第六章 「血と技」(316)
「それぐらいのことは、わきまえているの」
茅が、現象に答えた。
「それでも……対抗手段を何も持たないよりは、ましなの」
「結構だ」
現象も、もっともらしい顔をして頷く。
「その程度のことも推察できない相手には、教える甲斐もないからな」
「能書きはその辺で終わりにして、さっさとはじめてくれないかな……」
ガクが、口を挟む。
すると現象は、ゆっくりと、ガクとノリの顔を眺めた。
「……お前らも、来たのか。
加納の姫と、そこのツリ目はまだしもわかるんだが……」
現象のいう「そこのツリ目」とは、テンのことだ。三人組の中で、体質的に、茅に一番近いのは、テンである……という情報ぐらいは、現象にも流されているのだろう。
「……ボクらは、成長中だし、発展途上」
ノリが、冷静な声で答える。
「今後、どんな能力が発現するのかわかったもんじゃないし……だから、試してみる価値は、十分にあると思うよ」
梢が、現象の後頭部を、容赦なく、平手でたたいた。
「……気にしないでいいですからね、こんなののいうことは……」
現象をどついてから、梢は、にこやかな顔で、茅と三人に笑いかける。
「一口に佐久間といっても、多種多様なタイプがいます。
詳細を明かすわけにはいきませんが……記憶力だけが、能力の指標となるわけではない、ということは、確かです。
また、一般人の平均レベルの記憶力があれば、基本的な佐久間の技を修得することは、十分に可能です。
そちらの……ガクさんとノリさんも、人並みの記憶力さえあれば、特に心配する必要は、ありません」
「……記憶力はともかく……」
そういって、現象は、手にしたものを、自身の目の前にかざす。
細い竹の管を横に並べ、針金で固定している。長さが不揃いなのと、それに、竹の管の所々に穴が空いているのとで、どうやら「笛」の一種らしい……と、想像することが出来た。
素朴……を通り越して、人目で素人細工であることが見て取れる。
「ある種の感受性……センサーの精度は、必要となる。
何をやっているのか関知できない……では、こちらの努力も、徒労に終わろうというものだからな……」
「……それ……楽器のつもり?」
ガクが、現象が手にした、露骨に、急ごしらえの手作り品にしか見えない笛をみて、軽く眉をひそめる。
「笛ではなく、笙だ。
それに、演奏を楽しむのが目的ではない」
現象は、ガクの不審そうな表情には構わずに、続ける。
「音を出し、それを、お前らが関知できるかどうか、調べるために作ってやったんだ。
一度しか使わないし、所定の周波数の音さえでれば、それでいい。
例えば……」
現象は、手作りの笙に口をあて、息を吹き込む。
ひぃぃぃぃぃー……というもの悲しい、低い音が、あたりに響く。
「……これが、通常の人間の可聴域ぎりぎりの音になる。
これ以上になると……」
現象は、もう一度、笙に口をつける。
「……今度は、音が聞こえた者と、聞こえなかった者とに分かれる筈だ。
聞こえた者、手をあげろ」
茅、テン、ガク、ノリの四人全員が、即座に片手をあげた。
現象は、少し驚いた表情になり、舎人の顔をみる。
「……おれには、聞こえなかったぞ」
舎人は、現象が問いたいことを察し、先回りして答えた。
「……思ったよりは、楽しめそうだな」
舎人の答えを確認した現象は、納得のいった顔をして、頷く。
「そうでなくては、こちらも、面白くない……」
それから、現象は、同じように何種類かの音を笙で出してみて、四人に聞こえたかどうか、確認をする……という行為を繰り返した。
茅とテンは、現象が出したすべての音を聞き取ることができ、ガクとノリは、音によって聞こえたり聞こえなかったりした。
「……お前らの現在のパラメータは、把握した」
しばらくすると、一通りのことを試したからか、現象は、そういって頷く。
「……確かに、全員……まったく素質がない、ってわけでも、なさそうだ……」
それで、現象なりの評価のつもり……なのだろうな、と、茅は判断する。
「……次は?」
ガクが、身を乗り出した。
「ボクたち、まだ何も、教えられてない……」
「……急くな」
現象は、笑う。
「今のみると……お前が、一番、望み薄なんだが……。
どうだ?
少し荒っぽいやりかたでもよければ……お前の頭を、少しいじくってやろうか?」
「……どういうこと?」
ガクは、軽く眉をひそめる。
「いったとおりだ」
現象は、肩を竦める。
「佐久間の技で、お前の頭の中を弄くり……潜在している能力を、たたき起こす」
「……危険じゃないの、それ?」
すかさず、テンが割ってはいった。
「リスクは、それなりにありますが……」
梢が、前に進み出た。
「……そうですね。
例えていうならば……ここの配線に、少し、手を加え……ショートサーキットを、作るようなものです。
失敗しても、何も起きないというだけで……差し障りは、ないでしょう。
わたしも、見て、これが下手な真似をしようとすれば、即座に止めに入りますし……」
「……まったく、支障はないの?」
ノリが、露骨に不審な顔になる。
「だったら、最初から、回りくどいことしないで、その、弄くる……っていうのをやるのが、手っとり早いと思うけど……」
「失敗しても、元の黙阿弥になるだけだが……」
現象は、ノリの顔をまともに見据えて、いった。
「……成功しようが失敗しようが……この方法は、術を施すもの、施されるもの、双方の心身に、多大な損耗を強いることになる。
本来なら、眠っている能力を、無理矢理ひっぱたいて引き出すようなものだからな。
一度行えば……通常の者なら、軽く何日か、寝込む……」
ガクとノリ、それにテンは、しゃべっている現象よりも、現象のそばに控えている梢の表情に注視していた。
「……現象の言葉に、嘘はありません。
わたしは、そんな強引な方法を取らずとも、もっと自然な学習によって、能力を伸ばすことを強く推奨しますが……」
「……いいよ。
ボクが、実験してみる」
ガクが、前に進み出る。
「体力には自信があるし……それに、まだろっこしいのは、趣味じゃない」
「茅も、みているの」
茅が、ガクの後ろに進み出る。
「現象が、下手な真似をしようとしたら……力づくでも、現象を止めるの」
茅に続いて、テンとノリも、「……ボクも」、「ボクも」と、進み出た。
「……確かに、加納の姫様なら……現状でも、現象がやることを、ある程度、察知することが可能でしょう……」
梢は、ため息混じりに、答えた。
そして、茅が合図すれば……ノリとテンが、現象に襲いかかるのだ。
「……みなさま……危ない橋をあえてわたるのが、お好きなのですね……」
「……それが、そちらの結論……ということで、いいのか?」
現象が、前に進み出る。
「……意志が決まったのなら、こちらはいつでもはじめられるぞ……」
その時の現象は、明らかに、この状況を面白がっている顔をしていた。
「……いいよ」
ガクが、一歩前に進み出て、身構える。
「いつでも、やってみな」
現象が、目を閉じる。
「……目を、閉じてっ!」
梢が、叫ぶ。
「最初のうちは……いろいろなものが、見えすぎますっ!」
ガクが、固く目を閉じる。
その動作と、ほぼ同時に、
「……うわぁっ!」
と、小さい悲鳴をあげていた。
よろめいたガクの肩を、テンとノリが、左右から支える。
茅とテンは、目を丸くしながら、ガクの頭部の、数センチほど上……何もない筈の空間を、驚きの表情で、凝視している。
「……これが……佐久間の、技?」
小刻みに震えだしたガクの身体を支えながら、テンが、囁く。
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つづき]
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