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今は亡き友の妻 (5)
とりあえず、おれは、気をおちつかせるために目の前においてある冷めかけた紅茶を飲み干す。なんだか騙されいるんだか化かされているんだか、みたいな落ち着かない気分を依然として感じていた。そして、飲み干した紅茶の入っていたカップにふと目を落として、気づく。
って、さりげなくマイセンなんて使ってんじゃねーよ! ……これだから金持ちってやつは……。
「なにためらっているのよ、この期に及んで」
公然と夫に浮気を勧める妻、というのも結構レアな存在だと思うのだが如何なものか。
「あのなぁ……」
おれは抵抗を試みた。
「そういうことは、今すぐここでハイそうですか、ってやるれもんでもなかろうと。第一なんだ、おれが、おれたちがやっているところ、全部観察するつもりなのか、お前」
「うん」
富美子の返答を聞いて、おれの顎が、かくん、と開きっぱなしになる。
「観察する。っていうか、撮る。全部。それが条件だったから」
とかいって、それまでおれの視界から見えなかったソファーの裏に回り、ごそごそとハンディカムのビデオカメラを取り出す。小型軽量で女性にも簡単に扱えリアルタイムでHDにもDVDにも録画できる、高性能な最新型だった。
「撮りながらやるのって初めてでしょ。あれ、ハメ撮りってやつ?」
いやだから、自分の夫に公然とハメ撮りを勧める妻、という奴も如何なものか?
クラクラっ、と、軽く、精神的な目眩に襲われたおれは、こめかみを押さえながら、
「……そんなに、おれにやらせたいのか……」
低く、うめく。
「やってやってやっちゃって」
富美子は軽く言い放ち、ビデオカメラのレンズをおれに向ける。
「よかたわねぇ。わたし公認で、こんな可愛い子とハメ撮りできて」
……なんか、非常に馬鹿馬鹿しく、かつ、腹立たしい気分になってきた……。
なんのことはない。おれの主体性とか意志とか意向とかは、最初から無視したところで、お膳立てが整えられているのだ。これでは、おれの人格がまるっきり軽視されているのと同じことではないか。
おれは徐々に凶暴な気分が高まってくるのを自覚したが、一応、それを抑えるために深々と深呼吸する。
そうか。
お前らがそういうつもりなら、こっちにも考えがある。
深呼吸し、気分を落ち着けて、改めて決意した。
[
つづき]
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目次】