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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(363)

第六章 「血と技」(363)

 ホン・ファとユイ・リィはジュリエッタの左右にやや間合いを空けて展開、次の瞬間には、まるで図ったかのようなタイミングで、両側から同時にジュリエッタに突進する。
 が、ジュリエッタの方は、二人の二方向同時に特に緊張した様子もなく、けらけら笑いながら、両腕を軽く廻した。それだけで、ホン・ファとユイ・リィは突進する勢いを殺され、体勢を崩して体を泳がせる。たたらを踏む。
 その背中にジュリエッタが軽く掌をあてて押してやると、二人は、ほぼ同時にあっさりと畳の上に転がった。
「わ」
 軽く声をあげて、ユイ・リィが前転してくる進路上にいた現象が、慌てて腰をあげて数歩、後退した。
 慌てて飛びのきながら、現象は、魔法を見ているような気分になった。
 ジュリエッタは、まるで力を入れているようには見えなかったし、動き自体も、ユイ・リィやホン・ファの俊敏さに比較すると、かなり緩慢に見えるほどなのだが……。
 それでも現実に、片手のひと振りで、あっけなく二人を翻弄している。

「このっ!」
 素早く身を起こしたユイ・リィが、短く鋭い怒声を発し、猛然とジュリエッタに撃ちかかる。
 二撃、三撃……と、続いてジュリエッタに手に攻撃をいなされたところで、軽く軸足を掬われ、ころん、と、再度、あっさりと転倒した。
「ほい」
 そこに待ちかまえていた舎人が、ユイ・リィの背中に手を当てて、助け起こす。
 舎人は背中から両脇に手をまわしてユイ・リィの体を軽々と持ち上げて起きあがらせた後、
「まっ。
 気が済むまで試してみるんだな…」
 といって、ユイ・リィの背中を軽く押す。
 ユイ・リィが再度ジュリエッタに向かい、突進するのにあわせるように、ユイ・リィと同様にジュリエッタに攻撃を仕掛けていたホン・ファが、ジュリエッタに適当にいなされて弾きとばされた。
 ユイ・リィよりも年長なだけあって、ホン・ファの場合、多少、長い時間、粘ることができたが、それでも、一撃もジュリエッタに攻撃を当てることなく、撃退されている。
 ジュリエッタに不意をつかれて弾きとばされたホン・ファは、そこで待ちかまえていた荒野に受け止められて転倒を免れ、次の瞬間には自分で跳ね起きて体勢を立て直し、ジュリエッタの方へと突進する。

 同時に二人の相手をしている形のジュリエッタは、最初の立ち位置からほとんど動くことなく、二人の攻撃をかいくぐり、 気まぐれに二人の体を押し返して対応していた。
 何がおかしいのかしきりに笑い声をあげながら、平然とした様子を保っている。
 対する二人、ユイ・リィとホン・ファは、ジュリエッタによって畳の上に転がされる度にムキになっているようで、動きに鋭さが増しているように見受けられた。
 ……少なくとも、佐久間現象の目には、そう見えた。
「……をい……」
 現象には、二人の少女の猛攻と、それを軽々と受け流しているジュリエッタの軽やかな動きは、信じられないほど俊敏なものに見えた。
 現象とて、ここ数日、毎朝のように一族の者の動きを見、場合によっては、実地に組み合って体験もしている。
 だから……一族の水準、というものは、現象もそれなりに理解していたつもりだったが……。
 一方的にジュリエッタにあしらわれているように見えるホン・ファとユイ・リィの動きでさえ、現象の目には、並の一族の動きよりは、だいぶん、洗練されているように見えた。
 直線的な手足の速さ、ということでいえば、二人のよりも機敏に動ける野呂の者は、いくらでもいるだろう。
 しかし、二人の体術は、手足の捌き方一つ一つに無駄がなく……流麗と表現しても、過言ではない。現象が知る限り、この二人以上に効率的に動けるものは、一族の中でも上位のわずか数パーセント程度だろう……と、現象は、思う。
 現象自身、昼間にかなり強烈な一撃を貰っているので、二人の少女の実力については、過小評価できなかった。

 そんな二人の「きれいな」動きをゆらゆらとかわし、中断させているのが、中心に起立している笑い上戸の酔っぱらい、ジュリエッタだった。
 ジュリエッタは、一撃一撃が必殺の勢いを持つ二人の攻撃を、一見していかにもやる気がなさそうな挙動でかわし、場合によっては軽く足を払って造作もなく二人を床に転がしている。ジュリエッタの動きは、一見すると、ひどく緩慢にみえる。「あんなんで、なんで二人のシャープな動きを阻害できているのだろうか?」と疑問に思うくらいに緩慢な印象を受けるのだが……現に、ユイ・リィとホン・ファの攻撃は、一度としてジュリエッタに届いていない。
「……先読み、なのか?」
 現象は、今までに見た三人の動きを頭の中で再生、解析し、ごく短時間でそのように結論する。
「先読みと、本能」
 現象と同じく、完璧な記憶力を持つ茅が、現象の意見にぽつりと同意した。
「ジュリエッタのは、半分、本能。
 攻撃の先読み以外にも、死角からの攻撃を察知している動きが混ざっているの。
 ジュリエッタの感覚は鋭敏で、勘もいいの。加えて、この状況を心から楽しんでいる」
 現象は、茅の言葉を頭の中で反芻しつつ、目の前で展開されている光景を検証し、呟く。
「天然……。
 野生動物か、あいつは……」
 ジュリエッタは、踊っているかのような、優美にも見える動きで、確実に二人の少女の攻撃をブロックし、受け流している。
 その表情を確認すると、確かに、茅のいうとおり、「楽しんでいる」ようにも見えた。
「伝説が正しければ、新免宮本武蔵は、片手に一刀づつ持って振り回す膂力の持ち主。流派として、後継者に恵まれなかったのも、武蔵自身が破格の先天的身体能力の持ち主だったから」
 規格外の武蔵に、同じくらい規格外の弟子が存在しなかったから、その技も正しく後生に伝わっていない……といった意味のことを、茅はいっている。
「先天的な資質に加えて、長い時間をかけて身体に染みつかせた体術もある……」
 茅は、ジュリエッタに関して、そう続けた。




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