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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(315)

第六章 「血と技」(315)

 街灯の灯りが届かない、暗い場所を選んで、四体の小さな人影が、ひっそりと音も立てずに移動する。暗い場所を選んで移動しているのと、それに、人の形をしながらも、とうてい人には出せない速度で移動しているので、人影の存在に気づいたものはいなかった。
 四体の人影は、すぐに市街地をぬけ、背の高い建物が少なくなってくる。あるのまばらに点在する住宅と農地、見晴らしはかなりいい。四体の人影は、すぐに街灯に照らされた公道を逸れ、ほとんど光源がない農道に入り、そこでようやく足を止める。
「……やっぱり、走れるじゃん……」
 四体の人影のうちのひとつ、ガクが、もうひとつの人影に向かっていった。
「これが、限界なの」
 茅が、途切れ途切れに答える。
「まだまだ、持久力が、不足している……」
 平然としている他の三人とは違い、茅は、この寒い中、額に汗を浮かべ、必死になって、酸素を欲しようとする身体の要求と戦い、自身の意志で呼吸を抑制している。
 狩野家からこの地点まで、最短の道のりを普通に徒歩で移動すれば、健康な成人男性でも、半時間から四十分は優にかかる距離だった。
 が、この四体の人影は、人目を避けるため、人通りの少ない道を選択し、結果、かなりの寄り道を強いられながらも、十分もかからずに移動し終えている。テン、ガク、ノリの三人についてはいうまでもないことだが、茅についても、もはや通常の人間以上の身体能力を獲得しつつあるのは、明白だった。
 その茅は、ハンカチを取り出して、顔や首に浮かんだ汗を、丁寧に拭っている。寒さのおかげもあって、一度拭うと、それ以上、汗を拭う必要はなく、また、汗を拭い終わる頃には、茅の呼吸もかなり整っており、ほぼ平常な状態になっていた。
「行くの」
 ハンカチをポケットの中に収めながら、茅は、茅の体調が回復するまで黙ってまってくれた三人に向け、呼びかける。
「ここまでくれば、もうすぐそこなの」
 そういった時の茅は、もはや、いつもとなんら変わらない様子になっていた。

「おう。
 いらっしゃい……」
 四人の気配を感じ取ったからか、二宮舎人が家の前まで出迎えてくれた。
「こっちだ。
 現象たちが待っている……」
 そういって、生け垣の中に通された。
 かなり広大な庭を歩いて、ようやく玄関にたどり着く。前に話していたとおり、古色蒼然とした、藁葺きの農家だった。玄関をくぐって中に入ると、まず、確実に十畳以上はある土間になっていおり……そこに、現象と梢が、待ちかまえていた。
 その向こうが、ようやく板の間になっており、そこにはなんと、囲炉裏までもがあった。炭火の赤々とした色が、ちらちらと踊っている。
 茅は、家の内部をざっと見渡す。
 広いだけではなく、家の造りが堅実で、しっかりしている。古いが、それだけの星霜に耐えうるだけの堅強な普請。
 この家のもとの所有者は、明治とか大正……近くても、戦前まで、このあたりの土地を治めていた地主かなにかだったのではないのか……と、茅は想像する。住人が何世代もの移り変わっても、なお、手を入れながら住み続けることができる……という家を建築することが可能なだったのは、それだけ十分な身代があった、ということだろう。
 この前の舎人の話しによると、この家を建てた者の子孫は、この土地に根付いて生活する、という選択をしなかったようだが……。
「……まず、何から、はじめるの?」
 まず、茅が、現象たちに近づいて、挨拶も抜きに話しかける。
 佐久間の長との約定で、こうして技の伝授をして貰うことになったわけだが……だからといって、卑屈になる必要はない、と、茅は思っている。
「まず、何種類かの音を、聞き分けて貰う」
 現象も挨拶を抜きにして、幾分、緊張気味の表情で、茅たち四人に向かって、小さな、竹製の楽器をかざして見せた。
「お前らの、現在の能力……感性の精度を、測るところから、はじめる」
 現象にとっても、佐久間の技を茅たちに伝授する……という行為は、緊張を強いられるものであるらしかった。
「だが、しかし……その前に。
 少しだけ、何故、この役目に、このぼくが振られたのか……ということを、考察してみよう……」
 現象は、そう続ける。
「佐久間本家の立場にたってみれば、わかる。
 お前らが悪餓鬼と呼んでいるやつらに対抗するためにも、佐久間の技を、お前らに伝える必要は、ある。ただでさえ数が少ない佐久間の術者をいきなり投入するよりは、リスクが少ないからだ。
 それに……ぼくに対する懲罰、という意味合いも、たぶんにあるだろう。
 だが、それだけではない。
 知っての通り、ぼくに佐久間の技を教えたのは、ぼくの母だ。逃亡生活を続けながら、余裕がない中での教育だった。当然、知識の欠落もあるだろうし、必要な機材が調達できなかった、などのケースも、多々、あったことだろう。
 だから、ぼくの技は、佐久間の本流からすれば、イレギュラーな形になっていると予想される。
 佐久間が、そんなぼくに、お前らの教育係を命じたのは……明らかに、お前らが、強力になりすぎるのを警戒してのことだ。
 ぼくの知識をお前らに伝えれば、それは、劣化コピーの、さらにコピー……ということになる。そのような形であるほうが、佐久間本家にとっては、いろいろと都合がいいんだ……」
 梢は、現象の言葉を否定も肯定もせず、表情ひとつ変えずに、現象の背後に控えている。
「……加えて、そこの梢は、このぼくを見張るために佐久間本家から派遣されている。
 ぼくが、お前らに何を教えているのか……ということをチェックすれば、それは同時に、ぼくが母親からどの程度、佐久間の技を伝授されているのか、という指標にも、なる。
 また、ぼくが、素直に知っていることの全てを、お前らに教えるとは限らない。
 明らかに、嘘を教える……ということは、そこにいる梢が許さないだろうが、知っていることをあえて教えない……ということまでは、そこにいる梢も、制止できないだろう。
 何故なら、そこの梢も、佐久間本家も、佐久間の技について、このぼくが、どれほどの知識を持ち合わせているのか、把握していないからだ。
 そういう状態では、手抜きやサボタージュの意志は、見抜くことが難しい。
 このぼくは……いわば、信用できない教師役、というわけだ……」




[つづき]
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