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彼女はくノ一! 第六話(63)

第六話 春、到来! 出会いと別れは嵐の如く!!(63)

 翌朝、香也は、むちゅっ、と口を塞がれる感触で、目を覚ました。より正確にいうのなら、息苦しさを自覚して目をさまし、寝起きで混濁した意識の中で、自分の口唇がべったりと塞がれていることを知った。ねっとりと硬く熱い舌が、香也の口の中に侵入し、蹂躙する。しなやかな感触の細い、しかし、適度な弾力のある身体がのしかかって、蒲団越しに香也の身体に押しつけられる。
 目を覚ました香也は、あやうくパニックを起かけ、「んーっ! んーっ! んーっ!」と、口が塞がれているため、声にならない声を出しながら、窒息するんじゃないかと思ってじたばたと手足を動かして抵抗したが、そうした香也の抵抗する意志を挫こうと、香也に覆い被さっていた人物は、香也の首に腕を回して、さらに香也に身体を密着させた。
 香也が暴れたために、それに件の人物がそれとなく手足を使って、掛け布団はほとんど剥がされており、それをいいことに、香也に覆い被さった人物はさらに香也に密着し、抱き、口を吸う。香也の口を吸いながら、すりすりと、自分の胸を香也の胸板にすり付けるように動いた。パジャマの薄い布地と相手の服越しに、小さめの、しかし、張りのある感触の乳房が、香也の身体に押しつけられる。
 息苦しさも限界になってきた香也は、ようやく意識が明瞭になり、今、自分の身になにが起こっているのかを理解し、また、鼻の穴で呼吸することを思いだし、すーはーすーはー、と、今ままで不足していた酸素を体内に取り込むため、鼻息を荒くした。
 香也の吐息が首筋にかかり、香也に抱きついてきた人物は「…ん……はぁぅっ…」と、軽く身じろぎをする。
 その際、香也の首に回された腕の力がわずかにゆるんだので、すかさず、香也は、強引に身体の前に自分の腕を潜り込ませ、密着しているその人物の身体を、力づくで離す。香也が腕のつっぱり、その分、蒲団の上を滑って、その人物からずりずりと遠ざかり、ようやく数十センチほどの距離を開けることができた。
「……ノ……ノリ、ちゃん……」
 ぜはぜはと肩で息をしながら、香也は、ようやく引き剥がした少女の名前を呼んだ。
「なんで……こんなことを……」
「……も、モーニング・キス……」
 ノリは、上気した顔を伏せ気味にして、上目遣いで香也の顔を見ながら、答えた。胸元が乱れたメイド服を着て、恥ずかしそうに顔を伏せているノリは、妙に、色っぽくみえた。もみ合いになることを予測していたのか、眼鏡はかけていない。
「おにーちゃん……興奮した?」
「……んー……」
 香也は、がっくりとうなだれる。
「……死ぬかと、思った……。
 興奮とか、そういう余裕、なかった……」
 おそらく……ノリに悪気は、ないのだろうなぁ……と、香也は、思った。

「……わはははははっ」
 マンションの前に集合した時、メイド服姿のノリをみて、舞花は爆笑した。
「今度は、ノリちゃんか!
 日替わりメイド隊だ!」
「まーねー、はしゃぎすぎ……」
 栗田精一が、そんな舞花を窘める。

「……わはははははっ」
 途中で合流してきた玉木も、ノリの姿をみて、大声で笑う。
「……すっげーっ!
 今日は眼鏡っ子ロリメイドだぁー!
 わははははははははっ!
 これで、校内でも不動の地位を確立したなぁ、絵描き君!」
 舞花と同じく、この状況を無責任に楽しんでいた玉木は、楓と孫子に睨まれて、「ひっ」と小さな悲鳴をあげて顔色を無くす。
「いやいやいや。
 その、わたし個人の意見というよりは、一般論だよ、一般論っ!
 ちょっと考えれば、わかるでしょ? 日替わりでメイドコスの妹キャラに送られて登校していたら、どういう目で見られるかって……」
 玉木を睨んでいた楓と孫子が、同時に香也を振り返る。
「……んー……」
 香也は、のほほんとした調子で呻いた。
「ぼくは、別に、気にしないけど……」
 香也の場合、謙遜でも衒いでもなく、字義通りに「自分が周囲にどういう目で見られているのか」ということなど、まったく気にしていない……というより、自分を取り巻く世間、というものが、香也にとったはひどく遠く感じられ、具体的に想像できない、というだけなのだが……。
「……おにーちゃんっ!」
 約一名、そんな香也の態度に対して、本気で感激し、抱きついている少女がいた。
「おにーちゃん、そんなに、ボクたちのことをっ!」
 香也の背中にぎゅうーっと抱きついたノリは、感極まった声でそんなことを喚きながら、香也の背中に頬ずりをする。
 楓と孫子は、そんなノリを香也から引き離そうと、二人で一体となっている香也とノリにとりつき、二人を引き離そうとしはじめた。
 香也を楯にして、二人の迫撃を巧妙にかわすノリと、楓と孫子の攻防がはじまる。
 玉木が合流してくる商店街付近、といえば、学校もほど近い場所である。そこの往来、といえば、通学路でもあるわけで、時間帯からいっても多くの生徒たちが通りかかっている。
 たまたま通りかかった生徒たちは、香也を中心としてぐるぐる回りながら言い合いをしているノリ、楓、孫子、中心にいて、困惑した顔をしながらも、なさるがままで、積極的に事態を打開しようとしてない香也……の姿をみて、忍び笑いを漏らしたり、小声で何かを話し合ったりしていた。
「……ほら、やっぱり、目立ってる……」
 玉木は、傍らにいた舞花に、そうした反応を見せている生徒たちを指さして、自説の正しさを主張した。
「……ほら、じゃなくて……」
 舞花は、気の抜けた声を出して玉木に応じた。
「止めよう……」
「……どうやって?
 相手は、あの子たちだよ?」
 玉木が、ぎゃーぎゃー喚きながら、いぜんとしてぐるぐる回っている四人を指さす。
 楓、孫子、ノリ……ときては、普通の学生でしかない玉木や舞花では、どうにも手の出しようがない。
「……あー……」
 舞花は、視線を上に逸らして数秒考えた後、
「……カッコいい荒野君、頼む……」
 結局、荒野に下駄を預けた。




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