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「髪長姫は最後に笑う。」  第六章(317)

第六章 「血と技」(317)

 茅は、現象の頭部から「不可視の触手」のようなものが、ガクの頭部に伸びて、その先端が、ガクの頭部の中にもぐりこんでいる……ように感じられた。
 触手、というよりも、繊毛か。直径は、わずか数ミクロン、あるいは、それ以下……という、非常に細い糸が、現象からガクにのびている……と、見えたが……むろん、そんなものが実際に「視える」わけはない。
 佐久間の、他の知性に働きかけるチカラを甘受する能力が育ちつつある茅の知性が、その情報を、分かりやすく表示するためのアイコンとして「絡み合う、半透明の繊毛」という像を、選択したのだろう。
 茅は、こうした佐久間の、他の知性体に働きかける能力を、ユング的な共有無意識のモデル……「個人」の意識も、根底では、種族的な共有意識層に接続している……を基にした操作なのではないか、と、仮説を発てている。が、いずれにせよ、そうした「操作」が、半透明の触手や繊毛、という物理的な「物質」として顕現する……ということは、どう考えても、ありえない。
 だから、この「像」は、茅が感じ取った現象の能力を、茅の脳が、視覚的に分かりやすい形で表示している……と、理解するのが、適切だ……と、茅は判断する。
 茅は、瞬時にそんな思考をしながらも、前に進みでて、よろめいたガクの肩を支えている。
「……これが……佐久間の、技?」
 茅と同じようにガクの肩を支えたテンが、呟く。テンの視線は、ガクの頭の上あたり……茅が、細い触手、ないしは、繊毛を「視て」いるあたりに、据えられていた。
 現象の能力が、テンにとって、どう「視えて」いるのか、それは定かではないのだが……。
「……姫様、だけでなく……あなたにも、視えるのですか?」
 梢が、驚きの声をあげる。
 茅も、同じ疑問を持っていた。
 以前は、テンには、そうした「能力を感じ取る」能力が、なかった筈だが……。
「……わたしたちは、日々、成長しているの……」
 茅は、梢に、そう答えた。
 茅自身の経験からいっても……自分たちの身体が、止めなく変質し続けていることは、確実だった。
 ガクの身体が、がくがくと痙攣を繰り返している。
 自身の意志によらず、無理に神経を刺激され、各所の筋肉が震えている……というような、動きだった。
 先程の現象の説明によれば、「脳の内部に操作を加える」ということだった。まさか、物理的にシナプスの配線を変える……ということもないだろうが、梢の反応を思い返せば、かなりリスクが高い、乱暴な方法であることは、まず間違いない。
 茅は、ガクが自分の舌を噛まないか、心配になってくる。
「ノリッ!
 ガクの顎、押さえてっ!」
「わかったっ!」
 ノリは、茅の意志を瞬時に察知し、ガクの前に移動し、ガクの顎を無理にこじ開ける。
 前をみると、現象の額にも玉のような汗が、いくつも浮かんでいる。現象は、両目を閉じて何かを探るような、難しい顔付きをしている。
 現象は「術を施す側にも、施される側にも」かなりの負担がかかる行為だ……と、前置きしている。現象が、どうしてそこまでの負担を自ら引き受けるのか、茅には理解出来なかったが……それでも、今現在、行っていることが、現象にとっても、決して容易な仕事ではない……ということは、すぐに了解出来る。
 時間が経つにつれて、ガクの痙攣はひどくなった。痙攣……というより、ガクの意志によらず、身体の各所が勝手な動きをしているような感じだ。
 茅、テン、ノリの三人がかりで、ようやく押さえ付けている。よりにもよって、ガクは、三人の中で一番、強力な筋力を誇る。指向性を持たない暴れ方であったから、まだしもなんとかなったが……押さえ付けている三人の方も、力が抜けない状態だった。
 ノリは、ガクの口をこじ開け、口の中に指をつっこんでいる。ガクは、よだれを垂らしながらその指を噛もうとしていた。
 ノリの指は、すでに血だらけになっている。

「……終わったぞ……」
 どれくらいの時間が経過しただろう。
 顔中に脂汗を浮かべた現象が、そういうなり、その場にがっくりと膝をついた。
 舎人と梢が、慌てて現象に近づく。
「そいつは……目を覚ませば、少なくとも、視えるようになっている……。
 加納の姫と、そこのツリ目は、今の時点でも視えているようだが……」
 舎人と梢は、左右から現象の肩を支えている。
 ガクは、白目を剥いたまま、ピクピクと痙攣を繰り返していた。
 意識は、とうの昔に喪失していたらしい。
「佐久間の技を、誤解しないでくださいね……」
 現象の身体を支えながら、梢は、不機嫌そうな表情で、茅にはたちに話しかける。
「佐久間の技は、本来ならもっと洗練された、エレガントなものです。
 必要もなく、他の方に苦痛を強要するものではありません。
 現象のは、原理や原則を理解しているだけで……あまりにも、乱暴にすぎます……」
「だから……負担が大きい、と、前置きしただろう……」
 そういう現象も、疲労の色が濃い。いつの場で倒れても、不思議ではないような、顔色をしていた。
「所詮、ぼくのは……我流だよ……」
 息も、弾んでいる。
「……まったく……乱暴なんですから……」
 梢は、困惑した様子で首を横にする。
「そっちのお嬢ちゃんは気を失っているし、現象はこんなんだし……どうやら今夜は、ここまでだな……」
 舎人が、茅たちに頷いて見せる。
「分かったの」
 茅は、頷いた。
「今夜は、ここまで……ということで、いい?」
 ノリとテンも、頷いた。
「……車、出すかい?」
 舎人が、すっかり力が抜けて項垂れているガクを見ながら、そう申し出る。
「……いいよ。
 ガクの一人くらい、ボクらでも、運べるし……」
 テンが、首を振った。
 別に強がりをいっているわけではなく、実際に、ガク一人を抱えて帰るくらいなら、テンやノリにしてみれば、問題にするほどの負担でもないのだった。
「……初日にしては、順調……なのかな?」
 ノリは、そういって首を捻った。
「順調……といっても、いいでしょう」
 梢が、ため息まじりに頷く。
「姫様とテンさんは……視ることができているようですし、そこのガクさんも、目が覚めれば、そうなっている筈です……。
 ノリさんも、ガクさんと同じ処置をして貰いますか?」
「ボクは……遠慮しておく……」
 ノリは、少し考えてから、返答する。
「多少、時間がかかっても、もっと穏やかな方法があるのなら……そっちの方が、いいや……」
「……賢明な判断だと思います」
 梢も、ノリの言葉に頷いた。
「ノリさんは……もっと優雅な方法で、知覚を拡張していくことにしましょう……」

 テンがガクを背負って、四人は現象たちが住む家を辞した。





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