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第六章 「血と技」(399)
ジュリエッタはしばらく「……うぅ~……」と低くうなっていたが、ほどなくして拗ねたような表情で、
「いい。やるね」
とつぶやく。
「その代わり、静流が怪我をしても知らんね」
「そ、その心配は、いらないのです」
静流は、そっけない態度で受け流す。
「ジュ、ジュリエッタさんは、わ、わたしに触れることは、できないのです」
ジュリエッタと静流が低い含み笑いを合唱したところで、荒野は背を向けて徳川の携帯にかけた。メールでもいいようなもんだが、自分が興味を持てないことにはとことん無視する傾向がある徳川だと、すぐに返事が来る確率はかなり少ない。
『……あれ?
かのうこうや?』
五回ほど呼び出し音を鳴らした末、転送された先に出たのは、おなじみの声だった。
「……ノリか?
徳川の携帯にかけたんだけど……」
『徳川さん、邪魔されるの、極端にいやがるからね。
これ、工場の代表番号。私用の電話は、転送にしてたんでしょ。
徳川さん、商用には別の回線使っているから……』
「……別に、いいけどな」
荒野は、少ししらけた気分になりながら、用件を切り出す。
「その、工場の使用許可をとりたいんだが、おまえにでもいいのか?」
ノリが工場の代表電話に出ている、ということは、ある程度の裁量権を与えられている可能性もある。
『工場を使いたいの? また、誰かの決闘?』
「ジュリエッタさんと静流さん。
ってか、また、って……まるで、しょっちゅう同じようなこと、やっているような口振りじゃないか?」
『しょっちゅうかどうかわからないけど、この間の日曜の夜、やっぱりジュリエッタさんと楓おねーちゃんがやったんだけど……最強の肝いりで。
何? かのうこうや、そのことまるで聞いていないの?』
「聞いていない」
そのときの荒野の声は、かなり憮然としたものになった。
「まあ、そっちの件は、後で楓にしっかり聞くよ。
で、工場は、使えるかな? できるだけ早い方がいいんだけど……」
『あ。いいと思うよ。
そういうのみんな、待ち望んでいると思うし。
そっかぁ……今度は、ジュリエッタさんと静流さんかぁ……。
テンとノリが悔しがるかな……』
「あの二人は現象のところか?」
『うん。
テンさえ出席すれば三人全員いくのは無駄だし、こっちも少しは進めておきたいし……で、ボクだけこっちに残っている』
「じゃあ、今からでもいいんだな?」
『いいよ。
みんなで準備して待っているから。
そっかぁ……ジュリエッタさんと静流さんかぁ……。
今夜は、評が割れるなぁ……野呂系の人たちは、だいたい静流さんに賭けるだろうし……』
とかいいつつ、通話が切れる。
今……賭ける、とかいってなかったか?
とか、首を傾げつつ、荒野は振り返って静流とジュリエッタに声をかけた。
「……えー。
会場を押さえることができましたー。
これから、徳川の工場に移動します」
「お、お店を閉めます……」
「剣、剣。
剣を持ってくるよー……」
荒野がそういうと、睨みあっていた静流とジュリエッタはばっと一足に後退し、それぞれに準備をはじめた。
「……ふぅ……」
なんだかよくわからないノリだ、と思いつつ、荒野は小さくため息をつく。
「……あのぉ……」
「うわぁっ!」
そこに、いきなり背後から声をかけられ、荒野は飛び上がった。
「え? あっ……。
ジュリエッタさんの……」
「左様。
執事にて、ございます。
このたびは、お嬢様のお仕事を斡旋してくださったそうで……」
やたら血色の悪いおっさんが、ぬぼぉーっと立っていた。蝶ネクタイにタキシード、という、日本の町では浮いている正装が、妙に板についている。
『……いつの間に……』
荒野とて、別に油断をしていたわけではないのだが……。
「え、えと。
こちらに、なります……」
内心の動揺を隠しつつ、荒野は持参したプリントアウトを「執事の人」に差し出す。
「では、失礼して……」
「執事の人」はうやうやしく荒野からプリントアウトを受け取り、中身を検分しはじめる。
「これはこれは……。
どれもこれも、お嬢様のご気性に沿った、すばらしい内容でございますな」
「あー。
その中で気に入ったのがあったら、印刷された連絡先に直接、申し入れてください。なんなら、おれの名前を出してもいいし……」
「ご配慮、痛みいります」
「執事の人」は、深々と荒野に向かって頭をさげた。
「お嬢様ともども、ご期待にそえますよう、砕身させていただきます」
「……用意できたよー!
お? セバスチャンがいるよ?」
コートを着た上に細長いケースを肩に担いだジュリエッタが、店の前に出てくる。
「今、自分が電話で呼んだんでしょうに。マネージャー」
荒野は、とりあえずつっこんでおいた。
「……ん……」
外出の支度を整えた静流が、がらがらとシャッターを降ろす。
「こ、これで、準備はできましたけど……」
「それじゃあ、行きますか……」
荒野はそういって歩き出す。
「わ、若っ」
そんな荒野の背中に、静流が声をかけた。
「タ、タクシー、呼んであるのですっ!
あ、歩くと、三十分以上かかるのですっ!」
荒野がぴたりと足を止める。
もちろん、三十分以上、というのは「一般人の速度で」ということになるわけだが……。
「……うす……」
荒野は、そう答えて振り返る。
単独行動が長いので、ついつい、「自分の速度」が判断基準になってしまう。荒野一人の移動なら、ここから徳川の工場までは、それこそあっという間なのだが……この人数だと、どこでどう人目につくのかわからないから、車両で移動する、という静流の判断は、正しい。
「……ちょっと、ご主人様、借りるぞぉ……」
タクシーが来るまでの間、荒野は、静流の犬の首周りあたりをもモフモフして時間を潰した。ただでさえ、それなりの人数だし、タクシーだと流石にこの犬までは乗せることができない。従って、お留守番をしてもらうことになる。
目こそ不自由なものの、他の知覚はむしろ常人以上である静流は、そもそも、普段でも犬抜きで不自由なくやっていける。半ば世間的なカモフラージュとして連れているようなものだ……と、荒野は思っている。
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つづき]
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