第四話 夢と希望の、新学期(33)
「どもども。対局中、おじゃましますぅー」
マイクを片手ににこやかに部室に入ってきた玉木珠美は、ねめつける才賀孫子の視線にもたじろいだ様子がない。有働勇作よりは、よほど肝が座っていた。
「才賀さんが次の手を考えている間に、徳川君にちょこちょこといろいろなことを聞いてみたいと思いますぅ……。
早速ですが徳川君。
この対戦相手の才賀さんについてはどう思われますか?」
「今までに対局した相手の中では二番目に強いのだ。
それでも、狭間先輩の足下にも及ばないのだ。もちろん、ぼくにも。
つき合ってやっているこっちは、退屈で退屈でしかたがないのだ……」
才賀孫子は、すぐそばで行われている玉木珠美と徳川篤朗のやりとりをノイズだと思いこもうと努め、盤面に意識を集中させようとする。
……完全に成功はしなかったが。
「このノートパソコンは私物ですか?」
「常時、部室のロッカーにキープしてある。仕事用なのだ」
「部室に? 置きっぱなしなんですか? それって、不用心じゃありません?」
「ちゃんと防犯装置も付いているのだ」
徳川はノートパソコンの電源を落として液晶画面を閉じ、机の上に置く。
そしてカメラを構えている有働勇作をちょいちょいと手招きし、
「このパソコンを持ち上げてみるのだ」
と命じた。
有働勇作は玉木珠美と顔を見合わせてしばらく躊躇していたが、玉木が眉間に皺を寄せ、首をちょいちょいと振り、無言のまま有働を即した。
有働は、「しかたがない」と思っていることがありありとわかる渋面を作って持っていたビデオカメラを玉木に預け、玉木がカメラを構えたのを確認してから、こわごわと篤朗のノートパソコンを指先でちょんちょんとつつき、それからゆっくりと指を回して落ち上げようとした。
すると、それまで有働の頭の上に鎮座していた黒猫が飛び跳ねて有働から離れ、同時に有働は「ぎゃん!」と叫んでノートパソコンを手にしたまま白目をむいてがたがた震えはじめた。
有働は数十秒震え続けた後、唐突に、どさり、と床の上にに崩れ落ちた。
「……えーと……徳川君。これは……」
「所定の手続きを経ないで正規の持ち主以外がマシンをどこかに運ぼうとすると、高圧電流が流れるのだ。
一応特許は取得しているのだが、ノートパソコンのカバーを完全絶縁構造にしなければ中身が保全できないので通常の機体よりもコストがかかること、それに、バッテリーの消耗が激しすぎるのがネックになって、いまだに製品化にされていないのだ……」
「……えっとぉ……。
つまり、ウドー一号……その、有働君は、防犯装置のせいで感電した、ってことで……。
おーい! 有働くーん! 大丈夫ですかぁ?」
「お年寄りや子供、それに心臓に疾患のある方ならかなりやばいが、健康な成人男子なら十分ほど痺れっぱなしになる程度で命に別状はない筈のだ……。
この生徒は、心臓に疾患があるのか? なければ、ガタイも大きいし、多分大丈夫な筈なのだ」
「……なるほどなるほど。そうですかー」
驚いたことに、玉木は篤朗の言葉を信用してか、あっさり納得して引き下がった。
玉木はそれ以上有働の事に触れようとせず、相変わらず床にのびて時折痙攣している有働をそのままにして、徳川へのインタビューを続行した。
「ところで、徳川君の会社の収益とか、差し支えなければお聞かせ願いたいのですが……」
「ぼくの会社ではないのだ。名義的には、姉が経営者なのだ。年齢的な問題もあって、日本ではそういうかたちのほうがなにかと都合がいいのだ……」
「……はあ。
で、そのおねーさんの会社なんですが、ぶっちゃけ儲かってるんですか?」
「儲かっているといえば、儲かっている。
もっとも、儲かった分、すぐに工場の維持費、研究開発費、それに、取引先の株を買う方に使うので、あまり手元には残っていないのだが……」
「ええと……年間でどれくらいの売り上げになるんですか?」
「さあ……詳しい数字は覚えてないのだが……たしか、今、ン十億くらいの単位だったと記憶しているのだ」
「じ、十億円……ですかぁ!」
「円、ではない。うちの取引先は海外が多いので、単位はUSドルなのだ」
「ン十億ドル、単位……って……。
え? ええっ?」
玉木は頭の中で、数日前、ニュースで聞きかじった現在のレートを思い返し、日本円に換算してみた。今、一ドルが……円くらいだから……。
「まじっすかぁ!」
ざっと暗算してみた玉木は、マイクを手にしていたことも忘れて、絶叫した。女子アナ志望と自称するだけあって喉は鍛えているらしく、かなりの音量だった。マイクが、ハウリングを起こす。
絶叫した玉木は、すぐに我に帰った。
「……し、失礼。
し、しかし、徳川君、きみって人は……すっげぇ、お金持ちだったんだなぁ……」
「金持ち、ということでいうのなら、そこの才賀嬢の家の足下にも及ばないのだ」
徳川篤朗はおもしろくなさそうな顔をして答えた。
「それに、研究開発というのは金食い虫なのだ。多少稼いだといっても、すぐに消える。千の実験をやって一つの成功例を得ることができればいいほうで……利益率を考えると、もっとぼろい商売は世の中にいくらでもあるのだ。割に合わない事業なのだ」
「ええと……そうすると、儲けてもすぐに使っちゃうってことですか?」
「もちろん、家族の生活費くらいは残しておくが……それ以外は自分の工場を保全するためとか、関係企業との繋がりを太くしたり、現在続行中の研究のほうに流れていくのだ。
それでも、ぼくはぼくの手でぼくのやりたい環境を構築、保守するのに成功しているので、満足なのだ」
「……じゃあ、卒業後も、そういう生活を続けるつもりですか?
進学は?」
「卒業後もなにも、このまま一生続けるのだ。
進学、については、今更どこの学校に進んでも、研究室で学べることは少ないと思っているのだ。ぼくは、自分が思うような研究室を、自分自身ですでにあつらえているのだ。肩書きとか学歴が必要になったら、その時点で大検でも受けてどうにでもするのだ……。
今の学校も、姉さんが、今の学校ぐらいはせめて卒業してくれ、というので、卒業できる程度に適当に通ってやっているのだ……」
徳川篤朗は豪語した。
「……はぁ……なるほど……」
玉木が毒気を抜かれた表情で呟くと、どかどかと慌ただしい足音が廊下から響いてきて、がらりと部室のドアを開ける者があった。
「ばかっもん!
感電して痙攣している生徒をにのびたままに放置しておく馬鹿がどこにいる!」
三島百合香、だった。
どこかで、おそらく根城の保健室でネット中継をチェックしていたらしい。
三島先生は、その場にいた放送部員たちにテキパキと指示を出し、数人がかりで床にのびたままだった有働勇作を保健室に運ばせた。
保健室のベッドに寝かされた有働勇作は五分もせずに意識を取り戻し、すぐに囲碁将棋部の部室に戻ってカメラマン役に戻った。なんの異常もないのに隣のベッドで寝息をたてていた加納荒野は、有働が隣のベッドに寝ていたことにも気づかなかった。
一局目、なんとか勝てた才賀孫子は、二局目、徳川篤朗に惨敗した。
敗因。多分、周囲が騒がしすぎて精神の集中が破られたため。
[
つづき]
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