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第六章 「血と技」(406)
目下のところ、荒野には三種類の社会的側面がある。
その一。加納茅のパートナーとしての、加納荒野。
こちらの役割は、未だに茅の真意や心理を読みちがえることも多く、荒野自身の判断としても、まだまだ完全にやりこなせているとは思えない。今後の精進が必要とされるところであった。
その二。市井の一学生としての、加納荒野。
こちらは、多分に荒野個人の願望が反映されていて、そのような役割をまっとうに果たせているのかどか、かなり、あやしい部分もある。
その三。一族の中でそれなりの地位を占める人間としての、加納荒野。
こちらは、生まれたときからそういうことになっているのだから荒野自身の意志は、あまり介入する余地はない。荒野の意向はどうあろうと、加納本家直系、唯一の若者、という荒野のポジションは変わらない。加えて、荒野は二宮本家の血も色濃く受け継いでおり、後天的な要素として「最強の一番弟子」というファクターも兼ね備えている。客観的にみて、荒野は、「加納本家の後継ぎ」であるばかりでなく、「次代荒神候補筆頭」でもあり、これらのステータスはどちらか一方であっても、一族の中では、とっても、重い。
両方のステータスを兼ね備えた荒野は、さしずめ珍獣中の珍獣、絶滅寸前の保護動物、とでもいったところだろう。
荒野自身は何しろそうした自分のポジションを忘れる事など不可能な環境下で育ってきているので「生まれは自分では選べない」などとそれなりに達観している部分もあるわけだが、反面、気が重いところがあるのも確かだった。
つまり、荒神に万が一のことがあったら、襲名はともかく、後継者が見つかるか育つかするまでの中継ぎくらいはしていいかな、とか思っているし、その程度の義理は感じてもいる。「荒神=最強」の称号に、というよりは、「一族全般」あるいは「二宮」に、自分をここまで育ててくれた恩義みたいものを、荒野は感じていた。
だから、まぁ……。
『……この土地の、二宮系の術者まで束ねるというのは……』
いざとなれば、そうすることもやぶかさではにのだが、正直なところ、かなり気が重いのも、確かだった。
『ま、今の時点では……』
そこまで心配することもないかな……とも、思う。
比較的平穏だから、ということが一番大きいのだが……舎人が本業の現象の監視業務の片手間に、いろいろと話を付けたり声をかけてたりしてくれて、この土地の二宮系術者の間に簡単なネットワークを構築してくれているから、だった。本来、監視対象であった現象の扱いからみてもわかるとおり、舎人は、あれでなかなか面倒見がいい。
『……それは、助かるんだけど……』
これだけの術者を束ねる存在としては、舎人では、イマイチ「軽い」のだ。
一族の術者は、血筋と実力を重んじる。どちらか一方でも持っていれば十分に敬意をもって扱われるわけだが……舎人の場合、残念なことに、現実問題としてどちらの要素も不十分、なのだった。
『いい人、なんだけどな……』
こればかりは、荒野にはどうしようもない。
「……荒野……」
荒野の胸にもたれ掛かるようにして、茅が顔を上に向けて、話しかけてくる。
「なにを、考えているの?」
「楽をすること」
荒野は、気の抜けた声を出す。
「おれ、ぐーたらだから」
茅を抱えている荒野からみると、茅の顔が逆さにみえた。茅は、長い髪をタオルで包んでいた。
「くーたらな荒野、好きなの」
荒野からみて逆さの茅が、いう。
「炬燵にはいっているときとか、こういやってお風呂に入っているときとか……」
「……おれも、いつでもぐーたらしたいんだけどねー……」
荒野は、天井に顔をむけて、ぼやいた。
「……やることがない癖に、心労の種ばかり多くてさぁ……」
「二宮のこと?」
突然、茅が真剣な声を出す。
「そう」
荒野は、頷く。
「術者は、日々、流れ込んでいるの」
茅は、抑揚のない声で告げた。
「二宮系の者だけで、もうすぐ百名をこえるの。
姿を隠し、お忍びで来ている人も勘定にいれれば、もっといるかも知れないの」
「ああ」
荒野は頷く。
「倍くらいになっていても、おかしくはない。
おれのところに報告が届いている人だけで、総勢百名。そのうちやく半分が二宮系。
野呂系は、どうやら静流さんがまとめてくれるようだけど、野呂系には、リーダーシップがとれる者がいない。荒神は……」
「荒神は、二宮の、というよりも、一族の行く末を念頭に置いて行動しているの」
荒野の言葉を途中で不意に遮り、茅が続ける。
「何故、荒野以外の弟子をとろうとしなかった荒神が、今になって楓を弟子にしたのか? 続いて、楓に三人娘の指導を任せたのか?
そのことを考えていて、ふと思いついたの。
荒神の目的は……一族の、一族の根幹となるべき、アドバンテージの強化なのではないか、と。
一族の本流、六主家以外の者が、六主家よりも強くなったら……そんな存在が、同時に複数、出現したとしたら……一族の者は、危機感を抱くのではないのか?
ましてや、現在この土地は、主流派非主流派を問わず、雑多な一族が流れ込んでくる坩堝と化しつつある。
そんななかで、楓や三人娘のような新種が、得体の知れないものたちが、自分たちのアイデンティティを脅かす存在として頭角を現してくれば……」
「……危機感を持って、研鑽にはげむ。
あるいは……頭角を現してきた異物を、排除しようとする」
いきなり早口でまくしたてはじめた茅の言葉を、荒野が、ゆっくりとした口調で引きとる。
おそらく、茅は……これでも、荒野に聞かせるために、ゆっくりとしゃべってくれているはずだった。おそらく、茅の思考は、荒野には想像できないほど、はやい。
「楓や三人娘を、一族が排除するのは無理なの」
茅は、首をふる。
「荒野が、いるから」
荒野が後見人みたいな位置にいることで、一族の者たちは、楓や三人娘を異物として認識しつつ、それなりに尊重して扱ってくれている……と、いいたいらしい。
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