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彼女はくノ一! 第六話 (118)

第六話 春、到来! 出会いと別れは、嵐の如く!!(118)

 真理が「買い物にいってくる」と言い残して家を出て行ってからも、香也と楓は、しばらく、真面目に集中して目の前の勉強に取り組んでいた。具体的にいうと、その時やっていた科目は数学で、香也のすぐ隣に楓が座り、応用問題の解法を丁寧に解説していた。
 その問題は、かなり高い確率で今度のテストに出題される……と、授業中に、教師はかなり力説していた。その時の教師の態度からいっても、かなり配点が高いのだろう、と、楓は予測し、その分教え方も丁寧になる。配点が高い問題を確実に答えられるようにすれば、効率的に香也の成績を上げられるから、である。
 香也のすぐ横に座ったのは、同じノートを開いて問題を解説するのに、その体勢が都合良かったから、であり、楓にしてみれば、他意はなかったのだが……その体勢になってから、すぐ、香也は、むずむずと身体を揺するようになり、どうも、態度に落ち着きがなくなった。
「……どうかしましたか?」
 と、不審に思った楓が疑問を口にしても、「……んー……」と恒例の口の濁し方をするばかりで、いっこうにはっきりしない。
 香也にしてみれば、ほぼ密着状態にある楓の身体の感触とか、楓の方から漂ってくる、ほのかな体臭とかが気になって集中できない……とか、正直に答えることが出来ないのであった。
 何しろ、そう聞いてく楓の顔からして、数十センチほどしか離れていない至近距離にあり……それは、香也の方に向かってしゃべれば、吐息がかかる距離、でもあった。
 香也の年頃の男子にしてみればただでさえ理性を要求される状況だというのに、少し天然気味の楓は、そのことに無自覚であり……さらに加えて、香也は楓の素肌の感触も、何度か経験していて、その分、こうした刺激があれば、
 だから、香也の態度を不審に思いつつも、楓は勉強を続けようし、しかし、香也はどこかうわの空で、集中力にかける……といったことが、何度か、繰り返された。
「……疲れました? 休憩、いれますか?」
 結局、楓は軽くため息をつきながら、そんなことを言いだす。
 試験前、ということもあって、朝からかなり根を詰めて取り組んでいる……ということは、楓にしてみても、自覚はしている。
 香也の方も、そろそろ体力と集中力の限界なのだろうか……といった理解のしかたを、楓はしていた。
 香也は、とりあえず、楓が少し身体を離してくれたことにほっとしながら、ぶんぶんと頭を縦に振って賛同の意を表明する。
 そんな香也の態度を誤解したまま、楓は「ちょっと、お茶をいれて来ますね」といい残して、台所の方に去っていく。
 楓の身体が本格的に離れると、気が抜けた香也は、がっくりと肩を落とした。
 おそらく、理性が保てなくなった香也がこの場で楓を押し倒したりすれば、楓の方はむしろ喜ぶのではないか……などとも思わないでもなかったが、楓にしろ、他の、香也を慕ってくれる少女たちの誰かにせよ、そうした即物的な欲求不満の解消のために利用することには、香也はかなり強い抵抗を感じていた。また、真面目に香也に勉強を教えてくれようとしてくれる楓の意志を無視したり、踏みにじったりしたくはなかったし、それ以上に、今までが今までだから、その場の雰囲気で流されるような関係の持ち方をすることは、香也自身にしてもかなり不本意だった。
「……もう。
 そんなに、盛大にため息をついて……」
 急須と二人分の湯呑みを抱え、楓はすぐに戻ってくるなり、香也に向かってそういった。
 ……どうも、がっくり安心した時の様子を、しっかりと目撃されたらしい。
「……勉強、そんなにいやですか?」
 楓は香也の前に置いた湯呑みと自分の分とに、当分にお茶を注ぎながら、不安そうな口調で、香也にそんなことを尋ねている。
 楓は楓で、さっきからの香也の態度を、変な方向に誤解していて、こうして長時間、身柄を拘束して勉強漬けにしていることを、本当は、香也はいやがっているのではないか……とか、思いはじめていた。
 とりあえず、そんな風に思って欲しくなかった香也は、ぶんぶんと顔を横に振る。香也は香也なりに、香也のためを思って楓たちがしてくれることを、それなりにありがたいとは、思っては、いる。
「……でも、何か、集中していませんよね?」
 二つの湯呑みにお茶を注ぎ終えた楓は、そのまま身を乗り出して、香也に顔を近づけてきた。
 ただでさえ、楓を「そういう風に」意識しているところに、いきなり至近距離で見つめられ、どぎまぎした香也は、反射的に顔を逸らす。
 何しろ、体温を感じるくらいの至近距離に、真っ正面からの楓のどアップ。いったんは落ち着きかけていた香也の衝動は、一気にレッドゾーンに突入し……。
「……あっ……」
 その挙動をみて、今度こそ、楓は、さっきからの香也の「挙動不審」の原因に、思い当たった。
 唐突に「理解」の表情を浮かべた楓は、次の瞬間には悪戯っ子のような表情になり、ゆっくりと、香也の肩に、自分の身体を押しつけるように、もたれかかっていく。
「……そういう、ことですか……。
 もっと早く、いってくだされば、よかったのに……」
 楓にしても恥ずかしいのか、小声で、香也の耳元に息を吹きかけるようにして、囁く。
 なんか、香也の気のせいか、楓の声に湿っぽさと「甘え」の成分が入っているような、気がする……。
 楓は自分の乳房を香也の肩胛骨のあたりに、むにゅ、と押しつけるように密着させながら、両腕を香也の背中から腰のあたりに廻し、香也の身体をぎゅっと抱きしめた。
 そうされながら、香也は、緊張して背筋をピンと伸ばし、全身をかちんこちんに硬直させている。
「……そんなに、堅くならないでください。
 わたしだって、こういうの、すごく、恥ずかしいんですから……」
 香也の耳元に吹きかける、楓の吐息が、熱い。
「こうしているのだって……すっごく、勇気がいるんですからね……」
 背中に密着している楓の体が、なんか、急に熱を帯びはじめているような気がした。
 羞恥のせいなのか、興奮のせいなのかは、香也にもよくわからない。それ以前に、今の香也にそんなことを気にする余裕がない……ともいう。
 香也の背中からお腹のあたりに廻されていた楓の両腕が、もぞもぞとぎこちなく、不器用に、動く。
「……香也様……こんなに、緊張して……」
 こんな状態では、勉強に集中なんかできませんよね……といいながら、楓は、香也の身体に廻した腕を、さらに下の方に下げていった。


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