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髪長姫は最後に笑う。第二章(7)

第二章 「荒野と香也」(7)

 その日の朝、松島楓の姿を視界の隅にとらえた途端、加納荒野が反射的に感じた苛立ちに任せてボールペンを投げつけて松島楓を転倒、落下させた経緯については前述した。だが、この時に荒野が感じた「苛立ち」が、単純に勝島楓に由来するものだったのか、というと、正直これは、かなりあやしい。

 まず、荒野には「ごく普通の一般人として、平穏に暮らす」ということに慣れていなかった。同時に、「若い女性と二人きりで生活する」のも初めてだったし、その女性、加納茅は、よりによって「訳あり」であり、その扱いは、普通の女性以上に困難を極めた。
「加納茅」という存在の不可解さが、そうでなくとも「若い男性」として「若い女性」に苦手意識を持っていた荒野を、さらに困惑させた。ことに、その朝の前後の数日は、茅の機嫌を損ねてとりつく島もない状態で、口さえきいて貰えなかった。

 そんなわけで、一言でいうと、加納荒野は、この時点で周囲や本人が自覚する以上にストレスを溜め込んで、精神的に疲弊していた。
「見る者に安心感を与え、警戒心を希薄にすさる笑顔」を顔にはりつけるのが半ば習性と化しているため、本人も周囲のものも、荒野の精神的な疲弊について極めて無自覚であっただけだ。
 が、松島楓が不意に荒野の目の前に現れ、ほぼ反射的に彼女に嫌がらせのような行動をとったことで、荒野は、自分の神経がかなりささくれ立っていることを自覚した。

 その日の朝、なにくわぬ顔をして三島百合香の部屋を辞した荒野は、自分たちの居住する部屋に戻ってすぐにノートパソコンを立ち上げ、一族の管理するサーバに接続して、この時点では名前も知らない「くノ一」の正体を検索してみた。
 一口に「一族」といっても、それはあくまで俗称であり、確固たる命令系統が確立されている組織でもないし、明確に「ここからここまでが構成員」と線引きできるような外郭をもっているわけでもない。
 中核には「六主家」と呼ばれる古い歴史を持つ血族集団が位置し、荒野が属する「加納」もその一つなわけだが、その他にも、孤児や行き場のないちんぴらみたいな連中の中から見こみのありそうな者を集めて修練を施し、新たな人員として接収する、というシステムも存在した。その他に、仕事のたびに必要なスタッフを外部から招聘したり雇用したりすることも普通にやるし、その中枢部はともかく、全体としてみれば、「一族」も他の企業や国家などと同じ、内部に様々な利害や矛盾や対立を抱える、「人間が作る組織」である。
 荒野が転倒させた「くノ一」は、たぶん、その「外部から、比較的最近取り込まれた新参者」だろう。
 そうあたりをつけた荒野は、全国に幾つかあるその手の養成所にアクセスし、公開されている情報を参照したり、場合によっては、養成所の職員に直にコンタクトをとることなどから、調査を開始した。多分、涼治に直接聞くのが一番てっとり早いのだが、あのくノ一が荒野の現在の任務を支援するために送られたのだとすれば、それは、今まで事態を静観していた涼治が、「今回の任務を荒野一人に任せるのは不安だ」と判断したことになり、それをすぐに認めることは、荒野にとってあまり「面白くない」事だった。

 そのくノ一の正体は、すぐに割れた。
 三件目に問い合わせた養成所で、「たしかにしかじかの者を派遣した」という確認がとれた。そこの職員は、すぐにそのくノ一……「松島楓」を派遣したいきさつを説明し、同時に、楓の養成所での成績などのデータをメールで送ってよこした。
 職員から経緯を聞き、松島楓の能力と為人をデータからある程度推察した加納荒野は、その場で頭を抱え込んだ。

 松島楓、という少女は、一言でいうと、「才能過多、適性皆無」という、とんでもなくいびつ、かつ、アンバランスな人材だった。

 一族は、孤児を収容する施設に資金を提供し、かわりに、監視員を送り込み、その中から「適性あり」と判断した者を選抜して、養成所に送り、育てる……という形で、新規の人材を登用していた。楓も、そうした、「新参者」の一人だった。
 こと、「身体能力」に関する限り、楓は、「六主家」の中でも突出した戦闘能力を持つとされる二宮家の者に匹敵する能力を発揮した。世代を重ねて血を交配させ、能力を特化してきた六主家に匹敵する能力をもった新参者……例えれば「サラブレッド並に早く走る駄馬」、みたいなもので、もちろん、存在自体からして稀少だ。
 身体能力しか測りようのない幼少時には、養成所は、かなり松島楓に期待をしていた……という。
 だが、長じるにしたがって、養成所内での楓への評価は、微妙なものに変化してくる。能力が減じたわけでも、伸び悩んだわけでもない。
 身体能力以外の、他のパラメータが、著しく「悪かった」のだ。

 例えば、「その場その場で、的確な状況判断ができない」(……まあ、あんな恰好で白昼堂々こっちに来るようなヤツだしな、と、荒野は納得した)
 それ以外に、「ここ一番というときに、致命的なミスをする」、「他人の話を最後まで聞かないで行動を開始することが多い」、「嘘がつけない。他人の嘘が見抜けず、言われたことをなんでも鵜呑みにしてしまう傾向がある」、「時に、感情におぼれる」などの「短所」が次々と報告される。
 それでいて、体を使うことに関しては、抜群の成績を示す……。

 いいかえれば、「人がよく、正直者で、情に厚く、さらに、ちょっとドジ」ということなのだが……こういう人材が、少なくとも「忍」には、まるで向いていない……ということは、あまりにも、明々白々だった。

「有り余るほどの能力を持ちながらも、性格的適性的に問題が多くて、実際の任務にはとても出せない。でも、むざむざ手放すのは、惜しい」……養成所のスタッフにとって、「松島楓」という人材は、そういうかなり「困った」人材だった。

 そこに、現在の一族の長老である「加納涼治」から、直々に、「これくらいの年格好の女の子で、適当なのはいないか?」と、かなり異例な打診があった。
 謎の少女、「茅」の友人、兼、監視役、兼、護衛役。
 任務としては、かなり異質で、楓の「適性皆無」という欠点が問題にならない任務に思えた。なにより、「茅」にはすでに荒野がついており、その荒野の補佐役、という性格が強いことは、容易に想像できる。
 つまり、楓自身は、荒野の判断に従うだけで、自分でなはにも判断しなくて、いい……。

 楓の扱いに頭を悩ませていた養成所スタッフたちは、「渡りに船」とばかりに、楓を呼び出し、その任務について楓に説明し、そして、楓は……。

 その説明を最後まで聞かずに、着の身着のままで養成所を飛び出し、夜通し、自分の足で、数十キロの距離を移動して……この朝、荒野に見つかって、転倒させられ、気を失った。
 荒野が事情をしった今現在は、狩野家で介抱されている……という、次第である。

 荒野でなくとも、頭を抱えたくもなるだろう。

[つづき]
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