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今は亡き友の妻 (3)

今は亡き友の妻 (3)

 響子の実家は、実は相当な資産家である。恵まれた容姿をもっていることとあいまって、大学に入学してきたのとほぼ同時に、男女問わず、数多くの目次を集める存在だった。陶然、目をつけた男たちは多かったが、結果として、良樹という唯一の例外を除けば、見事なまでに誰も相手にされなかった。かくいうおれ自身も、知り合った時に即モーションをかけて、そのまま「相手にされなかった」くちの一人なわけだが。で、響子と良樹がつきあい始めた当時、周囲の連中は「なんであんなカバトット(とかいうキャラクターがいたんだそうだ。おれたちが生まれるかなり前に。アニメだかマンガだかまでは知らない)が」あるいは「ムーミンが」などと公然あるいは非公然に言い立てたものだった。
 当時の良樹を知る人間のほとんどが、やつのことを外観だけから判断して、半ば公然と蔑視していて、良樹のほうもそのことにまるで頓着せず、平然と受け流していた。たしかに丸っこい体型で動作に機敏さを欠く良樹は、共通の知り合いのからかいの対象になりやすかった。とはいえ、それが陰湿ないじめというかたちで収束するところまではいかなかったが。今にして思えば、これは別に、良樹を蔑視した連中が道徳的な規範を逸脱しなかった、というわけでもなく、大学生にもなれば、各自それぞれに生活や興味というものがあったので、直接的な利害関係のない他人には、あまり構っていられなかった、というだけの話だと思うが。実際、同性異性を問わず、良樹のことを公然と「論外」宣言した連中を、おれは何人も目の当たりにしている。
 そんな中で、良樹を普通の友人として扱ったのが、気がついてみればほとんどおれだけ、みたいな状況になっていた。少し遅れて、おれ経由で富美子も、さらに遅れて、二期後に入ってきた響子、も、その仲間に入る。
 で、その注目の的であった「高嶺の花」の響子と、まったくノーチュエック、という両極端な存在である良樹とが、知り合うと同時にくっついちまったんで、当然、無責任で無関係な連中がが騒ぐ騒ぐ。おれだって自分が軽薄で雰囲気に流されやすいことは自覚しているが、その軽薄極まりないおれからみたってかなり醜悪にみえたもんだ。だって、そのとき騒いだ連中というのは、多くは日頃から良樹を公然と馬鹿にしていた連中とほとんど重なる訳でねぇ。
 少し前からに付き合い富美子とおれは、良樹の為人を知っていた少数の例外ってやつで、
「一流は一流を知るって、本当ね」
 などとよく言い合っていたもんだ。
 おれたちは、良樹が高校時代からバイトでこつこつとためた資金を株で増やしていること、さらにそこで得た資本を元手に起業をもくろんでいること、そのための情報収集や人脈作りなど、かなり周到で計画的な準備もしていることをよく知っていたから。良樹という男は、これと決めた目標に向かって使う努力や労力を出し惜しみしないヤツだった。それに、見かけとは違い、知性も行動力も判断力も、それに、たぶん、運にも、恵まれていた。
 おれは良樹とよくつるんでいた関係で、そうしたヤツの頭の良さ、性格の良さ、懐の深さなどを知る機会が多かった。おれほどではないにせよ、富美子も比較的身近な場所にいて、良樹の実態に触れる機会が多かった。おれにはなにもいわないが、たぶん、響子が現れる前までは、冨美子は良樹にモーションをかけていたのではないか、と、思っている。もちろん、おれの知らないところで、だ。
 そしてたぶん、おれが響子にまるで相手にされなかったのと同様に、富美子のほうも良樹に相手にされなかったのだと、思う。
 富美子は、男をみる目は確かだし、将来の有望株をみすみす見逃す性格でもない。ただ、妙に諦めと割り切りがいいのもおれと同じで、少し試してみて脈なし、と判断したら、それ以後の時点ではきっぱりと諦めたのではないのだろうか?
 その辺の「諦めの良さ」の有無が、おれと良樹の、あるいは、富美子と響子との、大きな差、だったのだろう、と、今にして、思う。器量、というべきか。
 あれだ、「自分で自分の領分を適当に設定し、そこからはみ出さないように、生きる」という小市民的な価値観において、おれと富美子は、とてもよく似ている。普段、日常に生活する分にはそれで十分だとは思うのだが、良樹とか響子みたいな「破格」な存在を身近に知っていると、我が身のセコさや慎ましさに自己嫌悪じみた思いも感じないわけでもないのだが……。

 で、良樹は計画通り、在学中に自己資金で起業し、在学中の後半は、特許学業そっちのけで特許使用料だとかパテントだかの確保のために世界中を飛び回たり、これと目をつけた町工場を回ったり、具体的な商品化及び流通のラインを確保したり、で、それはもうもの凄い勢いで着実にそれまで練ってきた構想を実現化していった。結果、良樹の会社は、おれたちがなんとか卒業する頃にはそこそこ注目される新興企業になっていて、卒業後、良樹が事業に専念するようになると、またもやもの凄い勢いで規模と関連部門を増していき、いわゆるコングロマリットへの道を踏み出しつつあった。
 というところで、あっさりと良樹が事故死。

 それもなんだ、子猫だか子供だかお年寄りだか、とにかく道路に飛び出した「なにか」を助けようとした結果の事故であった、という「伝説」つき。真偽のほどは知らない。知りたくもない。ヤツらしいとは思うけど。たぶん、ヤツの性格を知っているヤツの会社のやつらが、願望半分に無意識にでっち上げた「伝説」だとは思うけど……。
 ヤツの突然の訃報を聞いてからそろそろ一年になるんだが、おれにしてみれば、当事も今も悲しみよりも怒りのほうが先にたつ。

『こんな可愛い嫁さん遺して勝手にくたばってんじゃねぇよ!』

 というあたりが、結構おれの本音だったりする。
 で、その、良樹の遺した可愛い嫁さん、が、おれの目の前にいて、おれ自身の嫁さんのいうことを信じるなら、おれに抱かれたがっているンだと。
 以上、要領を得ない上、長々と状況説明、ご拝聴どうも。

 あれだな。
 シリアスに受け止めるよりは、罠か詐欺かドッキリか、とか思うよな、この状況。


[つづき]
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