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第六章 「血と技」(409)
期末試験も折り返しになる三日目の朝となった。
「ちょーしはどうだ? おにーさん?」
荒野は朝っぱらから元気がいい飯島舞花に、もの凄い勢いで背中をはたかれる。
「……調子は……まあ、いつも通りだな……」
苦笑いを浮かべながら答えた荒野は、舞花の後ろに栗田の小柄な姿を認める。栗田は、荒野と目が合うと、軽く会釈した。
「って、彼。
またお前のところに泊まったのか?」
舞花の家に栗田が泊まりにくるのは珍しいことではないのだが、一応、週末とか休日に限定していて、平日に……というパターンは珍しい。
「ああ。本当はアレなんだけど、今日の試験がかなり自信なかったみたいだし、うちのおやも仕事でいなかったし……でな。
まあいいじゃん。どうせ、あと三日持ちこたえればすぐに休みに入るんだから……」
舞花が、屈託のない笑顔をみせる。
舞花にとっては、期末試験を苦に思うよりも、近づいてくる連休への期待の方が大きいらしかった。
「……ずいぶんと、機嫌がよさそうだな……」
この分だと、舞花たちは昨夜もお楽しみだったのだろう……と、そちら方面にはどちらかというと鈍感な方の荒野でさえ、思ってしまう。
「ああ。
まあ、飴と鞭っていうか、勉強をしながらいろいろとやてったら、どちらからともなく火がついてその、盛大に、な」
……こいつらは、悩みがなさそうでいいなぁ……と、荒野は思った。
マンション前でそんなやりとりをしているうちに、隣の家から香也、楓、孫子の三人が出てくる。樋口明日樹と大樹の姉弟も合流して、いつものように通学を開始する。
「で、そっちはどうなの?」
荒野は、歩きながら、樋口明日樹に話しかけてみた。
「期末の方は?」
「どうって……まあ、ぼちぼち」
明日樹は眠たげな表情で答える。
「今のところ、大きな失敗はしていない……と、思うけど……」
自信があるとかないとかではなく、「失敗がない」と答えるあたりが、慎重で真面目な明日樹らしいかな……と、荒野は思う。
「ずいぶんと眠そうだな。
玉川みたいに、徹夜でもやっているの?」
重ねて、荒野は聞いてみる。
荒野がイメージする明日樹は、学習も計画的に進めるタイプであり、一夜漬けのようにあぶなっかしい真似は似合わないように思えた。
「……玉川ほど、極端ではないけどね……」
明日樹は、苦笑いを浮かべる。
「……進路のこと考えると、今回の期末、重要だからさ……。
心配で眠れない、っていうのと、それだったら眠れない時間を勉強に回した方が……って感じで……。
って、いっても、いつもより三時間くらい、睡眠時間が少なくなっている程度なんだけど……」
なるほど……と、明日樹の返答に、荒野は納得する。心配で眠れない……というのは、例えば舞花ほど楽天的な性格をしていない明日樹には、ありそうに思えた。
「……そこいくと、こいつは……」
商店街のところに立っていた玉川の前で、荒野は掌をひらひらとふってみた。
「おーい。
起きてるかぁ……。
みんな、合流したぞう……」
荒野が少し大きな声を出すと、
「……はっ!」
っと声を出して、玉川の全身が震える。
「……あっ……ああっ……」
玉川はのろのろとした動作で荒野たちの方に顔を向けた。
「……おはよーさん。
みなさん……」
玉川の声はかすれていた。それに、顔色の方も……昨日と比較しても、悪化しているように思う。目の下のクマは色濃く、顔色は紙のようだった。
「立ったまま、寝ていたのか? お前……」
荒野は、かなり呆れていた。
「お前……昨日も試験中、半分くらい寝てただろう?
一夜漬けもいいけど、そんなんじゃ意味ねーんじゃねーのか?」
「……だいじょーぶ、だいじょーぶ……」
玉川は、ずいぶんと間延びした口調で答える。
「……いつも、こんなもんだから、試験の時は……。
寝てたのも、解答書いてから、寝ているわけで……だって、早く答え書かないと頭の中から消えちゃうから……」
だんだんと声が細くなっていき、終いには、玉川はその場に立ったままうつむいて、すーすーと寝息をたてはじめる。
「……器用なやつだな……」
荒野は、関心した。
「ちょっくら、気合いをいれますか……」
舞花が荒野の体を押し退けて、玉川に近づく。
「……おはよー!
たっまがわぁー……」
とかいいながら、舞花は大きく振りかぶった掌を、盛大に玉川の背中に打ちつける。
ばちーん、と大きな音がして、玉川は「ひゃっ」とか短い悲鳴を上げながら、前につんのめった。
そのまま転ばないように、荒野が玉川の肩に手をかけて、支える。
「……ったぁ……」
玉川が、情けない声をだした。
「朝の挨拶だ、挨拶」
舞花は屈託のない笑顔を浮かべて玉川を見下ろす。
「目、覚めただろう?
これで覚めてなかったら、もう一発気合い入れるけど……」
「……あー。
もう、いい! 十分!」
玉川は、荒野の背中に回り込んで、舞花から逃れた。
「目が覚めましたです。はい」
「そっちのおにーさんと、そこの少年」
目を覚ました玉木が、荒野と香也を順番に指さす。
「……だぶるかのうこうや。
放課後、佐久間先輩に個人教授してもらっているでしょ?」
「人を、指さすな」
荒野は答える。
「それから、先輩はおれと狩野君の二人に教えてくれているわけだから、個人教授とはいわないと思うけどな……」 荒野と茅、それに沙織は、一昨日から一緒に下校してそのまま荒野のマンションに直行しているから、それなりに目撃されていたとしても、別におかしくはない。
「……おそらく、茅ちゃん経由で先輩が出てきたんだろうけど……。
ずるいぞ、成績優秀な先輩を独占して……」
玉木は、そんなことをいいだす。
「そういう文句は、普段から努力をしている者がいうもんだ」
荒野は、相手にしない。
「他にもお客さんが来ているし、うちのマンションにはこれ以上、人は呼べない」
玉木のことだから……おおかた、沙織にねだって出題傾向をリークしてもらおう……とでも、考えているのだろう。だが、沙織の祖父の源吉のことがあるので、これ以上、人は増やしたくない……というのが、荒野の本音だった。源吉は、どうも当初よりあの会合を楽しみにしている様子だったし、源吉と対面する人数は、制限しておいた方がいい。
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つづき]
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