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ぼくと彼女の、最後の前の晩 (5)

ぼくと彼女の、最後の前の晩 (5)

 ギリギリのぼせるまで二人でお湯につかり、お互いの体を義務的に洗いあって、またお湯につかる。彼女と同棲していた二年間、この浴室で、あるいはホテルで、何度も反復してきた行為だが、今夜のそれは、従来のものとは決定的な違いがある。お互いに対する愛情を決定的に欠いていることを、二人とも自覚している、ということ。にもかかわらず、お互いに相手の裸体を見慣れているわれわれの関係は、肉親同士や身内に近い気安さや信頼感、みたいなものはあるわけだが、同時に、なんとも形容しようがない緊張感も、内包している。
「恋愛以後」あるいは「近過去の恋人同士」であったわれわれの関係を、適切にあらわす言葉はあるのだろうか?
 風呂から上がると、以前からの習慣で、バスタオルでお互いの体を拭いあう。ただ、やはり以前とは違って、布越しにお互いの肌を刺激しあう行為にも、今では愛撫としての意味はない。
 なんだか、お互いの気持ちが冷めていることを確認するために、一緒に風呂に入ったようなものだな、と、ふと、思った。
 乾いたタオル布で彼女の体と髪にまとわりついた水滴を一通り拭い終えると、それまで使っていたものを洗濯機に放り込み、新しいバスタオルを手渡し、いつもそうしていたように、彼女に背中を向ける。バスタオルがぼくの背中にかかり、そのバスタオルの上に、彼女が、ふわりと身を寄せる。
「ごめん。少しこうさせて」
 背中に感じる、彼女の体温。バスタオル越しに押しつけられた、バストの感触。そして、低い、嗚咽の振動。
「……なんでそんなに平気な顔していられるの、君は……」
 低い嗚咽の合間に、彼女のくぐもった声が聞こえる。
「……わたしが別れようっていって、なのに、わたしのほうばかり傷ついて……。
 こんなの不公平じゃない……」
 ぼくは、なんと答えていいのか、分からない。なんと答えても、彼女をさらに傷つけるような気がする。ぼくはとても途方にくれる。
「……君は、いつもぼくを困らせる……」
 いろいろごちゃごちゃ考えたあげく、たぶんそれが一番適切な返答ではない、ということを重々承知ながらも、結局、ぼくはそんなことをいう。それ以外に、彼女にいうべき言葉を思いつかない。
「だから、あんたは!」
 彼女は、握った拳の底で、力無く、ぼくの背中を叩く。ぽかぽかと、叩き続ける。
「他人の顔色ばかりうかがって、自分のことなんか考えないで……。
 でも、それって、逃避だよね。他人と向き合うことをとことん避けて……」
 ……だからあんたは、残酷なのよ。
 と、彼女は続けた。
「こうして抱き合っていても、全然こっちをみてくれない。憎んでもくれない。愛してもくれない」
「……ごめん……」
 しばらくぼくの背中にすがりついてすすり泣いていた彼女は、やがて小さな声でいって、ぼくから身を離した。
「今さらこんなこといっても仕方がないよね。わたしたち、もう終わったんだから……」
 そして、ひっそりと笑い声をあげる。
「はは。
 今夜のわたし、本当に情緒不安定だ。体冷えちゃったね。はやく服着て、布団に入ろう」
 そして、いまだに乾ききっていないぼくの体を、丁寧に拭いはじめる。

 彼女が情緒不安定気味なのは、彼女がぼくとの関係に未練をもっている、ということではなく、ぼくとの古い関係を捨て、新しい彼氏との、新たな関係と生活へ本格的に移行する今の時期の、過渡期的な性格が彼女を不安にさせているのだ、と、ぼくは推測する。そしてたぶん、彼女自身も、心の底では、そのことを弁えている。
 でなければ、すでに彼女自身が「捨てる」ことを決意した「ぼく」という男に対して、これほど何度も謝罪したりはしない。

 彼女の現在の不安は、「彼女とぼくの関係」の問題というよりも、彼女自身の内面の問題なのであり、そのことが容易に予測できるから、なおさらぼくはなにもいえなくなる。

 そんなぼくを、彼女は、「残酷だ」、「冷たい」と言い募り続ける。

[つづき]
目次

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Comments

「だから、あんたは!」
 彼女は、握ったコム師の底で、力無く、ぼくの背中を叩く。ぽかぽかと、叩き続ける。

>コム師?

  • 2005/10/27(Thu) 21:09 
  • URL 
  • #-
  • [edit]

ご指摘サンクス

>コム師?
「拳」の入力ミス。
修正しておきました。
ご指摘ありがとうございました。
これからもなんか気づいら、遠慮なく突っ込みどうぞ。

  • 2005/10/27(Thu) 21:18 
  • URL 
  • 浦寧子 #-
  • [edit]

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