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彼女はくノ一! 第六話(62)

第六話 春、到来! 出会いと別れは嵐の如く!!(62)

 そんな雑談をしている折、
「……おっ、にーちゃんっ!」
 と、叫び声をあげて、香也に抱きついてきた者がいた。
 メイド服姿の、ガクだった。
「……こ、のぉっ!」
 楓は、ぎゅーっと香也に抱きついて離れようとしないガクの身体に手をかけ、力ずくで引き剥がそうとしている。
「離れなさい、って……。
 こんな、往来の真ん中で……」
「……ガクちゃん、離れるっ!
 楓ちゃんもっ!」
 反射的に、香也も叫んでいる。
 学校からさほど遠くない公道で、メイド服に抱きつかれたり、同級生がそれを引きはがそうとしている……などという様子を通行人に目撃されても平然としていられるほど、香也も剛胆ではなかった。
 いつにない香也の厳しい叱責を受け、メイド服姿のガクと、制服姿の楓が、ぴょこん、と香也から、離れる。
「……何やってんだ、君たち……」
 そんな時、学校の方から歩いて来た荒野が、その場にいたみんなに、声をかけた。
「こんな、道の真ん中で……」
 荒野も、鞄を抱えている。おそらく、一人で下校してくるところだったのだろう。荒野の声には、「……やれやれ……」というニュアンスが、それはもう、たっぷりと籠もっていた。
 香也と楓は、荒野に返答ができず、ガクは、きょとんとした顔をして、目をしばたいているだけだった。

 合流してきた荒野は、途中、マンドゴドラに顔を出し、マスターに声をかけて全員にケーキを振る舞う。もっとも、甘いものがどちらかというと苦手な香也は遠慮して飲み物だけを受け取り、メイド服を着ていたガクは、マスターと話し合った末、店の前にワゴンを出し、即席の「タイムセール」をはじめてしまった。
 マスター曰く、
「たまには、こういうスパイスもないとな……」
 とのことだった。
 もともと、マンドゴドラのケーキは味については定評があり、多少、値引きをしても、その分、数がはけるので、利益的には十分にもとをとれるのであった。
 ガクも、ものめずらしさも手伝って、嬉嬉として売り子を務めている。こちらは完全にただ働きだったが、普段、ご馳走になっているケーキの代金を考えると、多少働いたくらいでは返せないほどご馳走になっているわけで、ガク本人がいやがっていないのなら……と、誰も止めるものがいなかった。
 香也たちがマンドゴドラの喫茶室でケーキやソフトドリンクをご馳走になっている間に、荒野は茅と連れだって「買い物をしてから帰る」といって、商店街に姿を消した。
 もともと、マスターが思いつきではじめた突発的なイベントであり、ワゴンセール用に供給できる商品も、数が限られていたので、ごく短時間で売り切れてしまった。
 香也たちの方は、三十分ほど店内で談笑した後、表に用意した商品が売り切れたのを機に腰をあげ、ほくほく顔のマスターに土産まで持たされて、帰路についた。

 明日樹は「今日は、大樹も一緒だから……」と、香也が送るのを断ってきたので、香也は、楓やガクと三人で家に入る。
「……おや?
 今日は、三人でお帰りかぁ……」
 オフで家にいた羽生が、そういって出迎えてくれた。
 マンドゴドラに寄った分、いつもの時間より少し遅れていて、テンやノリ、孫子もすでに帰宅しており、夕食の準備も整っていた。
 香也と楓は制服を着替えて、居間に入る。

 食事は、いつもの通り、賑やかなものだったが、香也は他の住人たちが話すことを聞く一方であり、学校での香也自身のことは、今日一日、ほとんど香也と一緒だった楓が語る。
 孫子は、立ち上げたばかりの会社のあれこれについて、テン、ガク、ノリの三人は、シルバーガールズ制作について、楓は、有働のポスター制作打ち合わせの際、香也が何をしたかについて、それぞれ事細かに語る。
 食事が終わると、楓と孫子は、孫子の会社で使うソフトの打ち合わせをはじめ、真理と羽生は、食器の後片づけを行い、香也は風呂を勧められる。テン、ガク、ノリは、やはり外出する予定があるとかで、家から出ていった。
 香也はいわれるままに風呂を使った後、そのままプレハブに移動する。
 灯油の燃料を補給し、火を入れると、画架にキャンバスをセットし、香也はまったく気負いのない姿勢で絵の具を絞り、筆を構えた。
 そうして、何百回、何千回と繰り返した動作を、もう一度繰り返すと、香也の脳裏から、日常の些末事が、すっと消える。絵に集中した香也は、自分が目と手だけになった錯覚さえ覚えながら、ずぶずぶと神経を、頭の中にある、絵の完成図に集中させていく。調子が良い時の香也の脳裏には、完成した絵のイメージがしっかりと固定されており、それに近づけるため、想定したとおりの手順で手を動かしている……自分が、プログラム通りに手を動かす、ロボットかなにかとような、錯覚さえ、覚える。
 このような時、香也の自意識は完全に機能しなくなっており、香也は、自分が「狩野香也である」ということさえ、意識の外に出し、目と手しか、意識しないようになって、ただひたすら、「絵を描く」という行為に没頭する。
 ひさびさに、周囲に他人の視線がない状況であり、何かと騒がしく、ノイズが多いこのごろでは、ようやく香也に訪れた、貴重な忘我の時間だった。
 おそらく……自我さえ意識しなくなる、この状態になるため、香也は、絵を描き続けている……と、香也自身は、思っている。
 この時間さえ、あれば……。

 同じ頃、楓と孫子は、ノートパソコンの液晶画面を睨みながら、散文的なビジネス用途ソフトの、詳細を煮詰めている。会計や人員のスケジュール管理は、既存のソフトを流用したりマクロを組んで機能を拡張したりしているが、孫子は、各個家庭への宅配業務から一歩前に進んで、在庫の管理一括管理や消費傾向の統計データまで、これからのビジネスに活用しようとしている。
 そうしたデータを活用することで、商品の売れ行きの変化や消費量をかなり詳細に把握し、在庫の無駄をなくし、売れ残りを減らせば、あくまで孫子の顧客に当たる商店街にとって、経費の削減にも繋がる。
 加えて孫子は、日々の物流量を正確に測り、燃料の消費や配車ルートに無駄が出ないよう、試行錯誤を繰り返した。まだまだ事業を立ち上げたばかり、ということもあるが、孫子は、出来るだけ経費を浮かせて利益率を上げ、その浮いた分を、ボランティア活動に必要な資金として、充当しようとしている。
 孫子は、通常以上に利益を上げなくてはない……という目標にしており、そのためには、合理化を徹底的に押し進めなければならなかった。
「……例えば、先日出た、分別したゴミを処理場まで運ぶ、という話ししましても、車両はともかく、寄り道した分の燃料その他は、こちらの持ち出しになるわけです。
 一回、二回ならともかく、定期的に……となると……」
 その分、必要な費用も、決して馬鹿にはできない……。
 その分、孫子の会社は、恒常的に利益率を高めなければならない……といのが、孫子の言い分だった。




[つづき]
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