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彼女はくノ一! 第四話 (32)

第四話 夢と希望の、新学期(32)

 才賀孫子は恵まれていた。
 生まれた家は何百年も続くいわゆる名家(海賊+その他よろず稼業も数百年続くと名門とみなされるらしい)というやつだし、風貌にも恵まれ(手垢のついた形容をあえて使用すれば「美貌の持ち主」というやつだ)、知力や身体能力的にも水準以上の潜在的資質を持っていながら、幼少時より自発的な努力を怠らず、特に後者に関しての成長は著しく、すぐに大人の才賀衆に混ざって教練を受けても問題ないレベルにまで達するほどだった。
 負けず嫌いな性格が幸いした面もあるし、加納ほど極端ではないが、もともと遺伝的に早熟の家系で、少なくとも同年配の人間を相手にした場合、孫子はどんなことを競い合っても「負け知らず」だった。
 ……この土地に、来るまでは。

 それが、この土地に来てからこっち、負け知らずだった才賀孫子は、負けてばかりいる。
 もともと、この土地に足を踏み入れたそもそものきっかけが、第一線でめざましい働きをしている」と伯父が昔からよく噂していた「加納本家の跡取り」が、なぜかここに長期滞在している……という断片的な情報をたまたま耳に挟んだためで……若年者故にまだ才賀衆の正式な一員と見なされていない孫子は、非公式の、つまりは私的なルートから乏しい情報をかき集め、繋ぎ合わせて、具体的な居場所を確定したのが始まりで……。
 結局、その集めた情報にはかなり重要な欠落があり、そのおかげで孫子は屈辱的な扱いを強要した松島楓と決闘をし、しかも、引き分けることになる。
 この決闘で引き分けたあたりが、それまで負け知らずだった孫子の重要な転換点になった……。

 本来の目的である加納荒野とは、一線を交えるまでもなく、対面しただけで気迫負けした。
「自分の限界を知る」ことによって壊滅的な打撃をうけることを回避するためには、時には退却や不戦も必要だ……ということを、孫子はよく知っていた。世の中には、逆立ちしても自分が敵わない相手がいる……ということを認めることを、孫子は特に恥とは思わない。
「敵を知り、己を知り尽くせば、百戦してもまず不安はない」と孫子のネーミングのモトネタになった古代の兵法者もいっていて、絶対に敵わない相手に敵わないと分かりながら向かっていくのは潜在的な自殺願望の持ち主か単なるマゾヒストだ……と、孫子は思っている。
 だから、体術で加納荒野に、碁で狭間沙織や佐久間源吉に負けることは、孫子は別段恥だとは思わない……。

 微妙なのは、松島楓とか、今、対局している徳川篤朗とか……「実際に戦ってみるまでは楽に勝てそうに思えるのに、実際に対戦してみると実は容易に勝てない」という相手であり、この辺りの「少し頑張ればなんとか勝てそうな相手」に対しては、孫子は格別の敵愾心を覚える。

 一局目、猫とか姪の出現、それに、とても真面目に打っているとは思えない篤朗の態度などがネックになって、心理的にさんざん引きずり廻された孫子は、今度は相手の言動にペースを乱されないよう、自制心の保持を肝に銘じ、徳川篤朗との二局目に望んだ。三回戦勝負、ということは二回先勝したほうが自動的に勝者とみなされる、ということであり、すでに一敗している孫子が続けて負けたら、徳川との勝負はもうそこで決したことになる。
 つまり、孫子にはもう後がなかった。
 だから孫子は、極力、盤面のみに神経を集中させた……。
 集中させた、筈……だった。

「……あのぉ……徳川さん、なにをしているんですか?
 と、聞いてくれ……と、玉川さんに言われたんですけど……」
 ビデオカメラを手に持ち、頭上に丸々と太った黒猫を乗せた有働勇作が、大柄な身体を屈めるようにして、徳川篤朗に尋ねた。有働はヘッドセットをしていて、それで実習室から連絡や指示を受けているらしい。
「仕事なのだ。待ち時間がもったいないのだ」
 ロッカーから取り出した薄型のノートパソコン(昨夜、狩野家に持ち込んだのとは別の物だった)に向かって猛烈な勢いでタイピングしながら、徳川篤朗は顔も上げずに答えた。
「具体的にいうと、試験材八八五号の曲げ強度の弱さを克服するために製法の見直しと改良案を作り、それに沿ってロボットの動作プログラムを書き換えているところなのだ」
「……は、はぁ……」
 篤朗の答えを有働がどこまで理解できたのかは外見からは判断できなかったが、有働は律儀に篤朗の回答をヘッドセットのマイクに言い直して、実習室の玉川に伝えた。

 ……つまり、孫子が真剣に囲碁の対局に臨む、ということは、それだけ一手一手を丁寧に考え抜く、ということであり……徳川にしてみれば、そうした孫子の心情や都合にはあまり関心はなく、例によってざっと盤面をみて、ぽちり、とすぐ石を置き、また自分の仕事に戻る……ということを繰り返している。
 黙ってキーボードをうっている分には構わないのだが、携帯ボイスレコーダーを取り出してブツクサ専門用語混じりの晦渋な英語をしゃべり出したりすると、さすがに孫子の集中力の妨げになった。徳川はかなり小声で録音しているのだが、ファインセラミックスの焼成過程におけるどうたらこうたらなどという日本語でいっても充分に理解できない専門用語をすぐ側で英語で早口にまくし立てられると……気が散る。
 それ以上に、気に障る。
 それだけ不真面目な態度で対局しているというのに、今現在、盤面を見れば、全然自分が優勢ではない……という事実が、孫子を苛立たせる……。

「……あのぉ……」
 今度は、怖い顔をして盤面を睨み続ける孫子に向かって、有働がこわごわと話しかけた。
「……玉川さん、こっちに来て軽くコメント取りたい、といってますけど……」
 孫子が顔を上げて有働のほうに向き直ると、有働は「ひっ」と小さな悲鳴を上げた。有働の頭の上に乗っていた黒猫も、孫子の気迫に反応してか、軽く毛を逆立てている。
 その時の孫子の、鬼気迫る表情を有働が持っていたビデオカメラでリアルタイムにネット配信された。
「……コメント……ですって?」
 有働は冷や汗を浮かべながらコクコクと頷く。
 度重なる孫子の長考により、かなり余裕を持って用意した筈の徳川と孫子関係の動画が底をつきかけているらしい。
「ふっ。どうぞ、ご自由に……」
 余裕を持った口調で孫子は答えたが……カメラを見据えてそう答えた時の孫子の射すくめるような強い目線が、あまりにも印象的だった。

[つづき]
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