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第六章 「血と技」(350)
「……今回も、結構な人数になるな……」
荒野は独り言を呟く。
自分たちの食材の備蓄もどうにかしたいところだが、今晩の夕食はもっと差し迫った問題だった。この場にいる人と、狩野家の住人に加え、今、スポーツ・ジムからの帰路についている、茅や三島、シルヴィに現象たちまでもが合流する。
この程度の人数での宴席を設けることが日常的になっているので、今では感覚が麻痺している傾向もあったが、普通に考えれば、家庭の食卓に招く人数ではない。
「……ドン・カノウ……」
荒野がそんなことを考えている間に、ジュリエッタが片手をあげて声をかける。
「……ジュリエッタも、何か作るかね?」
「それは、いいな」
荒野は、何気なく頷く。
「どうせ材料はこれから調達するわけだし、品数は、多い方がいいだろうし……」
そんな生返事をしながら、荒野は、茅から届いたばかりのメールをチェックする。メールの内容は、結構な分量の、食材のリストだった。
「……これ、全部買うとなると……時間かかるな……」
「な、何組かに別れて、買いにいけば……」
静流も、荒野の背中に話しかける。
「……その方が、効率的ですね」
メールの内容を暗記し終えた荒野は、顔をあげて答える。
「とりあえず、外に出ましょう。
すぐそこの商店街で、買い物にします……」
「あっ……荒野様……」
全員で外に出ると、いくらもしないうちに、楓に声をかけられた。
楓、孫子、香也の三人が、そこにいた。
「まだ……この近くに……」
楓が、不思議そうな表情をして、荒野に問いかける。
かなり前に、ここからいくらも離れていない場所で別れた筈だ……と、問いたいのだろう。
「ああ……。
静流さんの家で、こいつらに、この付近に住む心得を、いろいろと話すつもりだったんだがな……」
荒野が、「おれ……今まで、何をしていたんだろう……」などと内省的な疑問を頭の中で弄びながら、楓に「本来なら、やっていた筈のこと」を説明すると、楓は、持ち前の素直さで荒野の言葉を鵜呑みした。
「……ああ。
それで、遅くなったんですか?
さっきはお買い物にいくとかいってましたが、それはもう……あっ。
まだ……みたいですね……」
楓は、荒野たちの様子をざっと見渡して、荒野たちが全員手ぶらであることを確認し、一人で頷いている。
荒野が「今、茅から連絡が来て、改めて買い物に出たところだ」と説明すると、楓は、「自分たちは、孫子の会社にいって、そこで打ち合わせをしていた」というような説明を、簡潔に述べた。
そうしてお互いの事情を簡単に説明し合うと、荒野は、
「……何組に分かれて買い出しをした方がいい」
といって、土地勘のある者とない者をうまく混ぜて、静流とジュリエッタ、孫子とイザベラと楓、それ以外の者たち……の三組に分けた。
程度の差こそあれ、その場にいる誰もが荒野に一目置いているためか、それとも、その組み合わせで話したいこともあるのか、誰も荒野の指示に異議を唱えることはなかった。楓と孫子についていえば、香也と他の女性の誰かが二人きりになることさえ避ければ、特に文句は言わないだろう……と、荒野は読んでいたが、その読みが当たった形だ。
三組に分かれると、すぐにホン・ファが、
「……この方は?」
と、香也のことを確認してきた。
一族の関係者でもないのに、楓や孫子に重要人物扱いされている……という雰囲気を感じ取り、不審に思ったのだろう。
荒野は香也を紹介した後、簡単に、「荒野たちが住むマンションの、隣の家の住人で、その家に楓と孫子も住んでいる」と説明を付け加えると、ホン・ファは、
「楓って……今の人が、最強の、二番目のお弟子さんなんですか?」
少し驚いた顔をして、楓が去っていった方をみた。
「……想像していたのと、全然、違います……」
どうやら、「話しに聞いていた楓のイメージ」と、「楓の実物」とが、あまりにかけ離れていたので、「楓」の名前を聞いても、あの娘が「=最強の弟子」だとは、今まで気づかなかったらしい。
「……確かに、ああしていると……楓も、全然、見えないのかも知れないけど……」
年少のユイ・リィは、はにかみ屋で人見知りをするようなところもあるが、年長のホン・ファは、好奇心が強いな……と、荒野は、観測する。
「……それをいったら……最強の実物も、君たちの想像とはかけ離れていると思うよ……」
荒野は、そういって天を仰いだ。
別に、はぐらかしたり誤魔化す意図は、さらさらなかったが……荒神のあの性格を、その風評から想像できる者は、皆無な筈である。
「……師父より強い人がこの世にいること自体が、信じられませんから……」
ホン・ファは真剣な顔で荒野に答えた。
ホン・ファにとっては、噂に聞く荒神よりも、身近なフー・メイの「強さ」の方が、よっぽど印象が強いのであろう。
『……無理もないかな……』
と、荒野も思う。
「……おれの実物も、噂に聞いていたのとは、イメージが違うだろう?」
などという意地の悪い質問は、荒野は口にしなかった。
「……ねぇ?」
今度はユイ・リィが、香也の上着の裾を遠慮がちに引っ張った。
「こっちのかのうこうやは……強いの?」
……香也の方が、自分よりも声をかけやすいのかな?
と、荒野は思った。
「……んー……。
全然……」
香也は、すぐに、のんびりした口調で答える。
「ぼくは……全然、強くないし……たいていのこことは、人並み以下……」
謙遜でも何でもなく、本気でそう思っているらしい口調だった。
……香也らしい答え方だな、と、荒野は思った。
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つづき]
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