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「髪長姫は最後に笑う。」  第六章(320)

第六章 「血と技」(320)

「そうか……」
 荒野は、もう一度、繰り返す。
 以前とは、違い……少なくとも茅は、もう独りぼっちではない。三人や現象がそばにいるし、荒野たち、一族の者も、今では周辺に多数、生活している。
 その意味では、かなり気が楽になっている筈、だった。
 荒野にとっても、茅にとっても……心理的には、かなり楽になっている。
 その分、現実的な繁雑さは、増してもいるのだが……。

「……どうしたんだ、今日は……」
 荒野が尋ねると、楓は、珍しく不機嫌な顔を隠そうともせず、
「知りませんっ!」
 と、どなるように答えて、荒野から顔を背けた。
 登校するためにマンションの前に出ると、荒野はすぐに異変に気づいた。
 いつもなら、家の前まで香也を見送りにくる三人の姿が見えない。
 楓は、かなり不機嫌な様子で、代わりに、上機嫌になった孫子が、これみよがしに香也に纏わり付いており、樋口明日樹に「むすぅ~っ」とした表情をさせていた。
 そこまで観察すれば……荒野にも、大体のところは、予想がついたが……。
『……こりゃあ……』
 触らぬ神に、祟りなし……だな、と、荒野は即座に、「この件に関しては、放置する」と決定する。
 香也自身が、明確に誰かを選ぶ……と決めない限り、何かの拍子で、多少バランスが狂うことがあっても……それは、一過性、一時的な変化に止まり、大勢に、影響はないであろう……と、荒野は判断した。
 その実……よほど差し迫った事情でもなければ、そんな、他人の色恋沙汰に干渉する……などという悪趣味で面倒な真似を、荒野は、したくはなかった。

 教室内に入ると、昨日に引き続いて、授業がはじまる前から、教科書やノートを机の上に広げている生徒が多く見受けられた。テスト前……の時期だけに特定した変化なのだろうが……やはり、二年生も終わりに近いこの時期となると、それなりに緊張してくるようだった。
「……ねー、ねー……」
 そんなことを考えている荒野に、話しかけてくる生徒がいた。
「放課後の、例の勉強会、昨日から、佐久間先輩が試験対策の講義をしてるって本当?」
 本田三枝、だった。
 荒野とは特に親しい……というわけではないが、物おじしない性格なのか、荒野がこのクラスにまだ馴染んでいなかった頃から、平然と話しかけてくる。
「うん。本当」
 荒野は、頷く。
「昨日も、クラスのやつらと大勢で押しかけたけど……あれ?
 本田、昨日、いなかったっけ?」
「昨日は、部活があったからね……。
 引退試合が近いし、そんなにちょくちょく抜けたくないし……放送だけ、聞いてた……」
 期末や中間などの試験期間中は、学校側も、流石にクラブ活動を停止しているが……直前のこの時期は、あまりうるさい指導は、していない。
「そっか……」
 荒野は、当たり障りのないことをいって、頷く。
「本田は、バスケ部……だったっけ?
 先輩の、放課後のは……なかなか、評判がいいようだよ」
「みたいだね……。
 他の人に聞いても、評判いいし……そっちの妹さんも、一年で同じようなこと、やっているんでしょ?」
「ああ……。
 そう……らしいね。
 なんか、放送部のやつらが、二人の講義の映像撮って、アーカイブとしてネットで公開するとかいっているし……」
「……妹さんと佐久間先輩……顔とか外見とかじゃなくって……その、もっと……頭がよすぎるところとか、似てるよね……」
 荒野は、まじまじと本田の顔を見つめる。
 そして、苦笑い混じりに、頷いた。
「まあ……とことん、頭がいい人っていうのは、一定の割合でいるもんだよな。
 おれは、あそこまでよくはないけど……」
「そうだね。
 妹さんと加納君は、あんまり似てないし……」
 本田も、頷く。
 書類上、兄弟ということになっている、茅と荒野が「似ていない」というのは、別に、本田だけが感じていることではない。二人が並んでいると、誰の目からみても、歴然と、「似ていない」のだ。そもそも、実際には血のつながりがないから、当然といえば当然、なのだが……。
「……似て、いないね」
 荒野は、本田に向かって頷く。
 二人が似ていないということは、荒野も、自覚している。
「うちも……いろいろと、複雑なんだよ……」
 荒野は、少なくとも嘘はつかなかった。
 実際、荒野や茅を巡る事情は、一口には説明しきれないほど、複雑だ。
 その時、朝のホームルームの開始を告げるチャイムが鳴ったので、会話は中断され、本田は自分の席に戻っていく。

 その日、一日中上機嫌だった孫子は、実力テストの答案が回収され、一日の授業から解放されると、即座に荷物をまとめて教室を飛び出していった。孫子が、放課後になるや否や、即効で下校する姿は珍しくはないのだが、今日は、いつもに輪をかけて、急いでいるようにみえた。
 ……何か、あるのか……と、荒野は訝しがったが、孫子が急いでいる様子なので、引き留めて事情を聞く、ということはしなかった。
 飯島舞花や樋口明日樹も、孫子の後を追うように帰り支度を整えて、廊下を歩いていった。舞花は、昨日と同じく、一年生の勉強をみに、明日樹は、部活へいったのだろう……と、荒野は推測する。
 放課後といっても、荒野に明確な用事はなく、結局、残って昨日と同じように、校内で勉強をすることにした。学生という現在の荒野にとっては、それなりに順当な放課後の過ごし方だろう、と、荒野は思う。




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