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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(372)

第六章 「血と技」(372)

「……つまり、茅は……」
 荒野は、少し狼狽しながらも、言葉を続ける。
「……おれがこの土地を離れることに、反対なんだな?」
「反対なの」
 茅の返答は、明瞭だった。
「荒野は、リーダー。
 いざという時に、みんなをまとめてくれる人は、必要なの。
 荒野以外の人には、無理なの」
 もっと感情的な……例えば、「茅が荒野と離れたくない」などの理由を想像していた荒野は、内心で虚を突かれた気分になった。
「……一族の人たちの大半……それに、才賀とかに……的確な指示を行えるのは、荒野だけなの。
 影響力的にも、能力的にも……」
 続けて、茅は、自分では判断力と影響力が不足している。
 仮に、茅が管制を行ったととしても、癖の強い一族の者たちが必ずしたがってくれるという保証はない。
 また、少し前の竜斎の件でも明らかになったように、茅では的確な陣頭指揮は望めない。
 才賀の家でそれなりの教育を受けて来た孫子なら、能力的には、茅よりはずっとマシな筈だったが、一族の者が部外者の孫子に従うとは限らない。
 楓は、前線では実力を発揮できるが、指揮の適性はない。
 静流は、野呂の者には絶大な影響力があるのだろうが、野呂以外の者はその限りではない。
 ……つまり、ここに集まって来た連中の実力を最大限に発揮できる人材は、荒野しかいない……と、茅は断言した。
 現在は、いつ、どこで襲われるのか分からない状況であり……。
「……だから、茅たちがここにいる限り、荒野はここを離れてはいけないの……」
 と、茅は続ける。
「……このような時に必要なのは、居合わせた人たちをまとめ、集団としての力を引き出すことができる人。
 特に、個体としての能力で負けている相手の場合、数の力で対抗するしか方法がない。
 そのために、荒野は必要不可欠なの」
「……そういうの、柄じゃあないんだけどね……」
 荒野は、理路整然とした茅の言い分を聞いた後、苦笑いを浮かべる。
「……でもまあ、今の状況では、仕方がないのか……」
 少なくとも今の荒野は、茅へ反論する材料を思いつかない。
「……仕方がないの」
 茅は、頷く。
「……仮想敵の狙いは、おそらく、茅たち新種。
 茅たちがここにまとまっていれば、ここを狙うしかない。
 だから、仮想敵に対向するためには、荒野はここにいなればならない……。
 第一……」
 ……その仮想敵を探すのにしたって……本当に、荒野自身が出て行く必要があるのか?
 といった意味の質問を、続けて茅は、荒野にぶつけて見た。
「……荒野、そういう調査、得意?」
「……得意、ってわけでもないんだけれど……」
 改めてそう問われ、荒野は口ごもる。
 最強の弟子である荒野の一番のアドバンテージは、やはり荒事にある。
 細かい調査なども人並みにはこなせるつもりだが、得意、というほどでもない。少なくとも、一族の中には、荒野よりも巧妙にその手の業務を遂行する者が、ごろごろいることは確かだった。
「……なら、荒野自身が直接出向く必要はないの」
 明瞭な返答が出来ない荒野の様子をみて、茅は断言する。
「……もっと適性のある人材に仕事を割り振るのが、適切な処置……」
 茅は、あくまで荒野を「指示をする者」に仕立て上げたいようだったあ。
 また、現在の荒野の立ち位置からいっても、その判断は理に適っている……と、説明されてみれば、荒野自身も、認めざるを得ない。
「……しばらく、神輿、旗印……か……」
 荒野がぼつりと漏らす。
「……荒野は、本当に何かが起こるまで、どっしり構えていればいいの。下手に忙しそうにしていると、かえって動揺する人がいるの……」
 仮想敵について調べたいことがあるのなら……荒野自身が出て行くよりも、荒野が適切な能力の持ち主に依頼してやらせるべきだ……といった意味のことを、茅は述べた。
「……窮屈だけど、しかたがないか……」
「しかたがないの」
 荒野のぼやきを、茅が追認する。
「……例外的に、荒野がここを離れた方がいい場合、というのが……あるとすれば、それは、茅たち新種が、総出で一緒にここを離れる時なの」
「……新種が総出で、って……茅と、テン、ガク、ノリ……それに現象が、一緒にどこかに行くってことだろ?」
 荒野は、軽く首を捻る。
「……そういう可能性というのは……。
 うーん。
 どういう場合に、そうなるんだろう?
 ちょっと、思いつかないな……」
 ごく近い将来、ある理由でそうした面子がぞろぞろと総出で「外出」することになるのが……この時点での荒野には、そんなことは想像することが出来なかった。
「とにかく……」
 荒野は話しに区切りを入れるため、一人頷く。
「茅の反対理由、というのは、理解した。
 つまり茅は、おれ自身が動くのではなく、おれが他人を使う方が効率がいいしリスクも少ない、といいたいわけだな」
「と、いうより……」
 茅は、荒野の目をまともに見据える。
「今の状況で、荒野が一人で動くのは……とても、リスキーなの。
 茅たち新種が、現在、一族から有形無形のバックアップを受けていられるのは……荒野の存在が、あるから。
 荒野が後見人としていてくれるから、茅たち新種も、一族の保護下に……コントロールされている存在である、と見なされている。
 そこに、荒野が不用意に一人で動き出したら……」
「……おれに何かあったら……下手すると、茅たちと一族とが、分裂する……」
「可能性としては……こういうことも、充分ありえるの」
 今度は、茅が、頷く。
「今のところ沈静化している、テンたち三人の争奪戦がはじまったり……」
 充分に……ありそうだな……と、荒野は思う。
 ともあれ、「荒野がここにいる」というだけで、何種類もの安全弁の役割を果たしているのは、確実なようだった。


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