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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(403)

第六章 「血と技」(403)

「……あー……」
 荒野が、誰にともなく、いった。
「そういや、静流さん……柏のねーさんと一緒に、最近、合気道の道場に通いはじめていたんだよなー……」
 ジュリエッタが、無様に横転していた。
「……ジュリエッタさんが、近づいた静流を捕らえようとして……」
「逆に、投げられていましたね……」
 ホン・ファとユ・リィが、荒野に同意する。
 近づいてきた静流に向け、目を閉じたジュリエッタが手を伸ばし…そのジュリエッタの腕を掴んだ静流が、強引に引っ張ってジュリエッタの重心を崩し、見事に横転させていた。静流はそのまま、元の位置まで戻っている。
 静流が投げた……というより、「投げようとした」といった方が、正しいありさまだったが。あぐらをかいた相手を「投げる」ことは、かなり難しい。
 それなりに鍛えられているこの二人の目は、事態の推移がしっかりと把握できたようだったが、観衆の中にはそうではない者も、かなり多く含まれている。静流の動きに動態視力がついていけない者たちは、ちゃんと目撃できた者に解説を要求したりしていて、この場はかなり騒がしくなってきた。
 やはり、というべきか、本家直系の静流が活躍することがうれしいのか、野呂系の術者のテンションが上がり気味になっている。
「まったく、目で追えない状態で、反撃を使用とするジュリエッタもそれなりに凄いんだけどな……」
 荒野は、また独り言じみたつぶやきを漏らす。
「そう、ですよね……」
 ホン・ファが、荒野に同意した。
「ジュリエッタさん……まだ、戦意を失っていません。
 あんな……その、違いすぎる、相手に……」
 ……一般人とそう変わらない身体能力しか持たず、一心に武を納めてきたホン・ファたちは……生まれついての能力に頼った静流よりも、ジュリエッタの方に感情移入するのかも、な……と、荒野は納得をする。
 確かに……六主家本家筋の突出した能力というのは、一般人はもとより、大半の一族の者からみても、反則的なほどの格差が存在する。
『……この子たちは……』
 自分ではどうあがいても勝てない相手……という者と対決することになったら、一体、どう対処するのだろうか? とも、荒野は、思う。
 口には、出さなかったが。

 剣は通じない。体術にも持ち込めない。
 ジュリエッタは、何度も無様に横転させられながら、考え続けている。
 静流は、何故かジュリエッタに「とどめ」を刺そうとはしていない。
 何故か?
 いや、本当はジュリエッタも理解している。
 静流は……ジュリエッタと「戦っている」のではなく、ジュリエッタを「叱っている」つもりなのだ。母親が幼い子供を躾るのに、決定打は必要ない。
 舐められている……と、武術者としてのジュリエッタは、思う。理不尽で、不公正だ……とも、思う。
 今までの修練が、武が……静流を前にすると、何の意味も持たなくなってしまう。
 静流のような「規格外」の相手は、一族の中でもごく少数の……おそらく、容易に数えられるほどの人数しか、いないにしても……。
 これでは……このまま、負けたままになてしまっては……今まで、自分がやってきたことすべてが、無意味になってしまうような気がした。
 だから、ジュリエッタは必死に考える。
 静流の対抗する手段を、静流を追いつめる手段を、静流から「早さ」を奪う手段を。
 静流が動かない……全速で動けない状態なら、ジュリエッタにも、やりようがある。
 そして……思いついた。

「わははははー……」
 ジュリエッタが、大声で笑いながら遠巻きにしていた人混みの中に踊りこんだ。目にも止まらぬ静流ほどではないにしろ、それなりに素早い動きだった。
「……そんなところだろうな……」
 いきなり周囲が浮き足だったため、器用に人の流をかき分けながら、荒野は素早くジュリエッタから遠ざかる。
 荒野も、無防備に巻き添えを食らうのは御免だった。
 荒野には、ジュリエッタの発想が、容易に推察できた。
 静流の速度が問題なら……静流の速度を、殺す場所や状況を用意する。障害物が多い……例えば、人混みの中、とか。
 むしろ、その程度のことを今まで思いつかなかったのが、不思議なくらいだ。
「この前の、楓さんの真似ですね」
 何故か、荒野の後を追いかけながら、ホン・ファが話しかけてくる。ホン・ファの言葉に、ユイ・リィも頷いていた。
「楓が、似たようなことやったのか?」
 楓とジュリエッタの対決を見ていない荒野が、ホン・ファに聞き返す。
「ええ」
 ホン・ファは頷いた。
「楓さんも……観客の中に、飛び込んだです」

 静流は、慌てない。
 視覚が不自由であっても、代わりに鋭敏な聴覚を有する静流は、今、何が起きているのか……ジュリエッタが何をしているのか、正確に把握していた。
 そして……。
『……甘いのです……』
 動き出す。
 ジュリエッタの笑い声、逃げ惑う一族の者たちの声、足音……など、音源が多ければ多いほど、静流にとっては有利だった。それだけ、正確に、現状が把握できるのだから。
 そして、目がほとんど見えなくても、障害物の位置さえ把握できていれば……静流の行動を制限するものは、何もないのであった。

「……あーあー……」
 かなり遠くまで移動した後、肝心の「現場」を振り返った荒野は、気の抜けた声を出す。
「静流さん……やっぱり、熱くなっていたんだな……」
「……こんなの、はじめて見ます……」
 ホン・ファも、目を丸くしている。
「サングラスの人……」
 ユイ・リィが、呆然とつぶやく。
「ほかの人の肩の上を……走っている……」
「よく見ておきなさい」
 いつの間に追いついていたのか、シルヴィが、気怠そうな声を出した。
「あれが……生粋の、野呂よ」
 静流の前では……人混み程度では、ろくな障害とはならないのであった。流石に、「目にも止まらぬ」というほどの速度は出せないが、移動には、まるで不自由していない。
 他の一族の「上」を滑るように移動し、静流は、まっすぐにジュリエッタのいる場所を目指していく。
 

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