第六話 春、到来! 出会いと別れは嵐の如く!!(57)
「……わははははは……」
マンション前に集合するなり、飯島舞花は、目ざとくガクの格好を発見して破顔した。
「今日のガクちゃんは、メイドさんなのか……」
似合う、似合う、といいながら、舞花は笑い続ける。
香也や楓、孫子の後についてきたガクは、メイド服着用の上、香也の鞄も抱えている。
「……そのまま、学校までついてくるつもりか、お前は……」
荒野は荒野で、頭を抱えていた。
「……茅でも、そこまで無軌道ではなかったぞ……」
「め、目立つことは、確実だと思うけど……」
樋口明日樹は、ガクから目を逸らす。
「まあ……もう、そういう刺激にも、段々慣れつつあるけど……」
茅や楓、孫子……といった面々と、毎日、一緒に登校している明日樹である。彼女たちは、容姿以外にも、今では普段の活動によって、注目されるようになっていた。
孫子は、地元では新進の年少学生経営者であり、茅は、放課後の課外活動の主導者として、校内ではもはや知らぬ者がない。一番地味な楓でさえ、校内のネットワークシステムの基幹部をほぼ一人で構築したことを知っている生徒は、少数ながらも確実にいた。
つまり、彼女らは、この時点で「外見だけが取り柄」の存在ではない、という事実が、徐々に周知のものになりはじめていて……実際のところ、一緒に登校していても、おなざりでない挨拶の声をかけられる頻度は、日に日に、多くなっている。
明日樹や舞花、栗田や大樹など、たまたま彼らのそばにいるだけの「普通の生徒」にしてみれば、気分はもはや、「何でもあり」だった。
「……そういや、茅ちゃんも、流石にメイド服で登校したことはなかったなぁ……」
笑いを含んだ声で、舞花がそういう。いわゆる、「普通の生徒」の中でも、一番鷹揚なのが、この舞花だろう。
「……流石に、それはやばいだろう……」
荒野が、げんなりとした声で、答える。
「コスプレで登校なんかしたら、先生にこってり絞られるって……。
ただでさえ、おれたち、目立っているんだから……」
目立つ……とはいえ、このグループは、生徒としてかなり規範的に振る舞っている。勉強熱心だし、生活態度もいい。茅などは、毎日、遅くまで学校に残って他の生徒たちの勉強を支援しているし、香也や楓は、地域ボランティアに積極的に荷担している。
そうした実績をつみあげている限り、悪い意味で教師に目をつけられることはない……と、荒野は思っている。
「……目立っているから……ちょっとでも、悪いことをすれば、余計目立つし……」
そういって、荒野は、ちらりと茅をみる。
茅は、小声で、
「……わかっているの」
と、ぽつりと呟く。
その時の茅は、実に、残念そうな顔をしていた。
「……うーん。
おしいな……。
そこまで徹底するなら、髪型もそれらしくすればいいのに……」
登校中、舞花は、ガクに向かってそう話しかける。
「……その髪……この前カットした時から、延ばしっぱなしだろ?
そろそろ、美容院にいった方がいいんじゃないか?
ガクちゃんたちは、元がいいんだから、もっと手を入れないと……」
「……予約する時は、おねーさんの店に連絡してね。
大勢で押し掛けるんじゃなければ、平日なら、普通に予約取れる筈だから……」
明日樹も、舞花の発言に、そう付け加えた。
「ガクちゃんも……だけど、後の二人も、ここ最近で、めっきり女の子っぽくなったよなあ……。
こっち来たばかりの時は、もっとこう、子供っぽかったのに……」
舞花がそう続けると、香也と明日樹の動きが、目に見えてぎこちなくなる。テン、ガク、ノリが……女性らしくなった、というか、「女」になった経緯を、この二人は知っていた。楓や孫子も、知っているが、この二人は香也や明日樹よりも、通常の規範に捕らわれていないので、香也や明日樹ほどには、態度に現れていない。
孫子は平然としているし、楓は、照れたような薄笑いを浮かべているだけだった。
「やっはっはっはっは……。
なになに、今日のガクちゃんは、絵描き君専属のメイドさんなの?」
途中で合流してきた玉木の反応も、舞花と似たりよったりだった。
「……今日一日は、ボクがおにーちゃんのお世話をするんだもんね……」
香也の鞄を抱えたガクが、えっへんと胸を張る。
「そーか、そーか……。
相変わらず、もてもてだなあ、絵描き君……」
ガクの頭を撫でながら、玉木が香也に意味ありげな視線を送る。
香也は、努めて平静を装う以上の反応を示さなかった。
「……それはそうと、絵描き君。
今日の休み時間にも、有働君あたりが、また、昨日の続きで校正の打ち合わせとかいくと思うから、よろしく相手をしてやってくれたまえ……」
玉木が芝居がかったセリフ回しでそういうと、これには香也も「……んー……」と頷く。
「……君がポスターのために描いてくれた絵は、無事校内各所に、解説付きで展示し終わったから……」
と、玉木は続けた。
通りすがりの生徒たちの視線を集めながら、ガクは校門前まで香也の鞄持ちをし、そこで香也に鞄を返しながら、
「……またね、おにーちゃん。
放課後、迎えに来るから……」
といって、帰っていった。
「……んー……」
といいながら、香也は、力なく手を振って、ガクを見送る。
ガクが好意でやってくるれているのは、確かなのである。
……周囲から降り注ぐ視線が痛いほどだったので、積極的にほめたり評価したりする気には、香也は、なれなかったが。
「……おいおい、今のはなんだっ! いったいっ!」
そんな香也に向かって、突進してきた生徒がいる。
「おま……。
ただでさえ、美少女独占気味なのに、こんどはぷにゅっとロリメイドか、コンチクショウっ!」
楓が、香也の前に身体を割り込ませ、孫子が、きつい目つきで、その突進してきた男子生徒を睨んだ
でいたので、その男子生徒……柊誠二は、香也の肩に腕をまわすことができなかった。
「……な、な、な……。
なんで、お前ばかりっ!
そんなに、恵まれているんだよぉー!」
香也への突撃を、楓と孫子に阻まれた柊は、ばっと身を翻して、校門の中に駆けていく。
「……なんだ、今の……」
舞花が、呆然と呟く。
「柊……校内一のナンパ男、って評判の、バカ……」
大樹が、もろに嫌悪感を含んだ声をだした。
「欲望がもろわかりなんで、女子には、まともに相手にされてないけど……」
「ルックスは、そこそこだと思うけど……ああも露骨にがっついていると、流石に引くわ……」
玉木は、そう論評した。
「マジ泣きしてなかったか? 今の……」
荒野が、呆然と呟く。
あっけにとられた顔をしていた。
「……一般人も、奥が深い……」
[
つづき]
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