第五章 「友と敵」(23)
荒野が実習室を出ていって当てもなく歩いていると、どこからか場違いな子供の声が聞こえてきた。意外に近くから聞こえてきたのでその声を辿ってすぐ近くの教室に入る。すると、そこで茅と徳川浅黄が戯れていた。茅を椅子に座らせ、その後ろにたった浅黄が、茅の髪を三つ編みに編んでいるところだった。
「なんだ。こんなところにいたのか?」
茅と浅黄以外誰もいない教室に入ると、荒野は茅にいった。浅黄は、茅が用意したのか一応、来客用のスリッパを履かされていたが、サイズ的に四歳児には当然大きすぎ、ペタペタとスリッパを引きずるように歩いていた。
「荒野……体温少し高い。
……心拍数も、早くなっている。
なにか、あった?」
茅が、首を傾げて尋ねる。
「こんだけ離れててもわかるのかよ……」
荒野は首を振りながら二人がいる場所まで近づいていき、近くの椅子を引いて腰掛ける。。
「なんとなく、わかるの」
茅は頷こうとして、髪を編んでいた浅黄の手に髪の毛を引っ張られ、涙目になった。
「うん。例の、この間撮ったマンドゴドラのCM、いきなり目の前で流されてな……。
観ていていたたまれなくなって、出てきた……。
おれ、本当に、ああいう形でみんなの注目を浴びるのが駄目らしい……」
荒野も、自分のそういう性向に今まで自覚を持っていなかった。要するに、「照れ屋」なのである。
その風貌故、あるいは一族の他の者に「加納本家の直系」として注目されるのと、今の注視のされ方とでは……まるで、違う。
また、実習室で注視された時のドキドキは、「荒事」に従事する時などの高揚感とは、これもまた、全然違った……。
「……凄いな、浅黄ちゃん。
髪、編めるんだ……」
なんとなく決まりが悪くなった荒野は、さり気なく話題をそらした。
「あめる。みつあみ」
浅黄は茅の髪を弄びながら、胸を張った。
「このあいだ、ならった」
「そうかそうか。
で、どうする? 茅。もうそろそろ帰るか?
おれら、これ以上ここにいても、する事ないし……」
「浅黄と遊ぶの」
「あさぎ、かやとおともだちになったの」
荒野が尋ねると、茅と浅黄はほぼ同時に答えた。
「そうか。おともだちか……」
荒野は少し考えた。
少なくとも、また実習室に戻って注目の的になるのはいやだった。
「……おれは才賀に……いや、邪魔になると悪いから、先生のところにでもいっているかな……」
三島百合香は、今日は保健室で事務仕事をやっている、という話しだった。普段、三島は「保健室の先生なんて閑職だぞ」といっているが、それ一種の韜晦であり、実際にはそれなりに業務はある。平日で終わりきらない場合、休日に学校に出て片づけるのも珍しいことではなかった。
また、囲碁将棋部の部室に顔をだして、これ以上自分の顔を売る気にもなれなかった。
「じゃあ、おれ、しばらく保健室にいるから。
なにかあったら……あと、帰るとき、連絡してくれ」
と茅に言い残して、荒野は保健室へと向かう。
荒野が保健室のすぐ近くまでいくと、廊下にまで響くけたたましい笑い声が中から聞こえてきた。
「……先生、はいるよ……」
がらりと引き戸を開けて中に入ると、三島百合香とシルヴィ・姉崎が机の上に置いたノートパソコンの画面を指さしながら、けたたましい笑い声をあげている。
『……先生はともかく、ヴィまでかよ……』
荒野は、そのまま回れ右して逃げ出したくなった。
「わはは……こ、荒野か……今、ノートで中継見てたんだがな……わは。わはははははっ。腹、痛ぇ。傑作だな、この恰好! くふぅ。くぅはははははあ。だ。駄目だ。今、荒野の顔見ると。笑いが、はははははっ。顔、まともにみられねー……」
ノートパソコンの画面には、例のマンドゴドラのCM映像が流れている。
そのノートパソコンはたしか三島の私物だったから、モバイル環境は自前のものなのだろう。再生されている動画は、回線の状況に合わせてコマ数を落とし、かなりカクカクした動きになっている。
「……コウ……」
三島ほど哄笑しはしていなかったが、シルヴィも微妙な表情で自分の体をだきすくめるように腕を組み、ぷるぷる体全体を震わせている。
「……ぐ、ぐっじょぶ!」
シルヴィは荒野から露骨に目をそらして、荒野に親指を立てた。
……どうやら、荒野と目を合わせると、笑いを堪えきれなくなって吹き出してしまう……ということらしい。
机の上にはノートパソコンの他に、湯呑み二つと煎餅の袋があった。
どうやら、女二人でここでお茶しながら中継を観ていたらしい……。
「……先生、おれ、ベッド借りるから」
ふてくされたようにそう言い放って、荒野はカーテンを閉めてベッドの中に潜り込む。
向こうではしばらく二人分の嘲笑がうるさいばかりに響いていたが、荒野は布団をかぶってなるだけ聞かない事にした。
二人の話し声を極力意識から追い払って、うとうとしかけると、携帯が鳴った。見慣れない番号で、とりあえず出てみると、マンドゴドラのマスターからだった。
「お。出た出た。凄いよ反響! ネットの影響力ってすさまじいな。さっきから問い合わせと注文の連絡がひっきりなしだ! わはは!」
マスターは早口でひとしきり自慢なんだか報告なんだかわからないことを叫んだ後、
「……じゃ、お客の対応に忙しいんで!」
と、すぐに通話を切った。
荒野は、携帯電話を見つめながら、
「……そうっすか……そりゃーよーござんしたねぇー……」
と不明瞭な低い声で呟き、今度こそ本格的に昼寝をはじめた。
疲労はまるで感じていなかったが、精神的な面で現実から逃避したい、という意識が強かったのか、荒野の意識はすぐになくなり、深い睡眠に落ちていった。
「……荒野、起きるの」
と茅に体を揺すられ、目を覚ました。
「ほれ、もう夕方だぞ……」
三島とシルヴィも、茅の後ろに立っている。
徳川浅黄は茅の前、荒野の顔のすぐ近くまで顔を近づけて、荒野の顔をまともに覗き込んでいた。
窓の外が、夕焼けの色に染まっていた。
「……試合、どうなりました?」
荒野が半身を起こして目を擦りながら誰にともなく尋ねると、
「一勝二敗で才賀の負け。
やつら、徳川と才賀、それに楓は、放送部の連中に引きづらるようにして打ち上げにいった。
カラオケだとよ」
「……じゃあ、おれらも帰りますか……」
荒野は大きく伸びをして、ベッドから降りた。
「当たり前だ。
お前はずっとここにいても困らないだろうが、わたしは鍵をかけねばならないのでな。さっさと外に出ろって……」
荒野たちが廊下にでると、三島は保健室の鍵をかける。
「……徳川も放送部のやつらと一緒にいったって……浅黄ちゃん、なんでこっちにいるんだ?」
「やつらが学校出たのって、かなり前だぞ……徳川、あとで狩野さん家に来るって。っていうか、もうそろそろ、そっちについていてもおかしくない……」
浅黄が茅から離れたがらなかったのと、カラオケに子供連れでいくのを遠慮して、こっちに置いていった、ということらしい。
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つづき]
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