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彼女はくノ一! 第五話 (87)

第五話 混戦! 乱戦! バレンタイン!!(87)

『……んあっ! んっ!』
『あっ! あっ!』
 百メートル以上の距離を置いて数カ所に設置された高性能集音マイクが拾って来た音声は、いったん電子データに変換され、フィルタリングソフトで余分なノイズをふるい落した後、かなりクリアに再現される。
 盗聴器、などという発見されやすい代物をわざわざあの家に設置しようという物好きは、少なくとも、一族の関係者にはいない。あの家は、今のところ中立を態度で表明しているとはいえ、気まぐれで行動の予測がつきがたい「最強」の仮の宿であり、それを除いたとしても、AAAクラスの最要注意監対象が五人も居住している、などという、かなりとんでもない「一般家庭」だった。
『……んっ! あっ!』
『んっ! 香也様ぁ……』
 監視員A(仮名)は、そうして再現された狩野家の音声をモニターして、げんなりとした気分になった。いくら仕事とはいえ、なんで、他人の睦言をえんえん何時間も聞かされねばならんのか。
 今日は「佐久間が仕掛ける」という噂が流れている日でもあり、監視人員はいつもの五割増しになっている。そのうち、半数ほどが、数カ所に分散して、この家をモニターしているわけで……。
『……他の奴らとは違って、こっちは平和だよな……』
 そう、思う。
 家の中で延々と交合をしているのは、この家に住むAAAクラスの最要注意監対象の内、二人。相手は、一般人であるあの家の息子、だった。
 やりたい盛りのあの年齢で、あの美少女二人を相手に乱交、というのもかなりうらやましい限りだが、二人を同時に相手にして、えんえん何時間も奮闘し続ける、とは、一般人にしては、たいした体力だ……と、素直に感心もした。

「……なに、にやにやしているんです?」
 シフトの関係で一緒にいる監視員B(仮名)が、監視員A(仮名)に声をかけた。
「まさか、これ聞いて、変な気、起こしたりしないでしょうね……」
 監視員A(仮名)は三十代の男性だったが、監視員B(仮名)は若い女性だ。
 ともに、一応一族の末席には引っ掛かっている、程度の者で、昔風の呼称を使うなら「下忍」ということになる。一般人よりはよほど丈夫にできているが、戦闘能力、ということでいうのなら、今回の監視対象者たちの足元にも及ばない。
 故に、交替での監視任務に係わるのが、能力的にもせいぜい、といった身分だった。
「いや、まあ……。
 かなり御無沙汰だから……あの若いのにあやかりたいとは思うけどね……」
 監視員A(仮名)はそう軽口を叩いて、
「へへへ……」
 と声を立てる。
 それを聞いた監視員(仮名)は、軽く眉を顰めた。

『……こいつも、まだ若いからな……』
 今の自分の処遇に、不満があるのかもしれないな……と、思った。
 学校の方では、あの加納の御曹司相手に、血の気の多い若いのが総出で、派手に稽古をつけてもらっているらしい……。
『若いっていうのは……身のほどっていうもんを、知らねぇから……』
 多少、腕におぼえがあるくらいでは……。
『……六主家の本家筋の相手は……』
 務まる、訳がない。
 本家筋の人間、などというのは……ほとんど人間じゃあない。
 束になってかかっていっても、せいぜい、けんもほろろとあしらわれるのがオチだろう……。
『まあ……それもいい経験だろう……』
 監視員A(仮名)は、二宮荒神や加納仁明とほぼ同じ世代。彼らと同じ任務についた経験もあり(とはいっても、向こうは黙っていても周囲が勝手にスポットライトを当ててくれる主役格、こちらはその他大勢の端役、だ)、彼ら、本家筋の「凄さ」を何度か目の当たりにしている。
 だから、彼らと自分の違いを、骨の髄から思い知らされている……。
『なるべく早いうちに……思い知っておいたほうが、身のためなんだがねー……』
 実際に現場の仕事に就いてから日が浅い監視員B(仮名)は、どうやら本家筋の連中の、化け物じみた部分を目撃する機会が、今までになかったらしい……。

