第四章 「叔父と義姉」(15)
食後、二人で連れ立って牛丼屋の三軒隣りにあるセルフサービスのカフェに入る。牛丼屋と同じく全国展開しているチェーン点で、こういう店に入るのが初めての茅は、一見ヨーロッパ風しかしその実国籍不明な内装をきょろきょろ見回している。
荒野は「本日のストレート・コーヒー」を、茅は迷った末、荒野に「甘いのも、紅茶系もあるぞ」と耳打ちされ、結局「カフェモカ」を注文した。
「……甘いけど、苦いの」
というのが、茅の感想だった。
「いろいろばたばたしてたんで遅れたけど……」
なにも入れずにマグカップを傾けながら、荒野は対面して座る茅にいった。
「茅も、まだまだいろいろな初めてを体験しなければな……」
茅はまだ、図書館やマンドコドラ、それに、マンションの隣りの狩野家など、特定の立ち寄り先以外には、一人で出歩いていない。それら特定の立ち寄り先に途中で、多少買い物はしてくるようになったが……それでもまだ「社会経験」が不足している、と、荒野は感じている。
ここ数日、飯島舞花や才賀孫子などと携帯のメールでやりとりをはじめたように、学校がはじまって友人ができてくると、行動範囲が少しは広がってくると思うのだが……その前にもう少し、茅をいろいろな場所に慣らしておきたかった。
そうした荒野の意図は、すでに茅に話してある。
「……とりあえず、今日は買い物な。おれは荷物持ちだけするから」
「ん」
平気で人の三倍ほど食う荒野の分も含め、年末年始分の食料を買いだめするとなると、かなりの荷物になる。この間おせちの材料として買った乾物や豆類がまだ残っていたが、たぶん、それでは足りない。保存のきく米や餅は、少し多めに買ってマンションまで届けてもらったほうがいいか……。
そんなことを二人で相談しながら「本日の買い物メモ」を作り、そのカフェを後にした。
それから二時間ほどかけて商店街をうろつき、茅は食材を買っては荒野に渡し、という作業を繰り返した。二人の自転車の篭に荷物が山積みになり、さらにハンドルの両脇にもビニール袋をいくつもぶら下げて、一旦マンションに帰る。
荒野は当初、荷物を置いてそのまますぐショッピング・センターに赴き、そこの飲食店で昼食をすませる、というパターンも想定していたが、茅が「朝も外食だったし……」といいはじめたので、乾麺をゆでてレトルトのソースをかけただけのパスタに、買ってきたばかりの野菜で作ったサラダで手抜きな昼食とする。
手抜きではあったが、栄養的経済的な面よりも、茅は「二人で食事を用意する」という過程に意味を見いだしているらしい。
小一時間、食後のお茶を楽しんでから、今度はショッピング・センターに向かう。肉や魚、野菜などは商店街のほうが安いが、レトルト類や調味料、冷凍食品や缶詰などの工業製品はショッピング・センターのほうが安い傾向があった。そうした安売り商品を狙って買いだめをし、やはり二人分の自転車にぎっしりと荷物を持ち帰ると、結構いい時間になっている。
持ち帰った荷物を収納し、日が落ちきる前に、と慌てて簡単に部屋の掃除をした。
「明日はもっとちゃんとしような、掃除」
「ん」
荒野の言葉に、茅が頷く。暦をみれば、今年ももう残り少ない。
「……それと、明日から……」
……朝、走りたいの、と、茅はいった。
「……まあ、そのあたりからだな……」
荒野も、茅が体力をつける自体には、異存はない。茅が自分たち一族の者に対抗できるほどに目覚ましい成長をする、とも期待していないが。
その夜は、妙に張り切っている茅が「早めに寝て、早く起きるの」といいだしたので、夕食と風呂をすませると、二人してそうそうにベッドについた。
数日ぶりで、性行為なしで就寝した。
翌日、つまり、その年最後の朝、荒野は目覚まし時計がなる数十秒前に目をさました。
目を覚まし、荒野に抱きついて寝息をたてている茅を起こさないようにじっとしていると、すぐに目覚ましが鳴り始め、即座に手を伸ばしてそれを止める。
「……茅、どうする? 走るのやめて、このまま寝てるか?」
荒野が茅の肩をゆすると、茅は、
「……むー……起きるぅ……」
といいながら、目を擦りつつ、身を起こした。
『……そういや、茅、朝は弱そうだったな……』
と、荒野は思い出す。
目覚まし時計の文字盤にちらりと視線を走らせ、荒野が思っていたよりずっと早い時間に鳴るよう、セットされていたことを知る。
それだけ茅がやる気になっている、ということなのだろうが……。
「……はいはい。じゃあ、ちゃんと起きて。
立って、服着て、顔でも洗うかシャワーでも浴びるかして、目を覚まして……」
再び布団に潜り込もうとする茅の体を引きずりだし、無理に立たせる。
いつものように全裸なので、茅は寒さに震えていた。それでも目が覚めないのか、いつまでも目の周りを指で揉んでいる。
「どうする? やめて寝るか? 茅がいいはじめたことだけど、やめてもいいんだぞ……」
荒野がそういうと、
「……むー……やるのー……」
といいながら、茅は、かなりよろよろとした足取りで、衣装部屋になっている自分の部屋に向かった。
その隙に荒野は服を着てトイレに入り、ついで、キッチンにいって米を研いで炊飯器をセットする。
そんなことをしている間に五分ほど過ぎ、「……そろそろ様子を見にいってこようかな……」と思いはじめた時、スポーツウェアに着替えた茅が、あかわらずよろよろした足取りで自分の部屋から出てきた。
「……茅……冷たい水で顔洗うと、多少は目が醒めるよ……」
荒野がそういって洗面所のほうを指さすと、茅は、
「……うー……」
と唸りながらも素直に顔を洗いにいった。
恰好はともかく、腰まである髪は、そのままだと運動するには邪魔そうだった。とりあえず、適当な布で、うなじのあたりで軽くまとめておく。
そんな感じでなんとか準備を終えて、ようやく二人はマンションの外に出た。
年末の早朝、外はまだ薄暗く、冷たい空気が肌を差す。
外に出た途端、茅は両腕を抱えてぶるっと震えた。
「……やっぱり、やめる?」
荒野がそう尋ねるのは、その朝何度目だろうか?
「……やるの……」
茅の答えは、やはり変わらなかった。
「そっか。じゃあ、いきなり走ると関節とか痛める可能性あるから、しっかりストレッチやって体を温めてからな……」
荒野の指示に従って、茅は念入りに屈伸などの準備運動を始めた。
荒野が、
「もうそろそろいいだろう」
というころには、早くも、茅の呼吸は早くなっていて、絶え間なく白い呼気を朝の外気に吐き出している。
「……じゃあ、最初は無理せず、ゆっくりと走ってみようか……」
荒野がそういうと、茅は、リズミカルな足取りで公道に踏み出した……。
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