也にはあった。
「……そういうもんなの?」
 ガクは、首を傾げて香也に問い返す。
「いつもみたいに、ぴゅーっとすごい勢いでださなくても、小さくなるの?」
 ……その言い方に関しても、香也としてはいいたいことはいくらもあったが、とりあえずはガクを説得して退いて貰う必要があったので、恐ろしい勢いでがくがくと頷く。 
「……それに、上から退いてくれないと、トイレにもいけないし……」
 ここぞとばかりに、香也が、主張する。
 何しろ、寝起きである。もう一方の「生理的欲求」も、それなりに切実だった。
「……あっ。
 そうか。ごめん……」
 基本的に素直なガクは、香也の言葉に頷いて、退いてくれた。
 香也は、これを幸いとばかりに、ガクの気が変わらないうちに飛び起き、部屋を出る。
 ガクが、その後をちょこちょことついてこようとする。
「……いや、トイレにくらい、一人で行かせて……」
 香也は、振り返ってガクにそう懇願しなければならなかった。

「……ふぅ」
 ようやく用をたしてトイレから出ると、恭しくハンドタオルを差し出された。
 そっちの方をみると……神妙な顔をしたガクが、メイド服を着て、香也にタオルを差し出していた。
「…………」
 たっぷり数十秒、香也は思考をフリーズさせた後、
「……おわぁっ!」
 と、悲鳴に似た声を上げて、その場で飛び上がった。
「ど、ど、ど……どうしたの、それ?」
 細い目を丸くした香也が、動転しながらガクに尋ねる。
「当番のことを話したら、茅さんが、これ、貸してくれて……」
 珍しく、もじもじと恥ずかしそうな身じろぎをしながら、ガクが答える。
「ご奉仕するんなら、この服をって、貸してくれたんだけど……そんなに……この格好、駄目?」
「……んー。んー……」
 香也は、何か追いつめられた気分になりながら、うめく。
 その内心は、冷や汗だらだら。
「だ、だ、だ、駄目、というか……そ、そ、そ、そんなことはないし、む、む、むしろよく似合うんだけど、だ、だ、だ、だからこそ、困るということもあるわけで……」
 やたらとどもりながら、香也はそう答えた。
 正直なところ、自分でも何がいいたいのかよくわからない。
 普段のガクのイメージと、今現在、目の前にいる、スカート姿で恥ずかしそうにもじもじしているガクの様子とのギャップに、香也は軽い目眩を感じた。
 実際のところ……このごろめっきり女らしい雰囲気をまといはじめた、しかし、いまだ未成熟なところも多分に残しているガクが、スカート姿で自分の格好を恥ずかしがっている様子は……不意打ちもあって、香也の精神を、かなりのところ、揺さぶっている。
 ……この子たち、もう……どんどん、子供では、なくなってくるんだ……と、香也は、ごく当たり前の事実に関して、認識を新たにした。

「……ほー。
 そうか。
 今度から、日替わりでメイドさんになるのか……」
 朝食の席で、羽生がしきりに頷いている。
 ガクのメイド服姿について、真理は、「かわいー!」と連呼する以外の反応を示さなかった。
「うん。
 茅さんが、しばらくこの服貸してくれるっていうから、明日はテンで、明後日がノリ……みんなで順番に、ご奉仕するの……」 
 無邪気な口調で、ガクが羽生の答えている。
 楓と孫子は無言のまま朝食を続けており、香也の目には、二人とも、心なしか不機嫌そうにみえた。




[つづき]
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