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彼女はくノ一! 第二話 (1)

第二話 ライバルはゴスロリ・スナイパー!?(1)

 だいたい同時刻。
「んでな、くノ一ちゃんが、こう、あたりに響きわたるような大声でな、
『ええええー?』
 とか叫んでな……」
 加納家の居間では、加納家の居候、羽生譲が、炬燵に差し向かいになって座っている三島百合香に、身振り手振りで『くノ一ちゃん、自分の勘違いを悟る、の場』を熱演つきで説明していた。
「……ほう……。それは惜しい場面を見逃した……」
「……っていうか、センセ。
 あんた、くノ一ちゃんがそういう勘違いしてたって気づいていて、わざと放っておいただろ?
 聞けば、カッコいいほうの荒野君の関係者だっていうじゃないか」
 羽生譲は「加納荒野」のことを「狩野香也」と区別するため、「カッコいいほうの荒野君」と呼ぶ。「狩野香也」のことは、単なる「こうやくん」ないしは「うちのこーちゃん」である。
「いや、それは、ほれ、アレだろ……。
 ……だってそのほうが、面白いじゃないか」
 三島百合香の返答は、聞いてみれば呆れかえる類のものだったが、実に明晰だった。
「みてて面白かったろ? ん?」

 ……そういい切られてしまえば、羽生譲のほうも、反論はできない……。

「くノ一ちゃん」こと松島楓が「加納荒野の元に赴き、従え」という指示の元、この家にたどり着き、たまたまそこにいた、音だけは同名の「狩野香也」のことを、「加納荒野」だと勘違いしていた。
 それだけならまだしも、どうやら香也と楓は、その日のうちに抜き差しならない関係になってしまった……らしい。
「らしい」、というのは、本人たちが固く口を閉ざし、詳細については誰にも話そうとしないからだが……あの夜以来、楓がぴったりと香也に張り付いて離れようとしないことから考えても、かなり正確に予測がつく。

 松島楓が狩野香也の元を離れたくない、という意志を、加納荒野に伝える場面も、羽生譲は目撃していた。なんのことはない。楓の勘違いが発覚した直後、この炬燵で行われた会談なのだ。

「うん。いいよ」
 一応、松島楓の主筋にあたる加納荒野は炬燵の中に手足をいれ、背を丸めた姿勢で、楓の要望を気軽に、あっさりと受けいれた。
「……ってえか、おれ、今、手の掛かるお子さま一人抱えているから、正直そっちの面倒までみてらんねーや。
 じじいが金だしてお膳立てしくれる、っていうんなら、素直にそれにのっちまえば。
 あ。でも、茅と同じ年頃の女の子の助けは、やはり借りたいときあるから、そういうときだけは手を貸してくれ。そんときは、声かけるから」
 という次第で、あれ以来、松島楓は、狩野家に同居している。

「……まあ、その『カッコいい』のほうも、それなりにイロイロ苦労してるからなぁ……」
 なぜか、三島百合香はしみじみと実感のこもった口調で呟き、ため息をついた。
「たしかにアレも、今はこっちのほうまで面倒みている余裕ないだろ。精神的に……」
「それって、あのお人形ちゃんな妹さんのことっすか? センセ」
「まあ、なあ……。
 こっちもアレ、いろいろと事情があるんだよ。詳しくはいえないけど……」

 あの晩から何日かすぎて、週末を迎えた今日。
 狩野真理は、朝から、「くノ一ちゃん」の松島楓、「あのお人形ちゃんな妹」の加納茅の二人を連れて、彼女たちの服を買いに行っている。
 狩野家の主婦、狩野真理は、
「前から女の子が欲しかったのよー。それも、こんな可愛い子が一遍に二人もなんて夢みたいー」
 と、朝から浮かれ気味に張り切っていた。必要経費は加納家持ち、ということも「浮かれ気味」になる原因になっているのだろうが。

