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「髪長姫は最後に笑う。」  第六章(319)

第六章 「血と技」(319)

 その後もガクは、それ以外は荒野が危惧したような失態は見せることなく、ただ、確かに以前よりは快活に、やたらと声を立てて笑うようになった。
 常時、ハイになっている……という荒野の感触は、さほど的外れでもないのだろう。
「……どうしたんだ、今日のガクちゃん……」
 その証拠に、いつもの河川敷に到着した途端、飯島舞花が声をひそめて荒野に尋ねてきた。
「昨夜、いろいろあってな……」
 荒野は、茅から伝聞したことを、一般人である舞花にどう説明したものか、少し考えこんでしまった。
「……あー……その……。
 茅! ちょっと来てくれっ!」
 結局、自分自身ではろくな思案も浮かべることができず、荒野は、すぐに茅に助けを求める。
 茅はすぐ、荒野と舞花のそばに近寄って来た。
「分かりやすい例えでいうと……昨夜、ガクは、ちょっとしたドーピング処置を施されたの……」
 荒野と舞花から、疑問の説明を受けると、茅は即座に、滑らかな口調で答える。
「……今のガクは……五感が、今まで以上に鋭敏になっている状態。
 わかりやすい例えでいえば……目や耳、その他の感覚が、より緻密に……それまでの何倍も細かいところまで、感じ取れるようになっているの」
「……それって……」
 舞花は、茅が説明した状態を、懸命に想像しよう試みる。
「特に、慣れないうちは……ものすごく、疲れるんじゃないか?」
「疲れると思うの」
 茅は、即座に頷き返す。
「感覚が鋭敏になるということは、処理系にそれだけ負荷をかけるということだから……ガクのここは、今、必死で処理能力を倍増するため、シナプスの配列が組かかわっている筈……。
 それが間に合わない場合は、ガクは、元通りのレベルの五感に戻ると思うの。
 今のガクの高揚は、身体にかかっている負担をごまかすため、ガクの身体がわざと苦痛をマヒさせている状態……」
「……風邪引くと、熱を出すようなもんか……」
 茅の説明に釈然としないものを感じながらも、舞花は、そういってとりあえず、頷いて見せる。
「そういう状態じゃあ……ガクちゃん、家で寝ていた方がいんじゃないか?」
「ガクの体力なら、大丈夫」
 茅が、力強く、頷いて見せる。
「それに……部屋に閉じこもっていると、外部からの刺激も、少なくなる。
 普段どおりに過ごして、いろいろなものをみたり聞いたりして、できるだけ刺激を受けた方が、ガクの処理系にとってもいいと思うの」
「……今のガク……そういう、状態なのか……」
 いつの間にか茅のそばに近寄って、舞花と一緒に茅の説明を聞いていたノリが、呟く。
「ボクも……こっちにきて、はじめて眼鏡をつくってもらった時、あまりにも近くのものが鮮明に見えるんで、思わず笑い出しちゃったけど……。
 ガクの場合、目だけではなく、五感全部、身体が感じる情報全部が、いっぺんに緻密になっちゃったわけだから……はしゃぐのも、わかるな……」
 そういって、ノリは、楓との組み手を行っているガクの方をみる。
 いつもは、楓に翻弄される一方だったガクは、今日に限って、楓の動きを逐一見切り、逆に楓の方を、翻弄しているようにみえた。
 もっとも、多少、ガクの見切りがよくなっても、よく練られた楓の体捌きは融通無碍であり、何かしらの対抗技を繰り出すので、いきなりガクの優位になったりはしない。
 互角……までは行かなくとも、従来になく、ガクが、楓のレベルに肉薄しているのは、ほんの少し、二人の動きを目で追えば、容易に理解できる。
「……五感の解像度が、いきなり何倍にもなった状態、なんだろうな……」
 ノリと同じく、ガクの変化を心配しているテンも、話しに加わる。
「ボクも……最近になって、どんどん体中のセンサーが、鋭くなっているけど……その変化は、ごくゆるやかなものだったし……」
「……テンの場合は、おそらく、成長に伴う、自然な能力の伸張なの。一時的に、多少の不都合はあっても、時間が経てば、収まるべきところに収まる筈……」
 茅が、テンに向かって頷いて見せる。
「だが、ガクの場合は……」
 荒野が、茅の後を引き取る。
「……外から無理矢理、人為的に引き出した変化だからな……。
 まあ、すぐに、ガクの身体とか情報処理系が、今の状況に対応するとは思うけど……」
 荒野は、ガクと行動を共にすることが多いテンとノリに、
「……しばらくは、それとなく注意してやってくれ……」
 と、告げた。
 それが、当面の結論のようなものだった。

「……ガクの方は、もうしばらく様子をみることにして……」
 朝のトレーニングを終え、マンションに帰り、シャワーを浴びる。
 そして、朝を摂りながら、荒野は、茅に昨夜、聞きそびれたことを尋ねた。
「……茅。
 最近、食事量が増えているだろ?
 茅の方も、徐々に体質が変わってきていないか?」
 荒野にしてみれば、茅を相手に下手な駆け引きを行う必要は、ない。
「徐々に、変わってきているの」
 案の定、茅は素直に認めた。
「持久力やスタミナは、まだまだだけど……。
 瞬発力や、筋力、走る早さ……とか、基本的な能力は、もう、一般人レベルを超えているの」
「それは……もう、一族に、近い……って、こと?」
 荒野は、慎重な口ぶりで確認する。
 茅は、無言で頷いた。
「荒野や楓、それに、あの三人には、まだまだ及ばないけど……」
「……そうか」
 荒野は、呟く。
 半ば予想していたことだったので、感慨はあるが、衝撃はない。
 それに、今朝、テンも「自分の感覚が、だんだん鋭くなって行く」という意味のことを、いっていた。
 三人も、茅も……ひょっとしたら、現象も含めて……新種たちは育ち盛りであり、まだまだ成長の余地を、残しているものらしい……。




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