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彼女はくノ一! 第四話 (35)

第四話 夢と希望の、新学期(35)

 玉木が部室に来た最後の休憩は、孫子のとってよい影響を与えた。
 玉木と話すことで「素に戻れた」というか、それまでの二局で失いかけていた冷静さと自分のペースを取り戻した、といっていい。
『……これ以降は……』
 先に二回勝ち抜いたほうが勝ち、という条件で、すでに一勝一敗。孫子にとっても篤朗とっても、もう後がない。次の一局で、勝敗が決する。
『好きにはさせません……。
 兵は正を以て合い奇を以て勝つ……正攻法に拘りすぎで、柔軟さに欠けていましたわ……』
 正攻法で充分な準備を容易して、敵の予想外の方法で勝つ。戦略と戦術……。「奇」、という言葉を使うなら、篤朗の予測のつかない打ち方は、充分に奇手であろう……。
『でも……』
 孫子は心を落ち着け、最後の一局の最初の一手を置く。
 篤朗は、例によってなにも考えていない様子で即座に白石を置く。
 孫子も、篤朗に負けず、即座に石を置く。
 篤朗は、それまでいくばかの熟考の末に慎重に石を置いていた孫子が、急変して篤朗並の速度で石を置き始めたことに、一瞬、不審の表情を浮かべたが、すかさず次の一手を置く。孫子も、間髪入れずに次の一手を置く……。
 パチン、パチン、と石を置く音だけが響く。

「……前にもありましたね、こういうの……」
 再び実習室に戻ってきた玉木も、試合の再開とともに実況を再開していた。
「あの時は、お互いの手の内を探るために勢いよく打っていたけど……」
 狭間沙織はあいかわらず解説役に徹していた。
「……才賀さんが、徳川君のペースに慣れはじめたみたいですね……。
 今は……下手をすると、徳川君のほうが才賀さんの手に翻弄されてはじめています……」
「……ええと……形勢逆転……ですか?」
「……いえ……どちらが有利とも、言い難い……いい、勝負ですね……。
 それに……」
「……それに?」
「……二人とも、なんだか楽しそう」

 盤面に石を打ち付ける音だけが囲碁将棋部の部室内に谺する。
 間髪入れず次の一手を打ち続けている孫子と篤朗はもとより、同じ部室内にいる放送部員たちも二人の気迫に呑まれて押し黙っている。
「……なかなかやるではないか」
「……あなたも」
 ぽつり、と、二人が会話をしはじめたのは、一体何十手目を過ぎてからだったか。
「最初は、定石通りの打ち方しかできないつまらないヤツと思っていたのだ……」
「定石は、一番勝ちやすい方法だから定石なのです」
「ふん……こんな面白い手を打てるのなら、定石など必要ないのだ」
「この打ち方は、今日、あなたから学びました。はっきり申し上げて、邪道だと思います」
「さほどとはぼくの足元にも及ばない、といったが、それは訂正する。足元くらいには充分追いついているのだ」
「足元に火がついている、の、間違いではなくて?」
「どっちにしろ……」
 徳川篤朗は、孫子に笑いかけながら、言った。苦笑いに近い表情だった。
「……これで終わりなのだ。君の投了。ぼくの勝ちなのだ。かなり危うい所だったが……」
「……でも、満足のいく一局でした」
「ぼくも、ここまで追い詰まられたのは、君で二人目なのだ……」
「一人目は狭間先輩ですか?」
「そう。あの人は別格何のだ。君は、まったくタイプの違う、面白い打ち手なのだ……」
 才賀孫子と徳川篤朗は申し合わせたように立ち上がり、そのまま相手に向かって深々と頭を下げた。
「……囲碁将棋部に歓迎する、才賀孫子さん」
「……よろしくお願いします」

 こうして二時間半に及ぶ二人の囲碁対決は終わった。
 玉川珠美は慌ただしく用意してきたエンディングの言葉を述べて中継ストリーミングを停止し、松島楓は、慌ただしくシステム的な後始末の作業を開始する。
 その他の放送部員たちは、全員起立して二人に惜しみない拍手を送った後、二人の周りに駆け寄って口々に称賛の声をかけた。校舎内の実習室にいた生徒たちも、校庭の隅にある部室長屋に駆けつけて、囲碁将棋部に集合する。
 孫子と篤朗は、二十人近くに生徒たちに囲まれた。
 孫子のほうは人の注目を浴びることに慣れていたが、篤朗のほうはそうではなかったので、きょろきょろと落ち着かない様子で集まってきた生徒たちを見渡している。
「もう少し毅然と構えてみてはいかが?
 みな、わたしとあなたの健闘もたたえているのでしてよ」
 孫子がそういうと、篤朗はますます狼狽した様子で、人垣を掻き分けて逃げようとする。
「ぼくの優秀さはぼく自身が一番よく知っているのだ! 他人に讃えられる必要はないのだ!」
 もちろん、集まってきた生徒たちは、そんな篤朗をそのまま逃がしはしない。
「逃げるな、徳川。なんだ、照れてるんか?」
「こいつ、ろくに学校に来てないから人に慣れていないんじゃないか?」
「そういや、いつの間にか来ていつの間にか帰っているな……本当にあんなんで卒業できるのか?」
「まあまあ、詳しい話しはこの後の打ち上げで本人にじっくりと聞くことにして……」
「そうそう。わたし、この間カラオケ屋の割引券貰ったんだよねー。団体様だと四割引だって……」
「ああ。いいねー。才賀さんの歌唱力は年末に実証済みだし、もう一人の主役の歌も聴いてみたナーって……。
 こら、徳川! いまさら暴れるなって!」
「放せ! 約束の囲碁勝負は終わったのだ! ぼくは研究に戻りたいのだ!」
「……徳川、帰りたいの?」
 いつの間にか、数人の男子生徒に手足を拘束されている徳川篤朗の目前に、加納茅が立っていた。
「では、茅と囲碁勝負するの。徳川が勝ったら、解放するの……」
「君は……腕に覚えがあるのか?」
「経験はないけど、何度か観てたからルールと勝つコツは掴めたの。
 それとも、初心者の茅の挑戦から逃げる?」
 茅が小首を傾げる。
 一見無邪気に見えるその動作が、篤朗の闘争心に火をつけた。

「……完敗なのだ……」
 茅と篤朗の勝負は、十五分ほどで決着がついた。

[つづき]
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