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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(371)

第六章 「血と技」(371)

 しばらくすると、テン、ガク、ノリの三人は徳川の工場に、ホン・ファとユイ・リィはシルヴィと買い物に行くために、マンションを退出していった。
 残された荒野は、黙々と期末試験のための勉強を続け、茅の方も、ノートパソコンを開いてなにやら作業を行っている。
 普段なら休日でも学校に行ってパソコン部の部員たちとともに何かしらの作業を行っているのだが、学校の方針で定期試験の前後は部活動は全面的に禁止されている。
 つまり、茅一人で登校してもまるで意味がない。ので、茅はこうして自宅で一人、作業を続けていた。荒野は非常に大雑把な部分しか聞かされていないし、把握していないのだが、今では茅は、パソコン部や放送部など、学校関連のシステム、ならびに、テン、ガク、ノリが進行している「シルバーガールズ」関連の制作に関与しており、その活動内容は極めて多岐にわたる。
『……今では、おれなんかより……』
 ……よっぽど、直接的な影響力は、大きいよな……とさえ、思う。
 荒野自身のことをいうのなら、その出自により、一族の関係者の中ではそれなりに顔がきく身ではあるが……学校では、多少風変わりで人目にたつ風貌の一生徒、というだけの存在である。
 少なくとも、荒野自身はそのように認識している。
 しかし茅は、今ではその能力をハレに憚ることもなく、縦横に活用している。また、茅の活躍によりもたらされたシステムは、現に稼働して生徒たちに使用されている。試験前の現在、学校のサーバに構築された学習ソフトを自宅で活用している生徒は、決して少なくはないだろう。
 もちろん、そうしたシステムすべてを茅が単独で構築したわけではないのだが、それでも、茅という存在がなかったら、実際に使用できるようになるまで、もっと時間がかかったのではないか?
 そうした茅と比較すると、荒野自身は……実際には、何ほどのこともしていないよな……と、思ってしまうのだった。
『……まあ……今、は……』
 考えても仕方がないことだし、目前の勉強に邁進することにしよう……と、荒野はテーブルの上に広げた教科書とノートに意識を戻す。
 幼少時から現実的な判断力を持つよう仕込まれた荒野は、抽象的な概念を弄ぶよりは目前の作業を処理する方が、よほど気が楽な性質の持ち主だった。そして今は、長期的な方針を練るよりは、明日からはじまる試験に備える方が、よっぽど現実的な時間の使い方である、と断言できた。

 それから荒野は、昼過ぎに茅に声をかけられるまで、勉強に没頭した。
 もともと荒野は、体力も気力も集中力も、人並み以上にある。茅のような記憶力さえ持たないものの、充分な時間と神経を集中できる環境さえ確保できれば、他の生徒たちよりは効率的に知識を吸収できるのだった。
 茅に肩を揺すぶられて意識の集中を解いた荒野は、そこではじめて勉強を開始してからかなりの時間が経過したことに気づいた。
 茅はそろそろ昼食の時間だと荒野に告げ、用意した料理を荒野の前に置いた。
 荒野は、すぐ側で茅が調理をしていたことにさえ気づかなかった。

 昼食が終わってからも午前中と同じようにして過ごし、夕方になってから、茅に無理矢理引っ張られるようにして、二人で買い物に行く。
 冷蔵庫の中身が乏しくなっていた、という現実的な問題もあったが、茅はテーブルから離れようとしない荒野に執拗に話しかけ、気分転換を兼ねて二人で買い物に出るよう、勧めた。荒野の方も、一度意識を集中しはじめると、なかなかそこから離れようとしない自分の性質について自覚もあったので、茅の勧めに従って二人で買い物に出ることに、同意する。
 茅の方にしてみれば、久しぶりに二人きりで過ごす時間なのに、荒野があまりにも茅のことを構わないため、それなりに不満を持っていたのかも知れなかったが。
 外は、朝から比べると少々雨足が弱くなっているとはいえ、相変わらずの雨模様だった。
『……こういう鬱陶しい天気は……』
 現象が現れた日を連想させるので、荒野は、あまり好きではない。何か、不吉なことが今にも起こりそうな気がしてくるのだ。
 そうはいっても、現実には、あの日のような騒動がそうそう起こるわけもなく、茅と二人で傘を差して商店街に向かう。二月も終わりに近づいたこの日、雨にしろ風にしろ、少し前まで感じていた、厳しい冷たさは伴っていない。冷たいことは冷たいが、その冷たさも、前よりは少し緩んでいるような気がする。
 ……一雨ごとに、春になり、か……と、荒野は、以前どこかで聞き及んできた文句を脳裏に浮かべた。
「そういえば、二人で買い物に出るのも久しぶりかも知れない……」
 肩を並べて歩きながら、荒野がそんなことを漏らすと、
「久しぶりなの」
 茅は、頷く。
「最近は、双子に荷物を持たせることが多いから……」
 茅の下校時に酒見姉妹が護衛につくようになってからこっち、買い出しの荷物持ちもその双子にやって貰うようになっていたから……確かに、荒野と茅が連れ立って買い物をする機会は、以前に比べればぐっと減ってきている。
 そうでなくとも、学校生活に慣れるに従って、茅も独自に動きはじめ、荒野とともに行動する時間がぐっと減ってきていた。
 そのこと自体は、荒野にしてみても、「良い傾向だ」と思ってはいたが、反面、一抹の寂しさも感じているのであった。
「……学校が、休みになったら……」
 ちょうどいい機会だから……と、荒野は、少し前から考えていたことを、茅に相談してみることにする。
「……おれ、少しここを離れて、例の悪餓鬼どものことを、いろいろ探ってみようかと思っている。
 もちろん、茅が反対をするなら、やめておくけど……今では、ここにもそれなりに頼りになる人が増えてきているし、おれ一人が離れても、大勢に影響はないと思う……」
 今までの例から見ても、「有事の際」に、都合良く荒野が茅の側にいられる確率は、さほど多くはない。多く見積もっても、せいぜい半々といったところか。
 荒野と楓くらいしかいなかった時と比べて、今では、大勢の一族の者たちがこの土地に来ていた。ここの術者を比較すれば、実力の差はそれなりにあったが……それでも、戦力の全体量を考えると、以前とは比較にならないくらい、増えている。
「……荒野がここを離れるのなら……」
 茅は、そういって荒野の袖を掴んだ。
「……茅も、荒野について行くの……」
 荒野は、思わず茅の顔を覗き込む。
 本気でそういっている、表情だった。
 ……それは、荒野にとって予想外の反応だった。
「それでは、意味がない」
 荒野は、軽くため息をつく。
「茅とおれが、一緒にここを離れたら……茅の守りが、極端に、薄くなる」
 茅の護衛に事欠かなくなったから……というのが、荒野が、「しばらくここを離れてもいい」と判断した「前提」である。
 また、そのことを察することが出来ない茅でもあるまい。


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[つづき]
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  • 2008/03/03(Mon) 05:44 
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