第六章 「血と技」(402)
ジュリエッタは混乱していた。
例えば、この間対戦した楓のような強さは、よく理解できる。あるいは、フー・メイでもいい。
とにかく、彼女らは……まだしも、ジュリエッタと同一線上にいる相手だった。
だけど、今、目の前にいるのは……。
『……六主家の、一角……』
野呂本家、直系。
姉崎は、佐久間と並んで、六主家の中では「最弱」とされている。自称他称を含めて、ということだが……いいかえるとそれは、姉崎が、身体能力では、他の六主家の中でも、一般人により近い……ということを意味する。
フー・メイにせよ楓にせよ……修練を積んで自己の能力を拡張してきた……という点においては、ジュリエッタと同類だった。
だが、今、ジュリエッタが相手をしている静流は……。
『……こんなの……』
ジュイエッタとは、あまりにも、違いすぎる。
気配も、動きも、殺気も……なにもかも、察知できない。
幼少時からこの体に染み込ませてきた技が、いっさい通用しない。
いや。
通用するとかしないとかいう以前に……。
『……根底からして……』
違いすぎる。
近づくものがあれば、考えるよりも先に腕が反応する。足が動く。そう、自分の体を作り替えてきたはずだった。
なのに……。
また、両手の剣を同時に飛ばされた。
なのに、なぜ……静流の動きを少しも、察知できないのか。
ジュリエッタは、これで何度目になるか、自分の剣を拾いにいく。
比較的楽天的な性格だから、ひどく落ち込む……ということもないのだが……これが、静流と自分との差が、もって生まれた身体機能の差だとすると……遺伝とは、とても残酷で理不尽なものではないのか?
二人の対戦を見物していた者たちの間に、狼狽を含んだざわめきが起こっている。
『まあ、そうだろうな……』
荒野は思う。
おそらく……。
『想像していたのと、ぜんぜん、違うんだろうな……』
目の前の光景と、だ。
観衆の中には、それなりの割合で静流の動きを追うことのできる者もいたから、静流がやろうとしていることは、口伝えで広まってはいるようだが……。
静流は、一見して、同じ場所から動いていないように、見える。
だがそれは、静流の動きが早すぎるからで……。
また、ジュリエッタの剣が、飛んだ。
『……得物を構えて待ちかまえている相手の、柄頭を押して剣を飛ばす、ってのも、たいがいに人間離れしているだけど……』
俗にいう、無刀取り。
大昔の剣豪がやれたとかやれなかった、とかいう「伝説」の領域である。
それも、二刀流でやたらと剣を振り回すジュリエッタ相手に、剣を振る前にやってしまう、というのだから……すごいことは、確かなのだが。
『……見た目的には、地味だよなぁ……』
動かない静流と、何度も剣を飛ばされてはそれを取りに行くッジュリエッタ。そして、ジュリエッタが拾い上げた剣を構えようとすると、また剣が飛ばされる……という繰り返し、だった。
『楓とジュリエッタが、ここでやりあったらしいけど……』
それは、さぞかし派手な見物になっただろう……と、荒野は想像する。楓のことだから、自分に出来ることは片っ端から何でもやって、強引に勝ちを拾いにいったのに違いない。
単純に技能面だけを評価するのなら、荒野が見る限り、ジュリエッタは決して楓にひけをとるものではない。
だが……ジュリエッタには、楓がもっているひたむきさとか必死さが、欠けている。
案外、勝敗を決したのは、そういう、「真剣さ」の差ではなかったか?
『……だけど、静流さんが相手の場合……』
そもそも……「動いていることさえ感知できない」ほどに、早い相手に……いったい、どういう技が立ち向かえるというのだろうか?
『静流さん的には……』
これで、いいのだろう。
普段からなにかと問題行動の多いジュリエッタに苦手意識を植えつけて、いうことを聞かせようとする……というのが、今回の静流の目的である。
『このまま、ジュリエッタさんがギブアップしてくれれば、一番いいんだけど……』
そうは、ならなかった。
いい加減、何度も繰り返し剣を拾いにいくのが面倒になったジュリエッタは……。
「……よっ」
その場にどっかりとあぐらをかいて座り込んだ。
別に、効果的な対策を思いついた、というわけでもなく、何度取りに行っても飛ばされるだけなら、剣など持つ意味がない、と思ったからだ。
同時に、自分よりも確実に……圧倒的に、早い相手に、足裁きは必要がない……とも、思った。だから、座り込んだ。
「……ふん」
ジュリエッタは、さらに考える。そして、結果として目を閉じた。
動きを目で追えないほどに早いのなら……目を開いていても、無駄。
もとより、静流の目的は、この自分なのである。
静流を見失う……ということは、あり得ない。黙っていても、待っていさえすれば、向こうからこちらにやってくる。
目を閉じたジュリエッタは、そのまま、外界に向け、知覚を開いていく。精神を集中させることにより、普段以上に五感を研ぎすまし、些細な変化を感じ取ろうとする。
上位の武芸者であるジュリエッタにとって、その手の作業は、むしろ得意とするところでもある。
ジュリエッタは一呼吸もしないうちに神経を集中させ、煩雑な雑情報を意識の外に追い出し、ひたすら、自分に近づいてくる静流の気配のみを探る。
いくら、静流が早くとも……体温は消せない。体臭は消せない。動けば、空気が動く。
要するに……今、自分に近づいてくるものは、静流でしかないのだがら……片っ端から迎撃すればいい。
漏れ聞いたところによると……静流は、目の障害もあって、一族としての体術を、仕込まれてこなかったらしい。
だとすれば……あのような細い体の静流を相手にするのに、剣などは不要。素手でも、一撃でノックアウトする自信が、ジュリエッタにはあった。
だから……ジュリエッタは全身の五感を意識の力で拡張し、自分に向かってくる物体の気配を探ろうとする。
それは……実際にやってみると、自分の感覚が広がっていく、というよりは、暗闇の中にぽっかりと浮かんだ球形自我が、中心方向に向けてどこまでも際限なく縮小していく像として、ジュリエッタは内面に投影した。
その、ジュリエッタがイメージする感覚圏に、かすかな揺らぎが生じる。
意識もせず、ジュリエッタの四肢が、その揺らぎに対して反応した。
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つづき]
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