2ntブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(322)

第六章 「血と技」(322)

「……いつまでも、こうして音を聞きわけているだけ?」
 しばらくして、テンが不満そうな声をあげる。
「そうですね……」
 ノートパソコンの画面をチェックしていた梢が思案顔で頷き、現象の顔をみる。
「テンさんと茅様は、このまま次の段階に進んでも問題はないと思いますが……」
「……いいだろう。
 二人には、音の出し方を教えよう……」
 現象は、面倒くさそうな表情して梢に応じた。
「……ボクは?」
 今度はガクが、口唇を尖らせる。
「お前は、まだ安定してねーだろ……」
 現象は、不機嫌さを隠そうとしない口調でガクに答える。
「今の状態が一時的な昂揚ではないことを確認してからだ」
「……今日計測した成績でいえば、ガクさんは、茅様やテンさんに迫る勢いです」
 梢が、現象の言葉を補足する。
「ですが……やはり、もう少し様子を見ましょう。
 昨日の今日ですし……ガクさんの情報処理系が、しっかりと回路を固定してからの方が、覚えも早い筈です。
 今のままですと、まだまだ身体への負担も大きい筈ですし……」
 梢は、現象によって無理矢理喚起されたガクの神経系統が、すぐに元に状態に復元してしまう……という可能性を、故意に口にしなかった。
「……焦るな、ガク……」
 ノリが、不満そうな顔をしたまのガクの肩に手を置いた。
「ガクは、いつも真っ先に突っ走っていくけど……たまには、人の背中を追うのもいいもんだよ……」
 ガクはノリの方に顔を向け、何かをいおうとしたが、結局、ノリの言葉に頷いた。
「そう……だね。
 たまには……人の後を追うのも、いいか……」

 四人は、テンと茅、ガクとノリの二組に分かれて、以後の教習を受けることになる。
 とはいえ、ガクとノリのグループは、ノートパソコンのスピーカーから流れてくる、聞こえるか聞こえないかという、微妙な音程の響きに、凝っと耳を傾けているだけだ。

 テンと茅の前に、現象がゆらりと立ち上がる。
「音、といったが……便宜的にそう呼んでいるだけで、実際には、空気の振動ではない」
 二人の前にふさがった現象は、まず、そう前置きする。
「お前ら……昨日、チビの脳みそをけっ飛ばした時……ぼくがあいつの頭に延ばした手を、観てただろう?」
 テンと茅は、無言で頷く。
 隠す必要は、なかった。昨日、現象がガクに仕掛けた時、二人の視線が虚空を捕らえていたことは、現象も見逃さなかっただろう。
「……あれは……お前らにどう見えていたのかまでは知らないが、現実にそこにあったものではない。
 ぼくが駆使した能力をお前らの知覚系が感知して……しかし、通常の五感では感知できない筈のモノだったので、お前らの記憶にある形に翻訳したんだ。
 お前らの頭が……無形のものに形を与えた。
 同様に、これから教える音も、本当の音ではない……」
「わたしたち、佐久間の者は、最初に覚えるコレを、あうん、とか、こおう、と呼び習わしていますが……」
 現象の隣にならんだ梢は、空中に指で「阿吽」と「呼応」という漢字を書いてみせた。
「……その呼び名の通り、意志を疎通するための呼吸を、ここで学ぶわけです」
「音ではない、意志の疎通方法……って……」
 テンが、首を傾げる。
「いわゆる、テレパシーってやつ?」
「千里眼や他人の心を読み取る存在の説話は、世界各地にあります」
 梢は、そういって頷く。
「素養があり、最初の呼吸さえ飲み込んでしまえば、さほど難しい技ではないので……佐久間のように、独自のメソッドに基づいて技を修練する、という形ではなく、自然とそのような真似が出来るようになった者も、過去に、一定の割合で出現したんでしょう。
 多くは、一代限りで消えていったのでしょうけど……」
 佐久間がどのような事を出来るのか……という実例を何度か目撃してきている茅やテンは、その言葉を否定することが出来なかった。
「説明したとおり、実際に、声帯を震わせて音を出すわけではないが……」
 現象は、テンと茅に、一歩近寄った。
「……未開拓の知覚系を鍛えるのに聴覚を利用するように、そのあうんやこおうを覚えさせるためにも、まず、発声の練習から入る。このメソッドは、呼吸法も一体となっていて……思うに、神仙術とかの流れを汲んだ修練法なんじゃないのか?」
 現象は、梢に向かってそう確認した。
「……嘘か本当かは確認のしようがありませんが、仙人になるための呼吸法から来た……と、伝えられています」
 梢は、頷く。
「特定の方法で呼吸することで、特殊な能力を得たり長寿になったり……という伝承も、割と普遍的ですね……」
「……生まれる前のことなど、どうでもいいがな……」
 梢に確認しておいて、現象は、吐き捨てるような口調で一蹴する。
「重要なのは、この呼吸法を習得することによって、他人の意識をスキャンしたり、操作したり……といった作業が、容易になるということだ。
 もっとも……」
 ……長期間、同じ呼吸法を持続して行うことにより、神経系に特殊な回路が開かれ、ようやく効果が現れる。決して、即効性のある鍛錬法ではないし、先天的な素質がない者が同じ事をしても、まるで効果がない……などという事実を、現象は明かした。
「お前ら二人は、もう、その呼吸法が効果を示す段階にまで、開発されている……ということだ……」
 そういって、現象は、自分のこめかみを指で軽く叩いた。




[つづき]
目次

有名ブログランキング

↓作品単位のランキングです。よろしければどうぞ。
HONなび



Comments

Post your comment

管理者にだけ表示を許可する

Trackbacks

このページのトップへ