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第一章 「行為と好意」(15)
日本の住宅事情に準じて狭い一軒家の二階部分を、兄弟の数に合わせて無理に三部屋に分けている、という観があり、その未樹の部屋も、当然のように狭い。お茶と急須が用意されたお盆は窓際のライティングデスクの上に置かれ、荒野と未樹は肩を並べるようにして、ベッドの上に腰掛けている。というより、ほかに身の置き所がない。
「ね、荒野君さ」
荒野の動揺を知って知らずか、未樹は弄ぶように指先で軽く荒野の頬をなぞりながら、息がかかるほど、荒野の横に密着して、もたれかかるような姿勢で、荒野の耳元に囁く。
「いい機会だから、さ……。
荒野君が今悩んでいることとか、おねーさんに話してみない?
っていうか、君、茅ちゃんとは、ほんとに兄弟なの?
全然似てないし、そんな雰囲気でもないし。無理に、とは言わないし、悩みを聞いたからっていっても、わたし、バカだから、あまり頼りにならないかも知れないけど……それでも……」
……それでも、話しを聞くことぐらいはできるんだよ。誰かに話すだけでも、気持ちが楽になること、あるよ……。
と、未樹は続けた。
ヤバイ、と、荒野は思った。
荒野は早熟で、なおかつ、大抵の事は普通の大人よりも巧妙にやってのける器用さがあって、だから、早くから一族の者からも「一人前」として扱われ、仕事も任されてきた。
こうして、無条件に好意を寄せられ、しかも、援助や助言の申し出を受けることには、全然、慣れていなかった。
荒野は「常に頼りにされる側」、「誰かを助ける側」の人間であり……「自分から誰かに助けを求める」とか「誰かに心配される」という立場にたった経験が、ほんの子供の頃をのぞけば、ほとんどない。
荒野は、誰かに気遣いをされる、ということに対して、まるで免疫がなかった。
そんな荒野が、いきなり未樹に「心配」され……つまりそれは、未樹が、現在の荒野の状態をみて、「助けがいる」と判断したわけで……。
荒野は、自分の顔に血がのぼり、頬が熱くなるのを、感じた。
羞恥のためなのか、それとも他の原因なのかは、荒野自身もわからない。
「……お、おれ……」
荒野は、この少年にしては珍しく、たどたどしい口調で、現在の自分の境遇をしゃべり出す。もちろん、一族のこととか、茅が育った特殊な境遇とかを除いた、未樹に話しても差し障りのない範囲内の情報を選択した上で、だが。
「……少し前、何ヶ月か前に、初めて茅にあって、茅のことは前から聞かされたけど、茅、おれの親父が育てた娘で、おれの親父、おれがお袋の腹の中にいるときに行方不明になってて……」
未樹に話しても良い範囲、を頭の中で整理しながら、荒野自身と茅のことを、未樹に話していく。
未樹はときどき質問を挟みながらも、基本的には辛抱強く、時に話題が前後し、混乱しがちな荒野の話しを、聞き続けた。たしかに、「未樹に話すことでなにかが解決する」、ということはなかったが、幾分か、荒野の心が軽くなったような気がした。心が軽くなったような気分を味わったことで、荒野は、自分がいかに現在の生活で心理的なストレスを感じているのか、というプレッシャーを、初めて身近に感じた。
未樹に話せることを一通り話し終えると、小一時間ほど、時間が経過していた。口をつけてない急須の中身は、当然、冷め切っているだろう。
「なるほどねぇ……」
一通り聞き終わった未樹は、荒野の肩に寄り添うようにして、ため息をついた。
「……君たち、嘘みたいにドラマチックな存在なんだね……。
いや、荒野君が嘘いっているとは思わないけど……。でも、正直、にわかには信じがたいところも、若干あり。
お兄さんも大変だぁ……って、あ!」
顔を伏せて聞き入っていた未樹が、不意に顔を上げる。わずか数センチの間隔しか置かない、至近距離に未樹の顔を認め、荒野はどぎまぎして、慌てて顔をそらした。
「すると、なに? やっぱり君と茅ちゃんって、血は繋がってないわけ?」
「……そうっすね……。最初は親父の子かも、って疑惑もあったんでDNA鑑定もしたんですけど、おれともじじいとも近親者ではないそうです……」
「……ふーん……。
それでいて、一緒に住んでいて、お風呂で髪を洗ったり、寝床に潜り込んできたりするんだぁ……。
……やるなぁ、茅ちゃん……」
「っちょ! 茶化さないでくださいよ! こっちは真面目なんですから!」
「はいはい。怒らない怒らない、青少年。
そーねー、君の年頃だとかなりきつい環境だよねー。うちの大樹みててもわかるけど、あの年頃の男の子なんてほとんどヤルことしか考えてないお猿よお猿。よく我慢できたねー、荒野君。偉い偉い」
未樹はそういいながら、さらに体を荒野のほうに密着させて、荒野の肩を抱きすくめる。
「……ね。
そんな偉いお兄さんにご褒美。
…………えっちしよっか?」
いつの間にか未樹の顔も真っ赤になっていて、目を閉じて、顔を荒野の顔のほうに近づけてきて……。
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つづき]
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