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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(383)

第六章 「血と技」(383)

「……狩野くんの方は……」
 と、香也に向き直った沙織はいった。
「……基本の部分は、もうかなりしっかりしているようですから、あとは時間をかけて反復して、憶えるべきことを憶える。細かいことも含めて。
 重要な部分は、もう理解しているようですから……」
 沙織の言葉に、香也は、素直にこくこくと頷く。
「……こっちの加納くんの方は……」
 続いて、沙織は荒野の方に顔を向けた。
「……特に、古文とか日本史関係が、ぜんぜん。
 ほかの科目が悪くないから、平均するとそんなに目立たないでしょうけれども……。
 苦手で後回しにするのはわかるけど、今日はその苦手な部分を重点的にいきましょうか……」
 結局、実質的に香也はその場で自習状態、荒野が沙織に個人教授される……というような形となった。
 香也はいたって素直なもので、沙織のいった通りに黙々と自習をはじめる。自宅でも、同居人の少女たちから同じような扱いを受けていて、「監視付きの自習」状態に慣れているのかもしれないな……と、荒野は思った。
 茅はというと、荒野の分と自分の分、併せて二台のノートパソコンをテーブルに広げ、例によって両手で一台づつ猛烈な勢いでキーボードを叩いている。指の動きが見えなほどに激しく動いているが、体の他の部分は泰然として動かない。手首から先を見なければ、むしろ、くつろいでいるようにさえ、見える。
 荒野にとってはお馴染みとさえいえる風景だったが、源吉にとってはそうではないらしく、紅茶のカップを手のひらで包むようにしながら、興味津々、といった感じで、身を乗り出して茅の様子を伺っている。
「はい。
 こっちの加納くん。
 よそ見をしないで、自分の勉強に集中する」
 さりげなく様子見していたつもりだったが、すぐに沙織にそうたしなめられてしまった。
 茅がノートパソコンの画面から視線をあげ、荒野を、軽く睨む。
 ……まだ、茅の機嫌は直っていないようだった……。
「あ。
 いや、源吉さんが、茅のやっていることに興味を持っているようだったんで……」
 苦し紛れに、荒野はそう言い訳した。
「……よかったら、説明するの……」
 茅が、荒野には直接答えず、源吉に話しかける。
「いえ、画面の内容を見せてもらえれば、おおよそのことは……」
 それを機に、源吉は自分が座っていた椅子を動かし、茅の背後に陣取った。
「……姫。
 こちらは気にせず、そのまま続けください……」
 ……考えてみれば、源吉だって、第一線で活躍していた「佐久間」なんだもんな……茅たちが構築しているシステム程度なら、書きかけのコードから、おおよその内容を推測できてもおかしくはないか……と、荒野は内心で勝手に納得する。
 知力が売り物の佐久間が、現代のコンピュータシステムに無知なわけもないか、と。
「……加納くん!」
 沙織が、今度は少し強い語気で、荒野を咎めた。
「……はいはい」
「はいは一回。
 加納くんは、どうやら文法関係が苦手なようだから、その辺を重点的に……」
 古文の話し、だった。
 確かに、荒野の言語に関する素養は、オラール・コミュニケーションを重点に教育されている。荒野は、何種類かの言語で日常会話を不自由なくこなせたが、古典文学の知識が豊富というわけでもない。現代語と似て非なる古語や古い言い回しなどに関しては、かえって混乱するばかりだった。日本語も、例外ではない。
「……活用形、って……。
 おれ、こういう言葉の覚え方をしたことないんですど……」
 古文の教科書を広げながら、荒野が軽くぼやいてみせる。
 それは、学校の英文法教育にも、荒野が共通して抱いていた「違和感」だった。
「でも、それを覚えることが、今の君の仕事なの」
 沙織は少し怒った顔をつくって荒野を軽く睨んだ。
「それに、文法である程度頼りになる法則性を覚えておくと、それなりに便利なのよ」
「はいはい」
 荒野は、せいぜい真面目な顔をして頷いてみせる。
「はいは一回」
 沙織に、また窘められてしまった。
「それでは、加納くん。
 テキスト五十八ページから、本文を読んでみて……」
 荒野は慌てて視線を落とし、沙織にいわれるままにたどたどしくテキストを朗読してみせる。
「……ええ、と……。
 ぎ、ぎおんしょうじゃのかねのおと……」
「かねのこえ、です」
 荒野が読み方を間違えると、すかさず、荒野の言葉を遮って訂正する。
「……加納くん、文法だけではなく、漢字の読みも弱いのねぇ……」 
 呆れたような感心したような声だった。
「まあ、一応帰国子女ってやつですから……」
 新聞や雑誌程度なら、荒野も難なく読みこなせる。
 が、平家物語や方丈記が相手になると、まるで勝手が違った。
「日常生活では困らないから、目立たなかった……というわけ、か……」
 沙織はほんの一、二秒ほど何事か考える表情になり、すぐに、
「これは、茅ちゃんが手こずるかぁ……茅ちゃんだと、なんだかんだいって加納くんにはあんまり強く出られないでしょうし……。
 わかりました。
 この際、徹底にやりましょう……」
 と、改めて荒野に向き直る。
「……え?
 だから、今、こうやって試験勉強を……」
 荒野が、戸惑ったように声をあげる。
「そうじゃなくて……いえ……試験や学校の勉強も大事だし、これからしっかりとやるつもりますけど……。
 それ以外に、加納くんは少し、見えにくいところで日本のことがわかっていない部分があるようだから、そういう面を少しでもフォローできるよう、学習していきましょう……」
 そういう沙織の表情は、意外に真面目である。
 オブラートにくるんだいいかたをしているが、沙織は「荒野に、日本人として基本的な素養が抜け落ちている」……と、いいたいらしかった。荒野にしてみても、そうした意図くらいは、容易に察することができる。そもそも、この町に来た当初は、三島百合香に「お前には乗しきってもんがない」と毎日のようにいわれていたこともあり、まるで自覚がない、というわけでもない。
 ここ最近では、自分よりも非常識なのが大挙してやってきて、その尻拭いばかりやっていたので、自分の特殊さについて、荒野の認識が甘くなっていたのも事実だった。
「……よろしくお願いします……」
 荒野としては、殊勝な様子でそう頷くより他、なかった。


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