第五章 「友と敵」(125)
茅に電話をかけて、「こっちに二十人くらいいる」と伝えようとすると、パソコンに向き合っていた斉藤遙が片手をあげて、「できれば十人分くらい、プラスしてください」と荒野に伝えた。
「……外回りにいっていた放送の人たち、この雨で取材にならないから、一旦、こっちに戻ってくるそうです……」
斉藤遙はそう説明した後、
「……ったく、こんな身内の連絡、ブログでやるなっつーの……。
身内の連絡用に、別に掲示板借りるかな……」
とかなんとか、口の中でぶつぶつ呟きだしたので、荒野はそっと苦笑いしてから、
「……茅、ご飯、炊いただけ、全部おにぎりにしちゃっていいや……ひょっとすると、それでも足りないくらいの人数になりそうだ……」
電話口には、そう告げる。
かなり斉藤遙と荒野の間は、かなり距離があった。本来なら、荒野の耳には入らないくらいの独り言だったが……荒野の聴力は、一般人よりもよく音を拾うのだった。
電話を切って、
「……じゃあ、第二弾の差し入れ、取ってくるから……」
と荒野が告げると、柏あんなと堺雅史、それに何人かの生徒が、運び込むのを手伝いたい、と名乗り出てくれた。確かに、二十合炊いたご飯を全ておにぎりにするとなると、荒野と茅だけでは、作るのにも運ぶのにも手が足りない。
かといって、名乗り出てきた生徒たち全員を連れて行くのには、マンションは狭すぎたので、荒野は、名乗り出てくれた中から五人ほどの生徒たちを適当に選び、一緒に学校を出て、マンションに向かった。
マンションに向かう途中で、傘を差しながら茅に「五人、手伝いを連れて行く」とメールを入れる。
マンションに着くと、玄関に出迎えた茅は全員にタオルと入れたばかりの紅茶を手渡してくれた。
紅茶を飲みながら濡れた足元をタオルで拭って一息ついてから、全員で、茅が作ったおにぎりをラップに包み、出来た端からスーパーの白いビニール袋に放り込んでいく。柏あんなともう一人、荒野が名前を知らない一年生の女生徒が茅と一緒になっておにぎりを作りはじめ、荒野と堺雅史を含んだ四人の男子生徒は、ぱんぱんに膨らんだビニールを持てるだけ持って学校に向う。
一旦、差し入れのおにぎりを実習室に置いてから再びマンションに戻ると、あれだけ炊いたご飯はきれいにおにぎりに化けていて、それを全員で手分けして学校に舞い戻ることになった。
この雨の中、学校とマンションとを何往復もするのは、本来ならあまり愉快な経験ではない筈だが、何故か、荒野の気分は、そことはなしに高揚している。
「なんだか……こういうの、大変だけど、楽しいですね……」
学校へ行く途中で堺雅史がそんなことを言い出し、
「……文化祭の時みたいだね……」
そう答えた柏あんなを初めとして、周囲にいた生徒たちが揃って頷いていたから、荒野だけがそう感じていたのではないらしい。
そして、全員でおにぎりの袋を抱えて実習室に戻ると、あちこちに散らばっていた放送部員が集まってきたらしく、人数が確かに増えていた。人数が増えた実習室内は、以前よりも賑やかになって、活気がでてきたように見える。斉藤遙の周りで、放送部員たちが作りかけのサイトをみながら、なにやら打ち合わせをしている。その中に、有働勇作の姿も見えた。
パソコン部員たちも負けじと、末端にかじりついてタイピングをしていた。中には、おにぎりを咥えながら手を休めずに動かしている生徒もいる。
フットワークのいい放送部への対抗意識や、それに、楓や茅の存在が、パソコン部にとって、いい刺激になっているのかも知れない……と、荒野は思った。
「有働君、こっちいたんだ……てっきり、商店街のほうにいっているのかと思った……」
荒野が声をかけると、
「いやあ……あっちは、玉木さんが張り切って仕切ってますから……」
有働はそう答えて頭を掻いた。
有働は、商店街の様子をかいつまんで説明してくれた。
