第六話 春、到来! 出会いと別れは、嵐の如く!!(113)
香也が目を醒ますと、すでに十時を回っていた。
同じ部屋に寝ていた筈の二宮舎人の姿はなく、布団もその場に畳んでおいてあった。佐久間現象は、まだ寝ている。
現象を起こさないように足音を忍ばせて、香也は部屋の外に出る。
「……あっ」
と、まるで、待ちかまえていたかのように廊下にいた楓と鉢合わせになった。起きてからしばらく経過しているのか、楓はすでにパジャマから普段着に着替えている。
「……起きましたか。おはようございます。
今起こしに行こうと思ったんですけど……あの、佐久間さん、現象さんは……」
「……寝ているようなら、叩き起こします」
楓の後にいた梢が、楓の言葉を引き取る。
「……んー……」
香也は、梢からなんとはなしに漂ってくる迫力に少し気圧されながらも、簡潔に答えた。
「……まだ、寝てる……」
そして、逃げるような足取りで、洗面所を目指した。
数秒もせずに、香也の部屋から「……よそ様の家でいつまで寝ていやがりますか……」うんぬん、という梢の声が聞こえた。
一応、敬語だし、声もそんなに大きくなかったが、梢の声は不思議と良く響いた。
香也が顔を洗っているところに、梢に引きずられるようにして、現象が姿を現す。
「……歯ブラシとかはこれ、使ってっ!」
てきぱきとした挙動で、梢が現象に洗面道具を手渡した。
「早くご飯を食べてくれないと、いつまでも片付け出来ないからっ!」
語調の強さに、香也は、まるで自分が怒られたかのように方を竦める。
「……んー……」
梢の姿が完全に消えてから、香也は声をひそめて現象に尋ねてみた。
「……彼女、いつも、あんな感じ?」
寝起きの、ぼんやりとした表情の現象は、無言のままこくこくと頷く。
監視する者とされる者、という、梢と現象の関係をよく知らない香也は、なんとなく「……大変だなぁ……」と感心するだけだった。
「……あら、こーちゃん。
みてみて。今朝は、シルヴィさんがポトフ作ってくださったのよ。
それと、このジャム、テンちゃんたちのお手製なんだって……」
居間に入るなり、香也は上機嫌の真理にそう声をかけられる。
「……それから、これからシルヴィさんたちと一緒にお買い物いってくるから、留守の方はお願いね。
夕方には帰ると思うけど……」
例によって、「……んー……」と生返事をしながら、香也は炬燵にはいって用意された朝食をざっと見渡す。
ソーセージとタマネギ、皮を剥いたジャガイモが、ごろん、丸のまま入った煮物。ポテトサラダ。トースト。
狩野家では滅多にパン食は出ないのだが……どうやら、今朝の朝食はシルヴィが用意してくれたものらしかった。
そのシルヴィは、ホン・ファ、ユイ・リィらとともに、今にも外に出られる格好をしていた。真理も、上着を着用している。
「買い物」とはつまり、ホン・ファとユイ・リィに必要なものなのだろうなぁ……と、香也は漠然と思う。
「……静流さんは、わんちゃんのお散歩もあるからって、先にお帰りになりました……」
ティーバックの紅茶を香也の前にさし出しながら、楓が説明する。
「……それから、隅に転がっているこの二人については、するっとスルーしておいてくださいね……」
梢が、にこやかな笑顔を浮かべながら「部屋の隅」に追いやられていたまま寝ているジュリエッタとイザベラを指さす。この二人は、布団に入りながら熟睡している様子だった。
「……んー……」
適当に返答をしながら、香也は、皿に盛られたジャムを適当にトーストに塗りたくり、一口、口にして……凍り付いた。
……甘い。
非常に、甘い。
それでも何とか咀嚼して、嚥下して……。
「……このジャム……」
と、小声で楓に確認する。
「……テンちゃんと、ガクちゃんと、ノリちゃんが……いっぱい作ってきて……。
台所にも、壜に詰めたものがまだまだいっぱいあって……」
香也が甘いものが苦手であることを知っている楓は、精一杯、申し訳がなさそうな表情を作ってみせた。
「……お、おはよう、ございます……」
ぎこちない挨拶をしながら、現象が居間に入ってくる。
現象も、一族の関係者にならともかく、真理とかこの家の人びとにまで尊大な態度をとるつもりはないようだった。
「……それじゃあ、あとはよろしくお願いします……」
現象と入れ替わりに、真理とシルヴィ、ホン・ファ、ユイ・リィが、車庫へと向かう。雨が降っていることもあり、おそらく、真理がワゴン車を出すのだろう。
「……羽生さんと才賀さんは、お仕事にいっています……」
誰にともなく、楓が説明をする。
「……飲み物くらい、自分で用意してください」
梢は、現象にティバッグとマグカップを差し出している。
相変わらず、敬語で命令をしていた。
「……んー……。
インスタントでも良かったら、コーヒーも、あるけど……」
一応、この家の人間である香也が、フォローの言葉をいれる。
「……これでいい……」
どこか諦観の入った表情で現象が頷き、自分の分の紅茶を用意しはじめる。
ふと見ると、炬燵に入った舎人が、興味深そうな表情で一連のやりとりを見守っていた。
「……お食事が終わったら……」
楓が、香也に話しかける。
「……明日から期末ですし、少し時間を多めにとって、お勉強、しましょうか……」
「……んー……。
いいけど……」
香也は、あっさりと頷く。
決して積極的な生徒ではないが、楓なり孫子なりが時間を割いてつき合ってくれる時は、逃げることもない。
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