第六章 「血と技」(360)
「奴らの目的が何であれ……おれたちにしてみれば、奴らは撃破する敵、というより、邪魔な障害物なわけで……」
「……勝ち負けより、どうやって排除なり無効化するべきかを考える対象……とうことじゃな?」
イザベラが、荒野の返答を予想していたように頷く。
「加納が考えそうなことじゃ……」
「甘いと思うか?」
荒野は、イザベラに聞き返す。
「いんや」
イザベラは、即座に首を横に振った。
「加納の。
おんしが出来そうだと判断したんなら、おそらく大丈夫じゃろ。おんしは、同世代の中では飛び抜けて実戦経験が豊富で……おまけに、あの最強の弟子じゃ。ついこの間まで、たった一人だった……」
「判断力も、実力も……若い世代の中では、飛び抜けている存在だと思います」
ホン・ファも、生真面目な表情でイザベラの言葉に頷いた。
「……加納は、早熟じゃからの……」
イザベラが、自分に言い聞かせるように頷いた。
「経験、ということでいえば、同年輩のものより、五年分は余計に蓄積しているんじゃないかの……」
「密度……ということでいえば、その倍はあると考えてもいいでしょう」
ホン・ファも、まともに荒野の方を見据えながら、付け加える。
「パイランの逸話がすべて、本当のことなら……」
「……あんまり、買いかぶって貰っても困るんだがな……」
荒野は、困惑した様子で苦笑いを浮かべた。
「荒事の現場と、現在、ここで進行している状況に、的確な判断で介入する、というのとでは……まるで、勝手が違う。
正直……いつもいつも、これでよかったのかと、振り返ることばかりだよ」
目の前の出来事にさえ、即座に処理していればなんとかなるのと、五年先、十年先を見越して判断を下すのとでは……まるで勝手が違う。
目下のところ荒野に必要とされているのは、そうした長期的な影響までも含めて判断を下す能力であり……荒野自身は、そうした分野についての自分の適性について、まるで自信が持てないでいた。
「それでも……」
イザベラは、指摘する。
「……今のところは、うまいこといっておるんじゃろ?」
「……まあな」
荒野は、軽く肩を竦めて認めた。
「でも、それも……正直、おれの手柄というより、偶然に頼るところが大きかったと思う」
謙虚、なのではなく、紛れもなく、荒野の本音だ。
「……例えば、そこの現象がはじめて学校に乱入してきた時なんかも……学校に、大清水という先生がいて……」
荒野は、その時の出来事を掻い摘んでイザベラとホン・ファに話してみせた。この二人は、事前に荒野についての情報を独自に収集し、「自習」してきたような素振りもみせていたので、おそらく、概要については既知のことだったのだろうが……それでも、当事者である荒野の語りには、それなりに得るところがあるらしく、神妙な顔をして聞いている。この二人以外に、テレビに気を取られながらも、ジュリエッタとユイ・リィも、荒野の話しを聞いている気配があった。酒盛りをしていた大人組のうち、真理と羽生も真剣に荒野の話しを聞きはじめたので、しばらくは、その場にいた面子の大部分が、神妙な顔をして荒野に言葉に耳を傾けていた形になる。
当事者でもあり、当時の出来事について情報を交換したり話し合ったりする機会の多かった茅や三人組にとっては、荒野が話す内容は新鮮なものではなかったので、テレビに再生された映像から注意を逸らすことはなかったが……それ以外の人々は、それなりに気を入れて荒野の話しに聞き入っていた。
「……その時居合わせた教員が、あの先生じゃなかったら……」
一通り、必要なことを話し終えた荒野は、ゆっくりと首を振った。
「おれは、おれたちは……今頃、ここにはいなかった。いられなかった。
だから、そういうのは……断じて、おれたちの実力ではなく……」
……運が、よかったんだよ……と、荒野は呟く。
荒野の、偽らざる本心だった。
「……運も、実力のうちじゃ……」
イザベラが、そう感想を述べた。
「現に……こんだけ複雑な状況下で、うまいこといっておるじゃろ……」
「そうです」
ホン・ファも、イザベラに便乗するように頷く。
「……現に……若い世代を中心に、一族の者が、この土地に集まってきているではありませんか……。
それは……ここで起こっていることが、これからの一族の行く末を占うことになるかも知れない、ということを、肌で感じているからです……」
「……そ、そうです……」
静流も、おずおずと口を挟む。
「契機となった事件はどうあれ……一族の在り方そのものを、変えてしまうような……か、可能性を感じた人が、い、今、こ、ここに集まってきているわけで……」
「……そう。
そんな大変なことが……」
荒野の話しを聞き終えた真理も、そっと呟く。
「それって……いつのことなの?」
「ガクのやつが入院したことがあったろ? そん時のことだな」
三島が即答する。
「真理さんは、確か、しばらく留守にしていた時だとおもったけど……あれ?
真理さん、誰にも、あの時のこと、聞いてない?」
「聞いてません」
真理は、きっぱりと答えて、羽生に顔を向けた。
「……ガクちゃんが、何日か入院していたことは聞いていましたが……。
羽生さん!」
「はっ! はいっ!」
羽生が、ピンと背筋を伸ばす。
「……後で、ゆっくりとお話しをしましょうね……」
真理が、笑顔を崩さずに、羽生に話しかける。
「……はっ!
あとでっ! ゆっくりっ!」
何故か敬礼して、羽生は復唱した。
羽生は、その時の真理のにこやかさを本気で怖いと思った。
「……お前さん、真理さんに何も説明してなかったのか?」
小声で、三島が羽生に囁く。
「説明も何も、今、初耳のことが多くて……」
「お前さんも、アレだ。
いい加減、細かいことにこだわらないところがあるからな……」
そういえば、ガクが入院した時も、「数日で退院する」ということが判明すると、羽生はそれ以上、子細な事情を聞こうとしなかった。その情報を告げたのが三島であり、安心した、というのはあるのだろうが……それでも、その後、まったく他の同居人たちに、事情を聞こうとしていない、というのは、確かに、真理の留守中の保護者代行としては、大ざっぱというかうかつすぎる。
『……こいつも、アバウトなところがあるからなぁ……』
と羽生について三島は思い、そうした一連のやりとりを見ていた舎人は、同情の籠もった目つきで羽生を見ていた。
いつもなら、反応がある筈なのだが……と、荒野はすぐに気づき、香也と楓、孫子の方に視線をやる。三人は、ぴったりとくっついてひとかたまりになっていた。
より正確にいうのなら、香也を中心にして左右から、楓と孫子が身を寄せている……という形なのだが……。
「どうした?
体調でも悪いの?」
すぐに香也の様子がいつもと違うことに気づいた荒野は、すぐにそう声をかける。
[
つづき]
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