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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(377)

第六章 「血と技」(377)

「……むぅ」
 荒野に抱きついたままの茅が、不満そうに喉を鳴らした。荒野の反応が鈍いのが、気にくわないようだった。
「……いや、だからね……」
 荒野は諭すような口調でそういいながら、抱きついてきた茅の両脇に手を入れ、若干持ち上げ気味にしながら、ずるずると引きずるようにして、玄関先からリビングへと移動する。
 茅が荒野に抱きついた姿勢のまま、離れようとはしないのだから、そうするより仕方がないのであった。
「……おれ、茅みたいに頭良くないから、普通に勉強しないと点数取れないし、ここでは真面目な学生でいたい、っていうのもあるし……。
 沙織先輩とも、かなりレベルの高い学校にいくって約束しちゃったしな……。
 おれも、別に茅とそういうことしたくないってわけではないし、どっちかというとしたいことはしたいんだけど、そういう近視眼的な欲求に忠実になることによって、将来、後悔するようなハメに陥りたくないのだよ……」
 茅一人分の重量など、荒野にとってはたいした負担でもない。
「荒野……茅を、からかっている?」
 茅が、珍しく、不満そうな声を出した。
「そんなことは、ないぞ」
 いいながら、荒野は、自分に抱きついた茅の手を、ゆっくりとした動きで丁寧に引きはがす。
 とりあえず、茅は、不満そうな顔をしながらも、荒野にされるがままになっている。
「さて、茅さん。
 まだ時間も早いわけだし、もう少し、頭の悪いおれにお勉強する時間の猶予をくださいませんかねぇ……」
 荒野は、ソファの隅にまとめて置いておいた教材や文具などを取ってきて、テーブルの椅子を引きながら、ことさらに、のんびりとした声を出す。
「……むぅ」
 茅は、口をへの字型に結びながらも、
「……わかったの」
 と、渋々、といった形で承諾した……と、一度でも思ったのが、荒野の甘さだった。
 続けて茅の口から出てきた言葉に、荒野は、しばし絶句する。
「荒野が成績のことで不安があるというのなら……その不安が解消されるまで、茅も手伝うの」
「……おい……」
 たっぷり一分以上絶句した後、荒野は、ようやく喉の奥から意味のない返事を絞り出した。
 茅に、荒野の勉強を見ることが、可能か不可能か……といったら、充分に、可能なのだということを、荒野はよく知っている。なにしろ茅は、すでに全学年分の教材データを整備した実績を持つ。茅一人でやったわけではないにせよ、沙織と並んで「監修役」の一方を務めていたわけで……そもそも、必要な知識を持ちつつ、俯瞰的に全体像を見極める視野も持たなければ、そんな役割は、到底、勤まらない。
 問題は……なんか、茅の眼が、異様な光を発している……ような、気がする……ことだった。
「……荒野の不安が解消されるまで、眠らせないの……」
 そういいきった茅から、殺気にも似たプレッシャーが発生しているような……錯覚を、荒野は、覚えた。

 その夜、荒野と茅は、一睡もしないで過ごした。
 もちろん、甘いあれこれをしていたわけではなく、むしろ非常に無味乾燥な仕事を、机に向かってしていたわけだが。
 茅のチェックは、思いのほか、厳しく……おそらく、本番の期末試験よりも、多大な圧迫感を荒野に与えていた。
 夜が明け、登校する時間になった時、荒野は「これで解放される」と、心底、安堵したものだった。
 外では、荒野の心理状態を代弁するかのように、相変わらず雨が降り続けていており、毎朝恒例のトレーニングに関しても、自然と中止になっていた。
 荒野は、一晩二晩程度の徹夜でどうにかなるほどヤワには出来ていなかったが、肉体的疲労よりも精神的な疲労がたっぷりと体中に蓄積されているような気分だったので、今朝のこの鬱陶しい天気は、それなりにありがたかった。

「……それで、完徹しちゃったのか……」
 マンション前に集合した飯島舞花が、茅から昨夜の経緯を聞いている。
 茅は、流石に荒野ほどにはタフには出来ておらず、加えて、今までかなり規則的な生活を続けてきている。
 完徹のダメージが大きいのは、明らかに荒野よりも茅の方であり、茅の顔色がすぐれないのを目ざとく認めた舞花が心配して「体調が悪いなのか?」などと話しかけ……現在に、至る。
「……おいおい、おにーさん……。
 茅ちゃんに、無理させてはいけないなぁ……」
 一通りの事情を茅から聞いた舞花は、そういって肩を竦めた。
 荒野はあやうく「いや、それ、おれがやってくれって頼んだわけではないし……」という言葉が喉から出かかったが、あやういところでそれを自制することに成功する。
 例え、事実であり、本音であったとしても、実際に口に出したら非難されることが確定している言葉、というものは、現実問題として実在するのであった。
「……だけど、まあ、考えようによっちゃぁ……」
 むっつりと黙り込んだ荒野の態度をどう解釈したのか、舞花は構わず言葉を続けた。
「……定期試験前の一夜漬けなんて、実に、ふつーの学生らしいじゃないか……。
 うちのクラスにも、今日、寝不足のやつ、かなりの人数、いると思うし……。
 な。おにーさん……」
「……そういう情けない部分まで、ふつーにならなくてもいいよ……」
 荒野は、かなりげんなりとした声を絞り出した。
 こればっかりは、正真正銘、荒野の本音だった。
 より正確を期するなら、「荒野の本音」のうち、公にしても問題にならない部分、だった。
 そういう舞花は、相棒の栗田ともども、普段よりも顔色がいいくらいだった。
「わたしらは、ほれ、普段から計画的にやっているから、試験直前になっても慌てる必要ないし……」
 と、舞花は胸を張る。
 特に勉強だけに限ったことではなく、舞花は、「無理をせずに、その場その場でやれることを確実にやる」という堅実な性分であり、栗田もそれにつき合わされている。
 ……こいつら、昨夜も一通り勉強をし終えた後、盛大に盛っていたのだろう……と、荒野は推測した。


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