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髪長姫は最後に笑う。第四章(16)

第四章 「叔父と義姉」(16)

 荒野は特に行き先や目標を決めず、茅に好きなように走らせてみた。茅が今の時点でどの程度の体力や持久力を保持しているのか、漠然と予測はしていても実際に計測してみたことはなかったし、茅自身が良しとするペース、あるいは、どのくらいの時間、ないしは距離を走ったところで休憩を取りたくなるのか、なども茅の判断に委ね、意志や気力まで含めた総括的な茅の能力を、最初に見極めておきたかった。
 そのために最初は、茅に自由に走らせて、様子をみるつもりだった。

 茅は最初から飛ばす、ということをせず、小走り程度の緩めの速度で、車両も通行人の姿もほとんど見あたらない道を走っていく。このあたりはもともと、これといって盛んな産業がない地方都市であり、この時間だと、新聞や牛乳の配達員、それにコンビニのロゴが入ったルート配送のトラック、茅や荒野と同じく、ジョギングやウォーキングの人々、犬の散歩……くらいしか、通行がない。
 おかげで茅は、ほぼ自分のペースを保ちつつ、自由に走ることができた。
 茅の息は柔軟体操の段階からすでに白くなって体温の上昇を知らせていたが、茅は速度をなかなか緩めなかった。フォームも、荒野は心配したほどにはひどくはない。もちろん、一族の走り方ではないが……荒野の目には、マラソンなどの陸上競技のフォーム、の、真似事に映った。「走る」ということが決まってから、ネットで検索をかけて調べたのかも知れない。最初はややギクシャクとした部分もあったが、二十分も走って体が温まってきたのか、それと、体のほうが段々と走ることになじんできたのか、時間がたつにすれて動きから堅さがとれ、しなやかさが増していっているように思えた。
 茅はよく知っているはず道を選ばなかった。
 駅方面へも図書館方面へも行かず、途中まではショッピング・センターにいくルートと同じ国道沿いを走っていたが、橋の所まで出るとそこを堤防上の遊歩道に出て、川の下流方向に走り出す。
 たしかに、河原沿いに走ればほぼ一本道で車や信号に邪魔されず、ペースを保ちやすい。コースやペースまで茅に一任して正解だったな、と、荒野は思った。
 堤防上の遊歩道を、茅は、どこまでも走り続ける。けっして速い速度ではないものの、一時間を越えてもまだペースを崩さないのをみて、荒野は感心した。
 もっと最初から飛ばして三十分も保たずに休憩に入るか、そうでなければ、もっとのろのろした、歩いているのとさほど変わらないような速度で、いつまでも時間ばかりかけるか……そのどちらかになるだろう……という荒野の予測は、見事に外れたことになる。茅は、荒野が予想していた以上に、本気で体力の増強を望んでいる……ということが、わかった。
『……そうなると……』
 荒野は、数日前、茅の自転車の練習に付き合ったことを想起する。
『……時間をかけさえすれば、案外、いいところまでいけるかも……』
 茅は、あれで負けず嫌いで、自分が設定する目標をクリアするまでは、淡々とトライし続ける性格、でもある。運動神経や反射神経も、決して悪くはない……。
『……まあ、その時間がどれだけとれるかが、問題なんだけどね……』
 この辺りは、これから六主家の連中が、どのような目的を持って接触してくるのか予測できない以上、荒野にはなんとも判断しようがない……。

 荒野は、マンションを出てから八十分ほどたった時点で休憩を告げ、茅を堤防上の遊歩道から河原のグラウンドに誘導し、そこでゆっくりと速度を緩めさせ、立ち止まってからもいきなり座り込まないように言いつけてから、自販機に冷たい飲み物を買いに行った。一番近い自販機まで一キロ以上あったが、荒野がひとっ走り行ってくれば、往復で二分もかからない。
 荒野が缶ジュースを持ち帰ってきても、茅はゆらゆらと歩き回っていて、息もまだ整っていなかった。
「そのまま、しばらく歩いていた方がいい」
 汗だくになっている茅の首にタオルを掛けながら、普段運動をしていない茅が急激に運動をしたばかりだから、いきなり止まるとかえって筋肉に負担をかける。
「予想以上に頑張った。初日はこんなもんだろう。あと、息が整うまで歩き回って、水分を補給してから少し休憩。その後で、帰ろう。今日の分は、それでお終い」
『予想以上に』というのは、荒野の本心だった。つい数ヶ月前まで病院暮らしをしていたことを考慮すれば、茅のガッツは本物だ……と、そう思えた。

 ようやく息を整え、足を止めた茅は、荒野が渡した五百ミリリットルの缶ジュースを一気に飲み干して、タオルでごしごしと顔と首の汗を拭った。
 そして、荒野が自分用に買った二本目のジュースも受け取り、それはちびちびと啜りながら、川を指して、
「あれ、海にまで続いているの?」
 と尋ねた。
「こっからだと、ちょっと遠いけど……うん。下流までずうーっと辿っていけば、海にはでるよ。二十五キロ……いや、三十キロはあるかなぁ……」
 荒野はそう答えた。
「茅、海、見たことないの」
 ジュースの缶を両手で抱えながら、茅はそんなことをポツリといった。

 横路の一・五倍くらいの時間をかけてマンションに帰り、荒野は茅の下半身を入念にマッサージし、熱い風呂に入れ、そしてまたマッサージをした。動いているときはそうでもなかったようだが、帰ってくつろいだ体制になるとどっと疲れが出てきたのか、茅は、ソファから動けなくなった。
「一応、マッサージはしておくけど……」
 そんな茅のふくらはぎを揉みながら、追い打ちをかけるように、荒野はいった。
「明日辺りは、確実に筋肉痛だな……」
「……みゅう……」
 茅は、そんな変な声を出して答える。
 急激な、長時間の運動。加えて、普段あまり使っていない筋肉も酷使している。下手すると、二、三日はろくに動けないかも知れない、と、荒野は思った。
 体力を使い果たした茅が起きあがる気力がなくしたようなので、その日の家事は荒野が担当した。
 茅はその日一日、ソファの上に寝ころんでうつらうつらしていたり、本を読んだりして過ごした。

 夕方、荒野が筋肉痛用の湿布薬と若干の買い物を済ませて帰宅すると、茅に、「飯島からメールで、今夜、いっしょに蕎麦を食べないかといってきたの」と、告げられた。
 それを聞いて荒野は、今日が大晦日であることを思い出した。

[つづく]
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