 そんなわけで、留守を守る女二人が、週末の昼下がり、炬燵でお茶をすすっている。この二人に限り、「行くところないのか」ないしは「会いに行く男いないのか」ないしは「……寂しい」、という感想は、禁句である。
「ちわーっす」
 噂をすれば影。うわさ話の俎上にのっている一人でもある「カッコいいほうの」の声が、玄関のほうからした。
「おー。鍵あいているから、勝手にはいっちゃって。でも今、真理さんたち、留守。うちのこーちゃんに用事なら、プレハブのほうにいる」
「んじゃ、遠慮なくお邪魔します。
 ……って、なんだ。先生もいたのか」
 肩に担いでいた大きな荷物を、どさり、と無造作に畳の上に置き、加納荒野は炬燵に手足を押し込んで背を丸めた。
「いやー。やっぱ炬燵、いいっすねー。うちでも買おうかなー」
「『なんだ』で悪かったな……って、それよりも……」
 瞬時にくつろぎモードに移行した荒野に、三島百合香は、無造作に畳の上に放り出された「荷物」を指さしながら、質問した。
「……それよりも、一体なんなんだ、『コレ』は?」
「なんなんだって……スナイパー」
 淡々と答える荒野の声と、
「……ゴスロリ……」
 呆然と呟く羽生譲の声が重なった。

「いや、ついさっき、うちのマンションの屋上で捕まえたんだけどさ、この家を狙撃しようとしていたので、針うって身動き封じてこっちにあやまらせに来た」
 炬燵にあたって蜜柑の皮を剥きながら、加納荒野はことなげに事情を説明する。
「……狙撃……この恰好でかぁ!」
 身動きを封じられたスナイパー、才賀孫子は、目だけを動かして、叫び声を上げた三島百合香を睨んだ。『この恰好はわたくしの勝負服ですのよ!』と言いたいのだが、眼球以外の動きは封じられていて、当然、声も出ない。
「まあ、ファッションは個人の趣味だし。ちょっと待ってね、心当たりにこの子のこと確認してみるわ」
 加納荒野はジャケットのポケットから携帯電話を取り出し、どこかにかけ始めた。
「あー。どうも。そちらの会長さんに繋いで貰えます? いや、アポはありませんが、加納荒野が緊急の用件だと伝えていただければ……はい、はい。あ。どうもご無沙汰しております。加納家の荒野のです。用件はですね、うちの地所内で、どうもそちらでしか誂えないような特別製のライフル持った不審者を捕獲したのですが、ひょっとしてそちらの関係者ではないかと推察いたしまして、確認させていただきたく……。ええ。そっち方面のお仕事はもう何十年もなさっていらっしゃらない、というのは重々承知しております。でも、どうもみても彼女は、仕事ではないような……。ええ。そう。『彼女』、です。年齢はハイティーン、たぶん、十代半ば。身長は百六十強。体重は……ええと、推定はできるけど、今いっちゃっていいのかな? なんかゴテゴテとやたらに凝った髪型。アクセサリー類を多数装備。白と黒を基調とした、リボンとフリルをふんだんにあしらったフレアスカート。すっごく底の厚い、レーザーブーツ。基本的にメイクはしていないようですが、紫のルージュだけはひいています……。なんなら、写メ、送りましょうか? 必要ない? そうですか。姪御さんで……。ええ。そうでしょうねぇ……。こんな恰好で、特殊な高性能ライフルをもってて、VIPでもなんでもない一般人を狙撃しようとする人は、まあ、確かにそんなには、いないでしょうねぇ……。ええ? 今からこっちに来るんすか? いや、それは、今、姪御さんはこっちで拘束したんで身動きの取れない状態ですけど……それでいい? こっちでも仕置きしてやれ、って、そんな……いや、たしかに堅気の衆に銃口を向けるのはちょっとアレだと思いますけど……。
 って……切れた……」
 呆然と携帯電話を見つめる加納荒野に、
「加納様!」
 両手に大きな紙風呂を抱えた松島楓が、声をかけた。
 彼女は、まぎわらしいので「加納荒野」のことは「加納様」、「加納香也」のことは「香也様」と呼び分けている。
 通話に夢中になっている間に入ってきた、にしても、荒野に気取られずに近づく事ができる者は、そう多くはない。
「その女が、香也様を狙撃しようとした、というのは、本当でしょうか!」
 松島楓の表情は、この少女には似つかわしくなく、かなり殺気立った表情をしている。

[つづき]
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