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彼女はくノ一! 第六話 (96)

第六話 春、到来! 出会いと別れは、嵐の如く!!(96)

 事実、この狩野家の居間には、居間では結構な人数がひしめき合っているのだが、香也は、意に介した風もなく手を動かし続けている。意に介していない……というより、周囲の情報が、脳内に届いていない状態だった。
 一度紙を目前に広げて、集中して絵を描きはじめると、周囲のノイズを脳内に受け付けなくなる香也だった。
 しかし、早々に台所に移動した楓や孫子はともかく、香也のそうした様子に慣れていない、他の大多数の面子……具体的にいうと、現象、梢、イザベラ、ホン・ファ、ユイ・リィなどは、一人、また一人、といった具合に、脇目もふらず高速で手を動かしてパラパラとスケッチブックのページを捲っていく香也の様子に気づき、視線を集中させていく。そんな香也に、誰も声をかけないでいたのは、ひとえに、荒野がジェスチャーを駆使して「静かに。邪魔しないで」という指示をそれらの人々に徹底させていたからだった。
 その場にいた者たちは、大部分、荒野に一目置いていたし、それに、香也を邪魔したくない……という荒野の意志にも理解を示し、自主的に協力する、という判断を、瞬時に示した。
 しばらく、全員が注視する中、しゃらしゃらと、香也の腕の動きに合わせて鉛筆の芯が紙の上の摩擦する微かな音だけが、周囲に響く。
 最初のうち、遠慮がちに遠目から香也の様子を見守っていた人たちも、イザベラや現象が足音を忍ばせて香也の背後に回り込み、香也の手元を覗き込むようになると、競い合うようにして、全員が香也の背中に回り込んだ。

 そんな様子を、荒野は苦笑いを浮かべながら、見守っている。
 下手に騒いで、香也の邪魔をするよりは、いくらかはマシか……と、荒野は思う。

『……これ、さっきの……』
『師父の絵……。
 それに、二刀流の人も……二刀流の人の方が、多い……』
『……師父の動きよりも、あの長い剣の方が、一般人には見やすかったろう……。
 むしろ、一般人の目でこれだけあの二人の動きを追えたことの方が、驚きだ……』
 ホン・ファとユイ・リィが、こそこそと小声で囁き合う。
『……それにしても、手の動きが速いな。
 無駄がないっていうか……最小限の輪郭線だけで、身体の動きをさっと描きだして、次に移っている……』
 やはり小声で呟いたのは、イザベラだった。
 イザベラの言葉通り、香也は、最小限の手間で明確なスケッチを描いては、ページを捲っている。
『……観たものを、忘れないうちに描き留めて置きたかったんだろう……』
 小声でイザベラに返したのは、現象である。
『こいつは……自分の記憶力に、自信がないから……』
『長期の記憶力に自信がないから……憶えているうちに、描き留めておく……』
 梢は頷きながら……それでも、納得の出来ない表情を浮かべている。
『理屈としては、理解できるんですが……その……実際にやるとなったら……こうして、短時間で何枚も絵を描く方が……ずっと難しくないですか?
 普通は……』
『……だから……』
 現象は、目を細めた。
『……こいつも、大概に普通じゃない、ってことだろ……。
 一般人にも、いろいろいるんだ……』
『……一般人にも、いろいろ……か……』
 梢ではなくイザベラが、現象の言葉に頷いてみせた。
『……多様性……ということでは……確かに、一族よりも一般人の方が、上かも知れんのう……』
 香也のすぐ背後で、そうした「囁き会議」が開催されているとも気づいた風もなく、香也は一枚、また一枚、とスケッチを完成させては、ページを捲っていく。
 香也の背後霊と化した連中も、一通り、いいたいことを言い合った後は、黙ってじっくりと香也の手元に視線を集中しているだけになった。

 ……何か……妙な、構図だな……。
 と、その様子を少し離れた所から見ていた荒野は思ったが、そう思いつつも、香也の邪魔をするよりは現状を維持していた方がいいと判断し、そのままの状態を維持することを選択した。

「……たっだいまーっす!」
 その奇妙な均衡状態を破ったのは、玄関の方から響いてきた羽生の声だった。
 調理の様子を見物しているだけで手が空いていた真理が、玄関まで羽生を出迎えに行き、
「……今日は、お客さんが大勢……」
 とか、
「また先生とか二宮の舎人さんがおいしいものを……」
 とか、羽生に話しかける声が聞こえてくる。
 羽生の方も、
「……いやー……。
 帰る途中で、ちょっと雨が降ってきっちゃって……」
 などと、のんきな声で真理に答えていた。
 その声に我に返った香也は、ふと周囲を見渡して、荒野以外の全員が自分の背後に身を寄せ合うようにして張り付いている様子に、ようやく気づき、
「……んー……。
 ……何?」
 背後を振り返って、首を傾げてみせた。
「……い、いや……。
 な、何でもなか……」
 イザベラが、もろに動揺した様子で、ぶんぶんと首を横に振る。
 ホン・ファとユイ・リィは、露骨に香也から視線を逸らして明後日の方向に顔を向けている。
 現象も、イザベラに負けず劣らず、動揺した様子で忙しく視線を彷徨わせていたが、梢に肘で小突かれて、意を決したように、ぼそぼそとした声で香也に話しかけた。
「その……絵を描いているところがちょっと珍しかったんで……見物させて貰った……」
「……おおー。今日も、いるいるー……。
 新顔さんも何人か、いるなぁ……」
 そんな時、羽生が、ひょいと居間に顔を出した。
「……ところで皆さん……。
 こーちゃんの後に固まって、何やってんの?」




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