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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(354)

第六章 「血と技」(354)

 真理はしかし、度重なる「台所ジャック」を、むしろ、歓迎している節さえあった。やたらと厨房を使用される不快感よりも、その分、自分で料理を作らなくていい、というアドバンテージを重要視しているように見える。真理は、主婦としては、決して手を抜くタイプではないが、だからこそ、一回でも二回でも、自分が手を下さずに料理が用意される……という状況を、喜んでいる側面があるのだろう。家事という労働は、際限がなく、終わりもない。真面目に取り組めば取り組むほど、時折、休憩できることの有り難みが身に染みてくる。
 材料費が他人持ち……とか、様々な、時には珍しい料理を試食でき、調理法を実地に見ることができる……などのメリットもあったが、こうした、この家での宴席は、真理にとってはルーチンの労働をスキップ出来る機会、なわけであり……そうした息抜きの機会を得ることの方が、他のデメリットよりも重視しているのではないか……と、三島は推察している。
 とりあえず、今日は人数がいるので、少しは凝ったものを作れそうだ……と、周囲を見回して、三島は思う。この間、腕を証明して見せた舎人がいるし、テン、ガク、ノリの三人に加え、ジュリエッタと静流、シルヴィもいる。それに、もう少し待てば、楓と孫子も帰ってくる。
 こうしてみると、
『……多い……というより、多すぎるくらいだな……』
 とか思い、三島は、
「……真理さんは、向こうで休んでいても……」
 と、真理に声をかける。が、真理の方は、この場で何をどう料理するのかに興味があるらしく、台所を去ろうとはしなかった。

 とりあえず三島は、他の二人、舎人とジュリエッタが何を作るのか見極めてから、自分のメニューを決定しようと考えた。
 三島が様子を伺っていると、ジュリエッタは早速、この家の主婦である、と紹介された真理に向かって、
「……大きな、平たいパン、ありますか?
 それと、日本では、ライスを主食にしていると聞いてますが……」
 などと声をかけ、大きなフライパンと米を用意させている。
 ジュリエッタはたった今、買ってきた荷物の中から、「うお玉」のビニール袋を取り出し、数多くの魚介類も取りだして、一口大の食べやすい大きさに切りそろえる。静流に米をざっと洗って水を切っておくように指示し、タマネギ、ニンニクをみじん切りしてオリーブオイルで炒め、殻がついたままの浅蜊を入れ、浅蜊の口が開いたところで、先ほど切っておいた魚や烏賊の切り身と一緒に火を通す。さらにその上に、静流が洗ってザルの上に乗せておいた米をざらざらと注いで炒めあわせ、米の色が透き通ってきたところで、白ワインを注いでアルコールを飛ばした。
 他にサフランやローリエなどの香辛料も用意していたので、パエリエを作るつもりだろう。
「……そっちがご飯物作るんなら、こっちは点心でも作るかな……」
 しばらく様子を見ていた舎人は、ボウルを取りだし、腕まくりをして小麦粉と水を混ぜて捏ねはじめる。
 こちらは、餃子か饅頭を、生地から作りはじめるらしかった。生地を発酵させる時間も含んで、先に作っておくのだろう。
「……おーい、お前ら……」
 それらの作業をしばらくして観察した後、三島は、食材の中から隠元豆を取り出し、それを手頃などんぶりに空けて、居間に持って行った。
「お前らも、食うばかりではなく、何か手伝えって……」
 居間でつけっぱなしのテレビをぼーっと眺めていた現象と梢は、きょとんとした表情をして、三島を見返す。
「……ついでにこれも、炬燵の中にしばらく入れておけ……」
 三島のすぐ後から、舎人がボウルに濡れ布巾をかぶせたものを手にして居間に現れた。
「……少し、暖かい場所で発酵させる……」

 一旦、茅を伴って自分のマンションに帰り、エプロンと包丁、それに圧力鍋と作り置きしているだし汁のボトルを持参して来た。
「……ほんじゃ、こっちはお吸い物と副菜でも作るかね……」
 三島がそう呟く頃には、舎人は両手に包丁を持ってむきエビとネギ、生姜を一緒くたにして刻んでおり、ジュリエッタは肉に塩、胡椒を振りかけているところだった。
 三島は、茅やテン、ガク、ノリの三人にも手伝わせ、買ってきた大根や人参、馬鈴薯、蓮根などの皮を剥き、蒟蒻と一緒に、一定の大きさに切りそろえさせる。
「……終わったら、片っ端からこの鍋に放り込んでおけ。
 人数多いし、大食らいが何人かいるからな。ありったけの材料、使っちゃっていいぞ……」
 三島は、根菜の煮物を作るつもりだった。栄養バランス的にも、植物系の総菜が欲しいところだったし、万が一余ったら、そのままこちらの家で消費して貰えばいい。
 その間に、舎人は、紹興酒などで味付けをしたエビのすり身を器に入れてラップし、一旦、冷蔵庫の中に入れ、今度は肉の塊を俎の上に乗せ、両手に包丁を持って刻みはじめる。舎人が包丁を振るう度に、がんがんがん、と、かなり大きな音がした。
「……いや、これ、実はスジ肉なんですがね……」
 三島が物珍しそうに手元を覗き込んでいたのに気づいた舎人は、簡単に説明をする。
「……こうして刻んでしまえば、食うのにも不自由しないし、それに、普通の挽肉よりも歯ごたえがあってうまいんですよ……」
「……軽く動かしているように見えるが……お前さんの力でないと無理だな、それは……」
 三島は、腑に落ちた顔をして呟く。
 スジ肉、といったら、かなり硬い。
 そのままでは、包丁の刃さえ、ろくに入らないくらいで……普通なら、じっくりと時間をかけて煮込むくらいしか、調理法がないくらいだが……。
 舎人は、軽く手を動かしているように見えて、これでかなり力を込めているのだろう。
「……こっちとさっきのエビは、水餃子の具にします。
 あと、タレを何種類か用意して、生春巻きも作るつもりですが……」
「普通のサラダよりは、そっちの方が変化あっていいか……」
 舎人の言葉に、三島も頷く。
「しかし、水餃子か……。
 お吸い物でも作ろうと思ったが、別のもんにした方が良さそうだな……」
 汁物が何品も重なるのは、歓迎できない。
「……あっ。あの……」
 それまで黙っていた静流が、声をかけてくる。
「お、お刺身にできる魚も買ってきたんですけど、それに、ほ、包丁、入れて貰えますか?」




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