コンテストの出場者の中には、ネームバリューのあるコスプレイヤーやプロのモデルさんなどもいて、そうした人たちの中には自分のファンを引き連れて来てくれるので、いい賑やかしになっている、という。
電気屋さんがどっかの倉庫に眠っていた型遅れの液晶ディスプレイを三十台ほど買い叩いてきて、商店街のアーケードの支柱に固定し、そこにコンテスト出場者プロモーションビデオと、現在商店街に来ている出場者のライブ映像とを、交互に流しているらしい。同じ映像は、商店街のサイトでもリアルタイムで流されている。
ネットでそうした映像をみた、その手のファッションの愛好家たちの間でも口コミは広がっていて……。
「……今日は朝から、駅前はあの手の恰好をした女性でいっぱいでしたよ……」
とのことだった。
そして、そうしたファッションを好むのは、若い女性が多く、若い女性が集まるところには、若い男性も集まる……。
「でも……そういう人たち、集まったはいいが……お金、落としてくれるの?」
荒野はそう疑問をぶつけてみた。
「まあ……元が、ほとんど地元の人たちしか来ないような場所ですし……」
有働は、直線的な荒野の疑問に、苦笑いしながら答えてくれる。
「……それに……出店、という形ででた飲食店のほとんどは……商店街のお店から、材料を仕入れてくれる手筈になっていますから……」
料理を作る厨房は、商店街に古くからある飲食店……そこで出来た物を、急造の、「外見は、おしゃれなお店」で出す……というのが、期間限定の「メイド喫茶」とか「執事喫茶」の実態だそうだ。保健所とかの関係で、そのシステムが、一番効率的なのだという。
荒野がそんな説明を聞いていると、
「……おー……こんな小さな子まで……」
と、末端の画面をみながら歓声を上げている一団があった。
荒野が覗き込むと、商店街のサイトのようで……しかし、そこの「ライブ映像」には……孫子の「あのファッション」の同類に身を包んだ、ガクとテンが、カメラに向かってVサインを出してにやけていた。
その背後には、フリルやリボンの塊に身を包んだ女性たちが、見覚えある古びた商店街の中を闊歩している。
普通の買い物客も当然いて、確かに、人出は、普段よりもよほど多かった。
荒野が頭を抱えかけた時……。
不意に……ガラリ、と、入り口の引き戸が開かれた。
何事か、と、実習室内いた全員の視線が、入り口に集中する。
「……はじめまして、諸君……」
皮のジャケットに身を包んだ……荒野たちとさほど変わらない年格好の少年が、そこに立っていた。
「……おれは、佐久間現象。
そこの加納荒野君と、荒野君の姫に挑戦するために、わざわざここまで来たってわけだ。何日か観察してみて、荒野君がなにを重んじているのか見極めたからね。
そこで、だ……おれは、今ここで、荒野君と荒野君の姫に挑戦してみようと思う。
知っているかい? 荒野君。
君に挑戦したいと思っている一族の関係者は、君が想像している以上に多いんだ。
加納と二宮の、最も濃い血を受けつぐ者にして、最強の一番弟子……君は、姫の事がなくてもおれたちの間では有名なんだよ。おれたち若い一族の者のスターだね、ははは。
……うん。そう……。
君のことを倒して名を上げたいっていうのが、いくらでも集まってくるくらいには、人気者だ。
それに……ね……」
佐久間現象と名乗った少年は、口の端を、片側だけを、きゅっ、と、吊り上げた。
「……加納と佐久間は、天敵同士なんだ……。
どうする? 加納荒野君。
君がここにいる全員を守ろうと思えば、君の正体は周知のものとなる。
君が抵抗をしなければ、ここにいる全員が犠牲になる……」
[第五章・完]
[
つづき]
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目次】
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