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彼女はくノ一! 第四話 (34)

第四話 夢と希望の、新学期(34)

「アクセス数、全校生徒数の十倍を越えました。
 まだまだ増加しています」
 実習室で、システムの監視としていた松島楓は誰にともなく告げた。

 孫子たちの試合中継のアドレスは、学校の生徒たちにしか事前に広報していない。いくら週末の午後、という時間帯であっても、中継が始まってからまだ二時間とたっていない。にもかかわらず、このWEBページにアクセスしてくるユニークユーザー数は万の単位のオーダーになっており、このまま推移すれば後いくらもしないうちに桁が一つ上がる。
 ……その上昇率は、異常とさえいえた。
 アクセスが集中すると一番負荷がかかるストリーミング関係に必要なファイルは全て篤朗の工場のサーバに置いてあり、本人が性能を保証した通り、予想以上の負担がかかっている現在も、不調などはみられない。
 楓とともに実習室に詰めていた生徒たちは、玉木に乗せられて軽いのりではじめたこの中継が、ここまで反響を呼ぶものとは思っていなかった。あくまで、仲間うちのお祭り騒ぎ、で終わるだろうと高をくくっていた。
「メールもすごいです! ほら、こんなに!」
 次々に来到着するメールを片っ端からプリントアウトしていたパソコン部の女生徒が、嬉しそうな声を上げる。
 この場にいる関係者全員で回し読みできるように、到着したメールを片っ端からプリントアウトしていたのだが、メールが到着するペースも当初の予想以上に早く、今では三台のプリンタをフル稼働させてなんとか対応している。
 学校のドメインを使用してこの中継用に用意したアドレスには、問い合わせや激賞のメールが引きも切らせず多数寄せられていた。同時に、スパムや嫌がらせに近いメールも確かに来ていたが、そうしたネガティブな反応は圧倒的多数のポジティブな反応に埋もれ、簡単に無視してしまえるくらいに少数派だった。
 膨大なメールを回し読みするうちに、生徒たちの中から「すげぇえなあ、おい……」という囁きが漏れはじめる。関係者のうちの、一種の高揚感が生まれつつあった。
 ……対局しているのは徳川や才賀だが……それを中継しているおれたちも、実はすごいのではないか……。
 たしかに、大元のアイデアは玉木だし、システムの構築には楓なり徳川なりの力に負うところが大きかった。だが、中継を成功させるためにはそれだけではな駄目で、カメラとか音響の調整とか、細かい技術の集積や経験がものをいう場面も多々ある。そういうのには、やはり放送部員の存在が不可欠だし、それに、メールのプリントアウトが間に合わない、と知った堺雅史が咄嗟に三台のプリンタを繋いぎ、平行してメールの内容をプリントアウトさせるマクロをくんだりと、細かい部分でパソコン部員もかなり活躍している。
 つまり、この中継は、才賀や徳川などの主役、あるいは玉木、楓などの準主役だけのものではなく、端役や脇役、裏方まで含め、この企画に関わった生徒全員のもので……。
『……おれたち、実は、凄いことをやっているんじゃないか?』
 実際に中継をはじめる前は、ここまで大きな反響が来るとは予想していなかっただけに、時間が経過し、反響が顕わになるにつれ、実習室の空気全体が、ある種の充足感に包まれていく……。

 そんな時、楓の携帯が鳴った。
『メールの束、今すぐ部室に持ってきて!』
 囲碁将棋部に詰めたままの、玉木だった。玉木珠美は、知り合って間もない楓に対して全幅の信頼を置くようになっている。
「メール! 玉木さんが部室に持ってきてって! 誰か手の空いている人、お願いします!」
「全部持っていくの? 重いから、男子の誰かお願い!」
 メール番の女生徒が言うと、すぐさま、
「おっしゃあ!」
「まかしておけ!」
 などの声が挙がり、数人の男子が手分けして紙の束を持って実習室を出ていく。
「多分、玉木、その場で読み上げるつもりだ!
 こっちに帰ってこなくて良いから、必要ならそのままメールの仕分け手伝ってこい!」
 出ていく生徒たちに、残った生徒が声をかける。

「……はい。最後の休憩時間を利用して、寄せられたメールをご紹介させていただきます」
 カメラに向かって玉木がにこやかにしゃべりかける。
「……才賀さんにはファンメールが多いですね。中には『デートしてください』とか無闇にはあはあいっているモロセクハラーなものもかなり混ざっていますけど……そういうのは無視して……あ。
 橋本先生からのメールみつけ。
『徳川、仕事や囲碁もいいがもう少し学校に来い』
 だそうです。
 正論ですね。その辺どうでしょ? 徳川君?」
「卒業するに必要な日数はでているのだ」
「そういう問題でもないと思いますが。
 どうです、この辺で改心して真面目に学校に通うというのは?」
「……ぜ、善処するのだ」
 囲碁将棋部にいた全員に睨まれ、場の空気に鈍感な篤朗も流石にたじろいだ様子で、そう妥協する。
「はい。やっぱり学生の本分は勉強ですね。
 ということで徳川君、頑張って善処してください。
 えー……次は才賀さん。才賀さんには先ほどいいましたように、セクハラまがいとかセクハラそのものなのがが多量にきてますが……。
 あ。これがいいや。
『恋人、あるいは、つき合っている人、あるいは、気になっている人とかは、いますか?』」
「恋人やつきあっている方はいません。気になっている人、一方的にお慕いしている方は、います」
 玉木のぶしつけな質問に、才賀は気後れも躊躇もすることなくにこやかに答えた。
「……おおー……」
 というため息混じりの声が部室内に響く。

「ええー」
 とか、
「おおー」
 という声が上がったのは楓たちがいる実習室内でも同じだった。
 続いて、
「やるなあ。公開の場でいうか?」
 とか、
「だいたーん!」
 という声が続く。
 楓は、目を見開き、口を半開きにして画面を見つめ、拳を握りしめて体全体をなわなわと小刻みに震わせていた。
『……ええっと……聞いておいてこういうのもなんなんですが……そういうこと、この場でいっちゃっていいんですか?』
 実習室のマシンの画面で、玉木の質問は続いていた。
『特に問題はないと思いますけど……その方も、わたくしのことはよーく知っていますし、それでもいろいろあって進展しないような状態ですので、これがきっかけになって膠着状態から脱することができれば、と、思います……』
『……は、はぁ……進展していないわけですか……いや、この中継が、いくらかでも才賀さんのお役に立てれば幸いなんですけど……』
 いつもは歯切れがいい玉木のほうが、泰然とした孫子の態度にたじたじとなっていた。

[つづき]
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