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第六章 「血と技」(376)
「……うちのおやじとかーちゃん、わたしが小学校の頃、別れてな。
っていうか、実質、かーちゃんが勝手に男作って出て行ったんだけど、それでとーちゃん、それまで長距離トラックの運ちゃんやっていたわけど、何日も家を空ける仕事をしながらまだ小さかったわたし育てるのは無理だって、転職までしてな……」
四人で夕食を囲みながら、舞花は淡々とした口調でしゃべり続ける。
栗田にとっては既知の情報なのだろうが、荒野や茅にしてみれば、初耳だった。
「うちのとーちゃん、基本的にはわたしに甘々な人だから、危ないっつーてなかなか包丁とか持たせて貰えなかったけど、わたしが料理出来るようになってからは、だいたい、わたしが作っているな……」
つまり、舞花がどうやって料理を覚えていったか、という説明の過程、なのであった。
その舞花の説明によると、舞花が充分に育って手がかからなくなった今、舞花の父親は、もとの職業に戻っている、という。そういえば、以前にも、「仕事で家を空けていることが多い」ということは、何度か耳にしている。
栗田が気軽に舞花のマンションに寝泊まりしているのも、「公認」ということ以外に、舞花一人でマンションにいるよりは「危なくない」というセキュリティ的な判断も、あるのかも知れないが。
「……そういや、おにーさん。
明日から試験なわけだけど、準備の方は……」
「……まぁ、ぼちぼち」
荒野はそう答えて、口を軽くへの字型に結んだ。
「やれる範囲内で、やれることはやった。つもりだ」
そういういい方が、荒野自身の耳にもいいわけじみて聞こえたが、実際の話し、十全な自信を持てる教科ばかりではないのだから、しかたがない。
特に記憶力に比重が置かれた教科は、毎日のように反復学習をするのが効果的だとはわかっていても、何かと突発的なトラブルに見まわれ、学習の定型的な習慣化が難しい、荒野の現在の境遇では、何かと限界も多い。
今では特殊な「教科書用語」も大方覚えたおかげで、他の生徒たちに比べて英語関係にリソースをつぎ込む必要はない分は、たしかに荒野にとっては有利といえたが、それ以外の教科については、他の生徒たちと対して変わらない。
「そういうそっちは、どうなんだよ」
「……まあ、一応。
やれる範囲内で、やれることはやった」
舞花は、荒野の口調を真似て答える。
「……こっちは、毎日一時間とか二時間とか、淡々とやっているからね……。
実をいうと、試験勉強って、あんまり必要でもなかったり……」
……そういや、こいつ、「学校の勉強=筋トレ」論者だったな……と、荒野は思い出す。
同じことを何度も反復すれば、いやでも覚える。だから、「毎日淡々と」という舞花の方法は、実際にも効果的なのだ。
問題は、その効果的な方法を、実際に実行できる人とそうでない人がいる……ということで、本人のやる気がなくて実行できない場合はさておき、荒野の場合は「本人にはどうにも出来ない」部分で実行が不可能なのだから、理不尽な思いは、かなり噛みしめている。
「……そういや、あれ。
飯島、進路とかはもう、決まっているのか?」
荒野は、もう一つの「気になること」を尋ねてみた。
「……ああ。進学。
もっと先のことだと、看護婦か介護士とか、そっちの方面に進もうと思っている。
体力には、自信があるし……」
打てば響くように、舞花が答えた。
おそらく、いろいろ考えた末に出してあった結論……なのだろう。
「……あー……」
荒野は短く感歎の声を出した後、
「……飯島に、似合うと思う。
その、適性的に……」
と呟く。
「いずれは、専門学校なり資格試験なり目指すにせよ、まだ何年かは、普通の学生するつもり。学歴はあんま気にしないけど、普通に学校に通ってなければ体験できないことって、まだまだあると思うし……」
一見、マイペースなようでいて、押さえるべきとことはしっかりと押さえているあたり、なんか、この娘らしいな……と、舞花の話しを聞きながら、荒野はそんなことを思った。
そんな四方山話しをしながら食事を終え、食後に茅の紅茶を楽しんで一休みした後、
「……二人で、もうちょっと勉強する」
とかいって、舞花と栗田の二人は荒野たちの部屋を出て行った。
出て行った、とはいっても、同じ棟内にある舞花の部屋に移動しただけだったが。栗田は、今夜も舞花のマンションに泊まり込みになるらしい。なんだかんだいって、あれだけ始終くっついていて飽きないのだから、仲はそうとういいのだろう。流石は、校内公認バカップル。
「……さて、と……」
玄関先で、出て行く二人を見送ってから、荒野はそんな声を出して奥に戻ろうとする。
まださほど遅い時間でもないし、もう少し勉強しておくかな……とか思っていると、茅が、荒野の肘を軽くつかんだ。
「荒野」
「……何?」
荒野は、ちょっとだけ「嫌な予感」に襲われつつ、それでも茅に聞き返す。
「今日、週末。日曜なの」
「いや……知っているけど……」
茅は、後から荒野の背中に抱きつく。
「荒野……いじわるなの……」
茅は、荒野の肋骨に顔を押し当てながら、小さな声で囁いた。
「……いや……でも、明日から期末試験だし。
おれ、茅ほど自信があるわけではないし……」
じわり、と、荒野の額に冷や汗が浮かびはじめる。
「……荒野、休みの日はそういうことしてくれる、って、いったの……」
茅は、両腕を荒野の胴体に廻し、身体を密着させたまま、上目遣いに荒野の顔を見上げる。
そうしていると、茅の身体の感触と体臭をもろに感じてしまい、荒野の理性が溶けてなくなりそうになる。
荒野にとって、茅という存在は、相変わらず魅惑的なのだった。
しかし、だからこそ……あえて、理性を保たねばならない場合も、ある。
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つづき]
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