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第六章 「血と技」(400)
やがて到着したタクシーに、全員で乗り込む。
静流が助手席で、ジュリエッタ、荒野、執事の人が後部座席だった。
「これー。
ここからだと遠いねー……」
「移動に多少時間がかかれども、ギャラの方はなかなか魅力的でございます。お嬢様……」
ジュリエッタと執事とは、早速、荒野が斡旋した仕事について、やかましく打ち合わせを開始した。さりげなく様子をうかがっていると、なにかというと「仕事なんてやりたくない」とごねるジュリエッタを、執事の人が一方的に宥めている感じだった。
『……おいおい……。
お守りなら、ちゃんと仕事してくれよ……』
と、荒野は思った。
そうすれば、静流さんや荒野の心理的負担が減る。
タクシーが徳川の工場前に到着する。
「……おーい!
入るぞぉー!」
執事の人以外はすでに勝手を知った場所であり、荒野は声をかけただけで案内も乞わずにずかずかと門の中に入っていく。
ノリの話しによれは、一族の者が少なからず常駐しているようだし、それ以外に徳川が工場内のあちこちにカメラを設置している、という話しでもあった。こちらの動向は筒抜けになっている、とみてまず間違いはない。
荒野が先導する形で、全員でぞろぞろと歩いていく。徳川の工場は、それなりに広大な敷地を保有しており、徒歩だと、奥に到着するまでそれなりに時間がかかる。
しばらく歩くと、ぼちぼち人影が見えるようになる。荒野の方から見れば、書類に添付されていた写真でおなじみの顔ばかりだったが、出会った相手は荒野の姿を認めるなり棒立ちになったり、とって返して荒野の来訪を仲間に伝えにいったり、不自然なまでに愛想良く話しかけたり……と、まあ、通り一遍の有名人扱いをうけたのだった。
『……ま、いいけどな……』
自嘲混じりに、荒野はそう思う。
荒野は、最近では一般人社会の中でごく普通の一生徒として(少なくとも、表面的には)遇されており、この手の「特別扱い」を受けることはひさびさで、かえって新鮮ではあった。荒野は、自分がそういう……一族の中でこそ、ひときわ目立つ存在である、ということを忘れかけていた。
しかし……一般人の中ではきちんと埋もることができて、同類である一族の中ではかえって目立つ……というのも、皮肉な話しではある。
それはともかくとして、気になるのは……。
『……なんか、やたら荒神とか最強とかいう単語が、漏れ聞こえてはいないか?』
もちろん、話しているのは、一族の者ということになる。一族の者の中で、荒神の存在を知らない者は皆無といっていい。だから、不自然ではない、という見方もできないことはないが……。
『……だからといって……』
荒野たちの顔を見るなり、最強の名を口にする頻度が、多すぎる……と、荒野は思った。
『あいつ、また何かやったのか?』
荒野としては、そう納得するより他、なかった。
もともと、荒神の気まぐれと奇行には、荒野は慣れっこになりすぎている嫌いがある。離れている分には「ああ。またやっているか」で済むのだが、身近にいるとなると、その尻拭いはたいてい荒野の役目として回ってくるのだった。
『……面倒を起こす相手がわかっただけで……』
今現在の荒野も、似たようなことをやっているじゃないか……と、荒野は、自分自身の境遇に呆れた。
あまり認めたくはないが……どうやら、荒野は他人が起こしたトラブルを収束させていく宿星の元にあるらしい。
だとすれば……それは、決して生まれついてのものではなく……。
『荒神のところに預けられて以来、そういう癖がついちまったに違いない……』
きっと、あの時点で荒野の運命とでもいうべきものに、ケチがついたに違いない。
「……はーい!」
シルヴィまでもがその場にいることで、荒野はいよいよ嫌気がさしてきた。
「なんでヴィまでここにいるんだよ……」
荒野は頭を抱えたくなった。
「連絡があったのよ。
またジュリエッタのデュエルがあるって……」
シルヴィは、何とも複雑な笑みを浮かべながら肩をすくめてみせる。
「……この間は見事に負けちゃったし、今度こそは勝ってもらわなけりゃ……」
「……この間?」
荒野は、シルヴィのいうことが理解できずに聞き返す。
「……負けた?
誰が、誰に?」
「あら?」
今度はシルヴィが、目を丸くする。
「まさか……。
コウ……あなた、この間のこと、何も聞いてないの?」
「だから……聞いていないって、何のこと?」
荒野が、同じことを聞き返す。
何かが……ひどく、かみ合ってない気がした。
同時に、すっごく悪い予感がする。荒野のこういう時の悪い予感は、たいてい、当たる。
「……へぇえぇー……」
シルヴィが、半眼になった。
「そう……。
コウのところでは、あのくらいは日常茶飯事だから、報告の義務もないし噂にすらならないってんだ……」
あ。拗ねた。
と、荒野はもろに動揺する。
一度臍を曲げたシルヴィは、とことん底意地が悪くなることは、幼少時の荒野の体験が証明している。
「だから、知らないっていってるだろっ!」
珍しく、荒野はキレ気味になった。
「いい加減、何があってどうなっているのか教えてくれよっ!
教えてくれたっていいだろっ!」
そして、こういう「拗ねたヴィ」に対する時は、下手に計算してかかるよりは感情をそのままにぶつける方が話しが早く進む……と、これも経験から学んだことだ。
「だからね……」
荒野につられて、シルヴィも怒鳴り返す。
「……そこの、姉崎の二刀流が、あんたんところの楓にぼろ負けしたの、この前!
それも、よりによってあの涜神者の仕切りよ!
そんでもって、そのせいでうちのちびっ子二人が落ち込むはジュリエッタに掛けたお金がフイになるは姉崎の名折れだはで後のフォローが大変だったの!」
シルヴィの後ろにはホン・ファとユイ・リィの二人も控えていて、荒野と目が合うと、軽く頭を下げてくれる。この二人は、もともと真面目な性格だし、礼儀も正しい。師父の仕込みがいいのだろう。
背後を振り返ると、ジュリエッタが露骨に目をそらして口笛を吹きはじめた。
「understand?」
「I, see」
ジュリエッタと荒野は、大仰な動作で頷きあう。
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つづき]
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