 監視員A(仮名)の笑いをどう勘違いしたものか、眉を顰めた監視員B(仮名)は、
「……どうでもいいですけど、二人っきりだからといって襲ってきたら、本気で抵抗しますからね……」
 などと、殺気さえにじませて、凄む。
 監視員A(仮名)は肩をすくめた。
 監視員A(仮名)は、勤務時間中にそんなことをするほど飢えてはいないし、若い、というよりも、青い、といったほうがいい、監視員B(仮名)は、全然、監視員A(仮名)の好みではなかったし、昨日今日ようやく実務についた青二才とやり合っても負ける気はしなかったが……そんなことをいちいち説明するのも、面倒だった。
 そんなことを考えていると……監視員A(仮名)の首に、なにか紐状のものが絡まった。みると、監視員B(仮名)の首にも同じ……鞭が、巻き付いている。
 その鞭の行く先を辿って頭をめぐらせると……。
「……はぁーい……」
 金髪の女性が、両手に鞭を持って、立っていた。
「……あ、姉は、中立じゃあなかったのか!」
 監視員A(仮名)は、擦れた声でいった。今のところ、首に巻き付いた鞭は、声が出せる程度には緩められていたが……シルヴィ・姉が少し手首を返せば、軽く頸骨が折れる。声も擦れようというものだ。
「姉は、中立……姫の件には、ね。
 でもぉ……」
 シルヴィ・姉は、にっこりと邪気のない微笑みを浮かべる。
「……ヴィはぁ、恋する乙女の味方なの……」
 監視員B(仮名)の目が、点になった。
 監視員A(仮名)は、「やれやれ」という表情をしている。
 これだから、六主家の本家筋のやつらは……。
「……いわれなくても、手出しなんざしませんよ……。
 われわれの仕事は、監視です。それ以上のことは、おおせつかっていません……」
 あの家の中の監視対象者のいずれかが外に出て、別の監視対象者と合流するような動きがあったら、即刻、報告するように、とはいわれていたが……そのことは、シルヴィには黙っていた。
 ……第一、あの分だと、まだ当分、あの家の中にいる人間が動くことは、なさそうだ……。
「……わたしら、馬に蹴られて……なんて巫山戯た死因で、死にたくはないもんで……」
 若いやつらの情事を邪魔して、怒り狂った女のほうに瞬殺された……なんてことになったら、それこそ、末代までの恥さらしだ……と、監視員A(仮名)は、思った。
 あの家の中で延々と乳繰りあっている二人の監視対象者を、今、邪魔したら……ほぼ確実に、そんな目に遭いそうな気が、ひしひしとする。
 自分たちレベルの人間が……今、あの家の中でえんえんと乳繰りあっているAAAクラスの最要注意監対象者二人に立ち向かったとしても……あっという間に返り討ちにされるのがオチだ。
「……わかってれいば、いいのぉ……。
 くれぐれも、人の恋路を邪魔しちゃ駄目よぉ……」
 シルヴィの言葉に、鞭を首に巻き付けたまま、監視員A(仮名)ならびにB(仮名)はこくこくと頷く。
「……ソンシも……ファースト・タイムがオージーなんて、ヴィも、ちょっとだけ変わった趣味だとは思うけどぉ……あれでも、感じやすいオンナノコなんだからぁ、大事に扱ってあげてねぇん……」
 そういうとシルヴィは、二人の監視員の首に巻き付けていた鞭を緩め、手の中に戻す。
 そして、あっさりと二人に背を向け、
「Good-bye, Good-lack!」
 と言い残し、監視部屋として使用している安アパートから去っていく。

 完全にシルヴィの気配が消えたのを確認して、年配の監視員A(仮名)が、若い監視員B(仮名)にいった。
「いいか、この世界で長くやりたかったら、よく憶えておけ……。
 あれが、六主家の人間だ……」
 監視員B(仮名)は、返答に詰まった。

[つづき]
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Comments

なにやらアイヌの言葉みたいな響きですが。

>あれでも、感じやすいオナンアノコなんだからぁ、    シルヴィが、日本語に不慣れなのを表現している・・・ワケではないですよね?

  • 2006/07/14(Fri) 00:01 
  • URL 
  • #-
  • [edit]

単なる入力ミスです。

>シルヴィが、日本語に不慣れなのを表現している・・・ワケではないですよね?
ないです。
むしろ、職業柄、語学は堪能な筈で。
修正しておきました。ご指摘どうもありがとうございました。

  • 2006/07/14(Fri) 06:50 
  • URL 
  • 浦寧子 #-
  • [edit]

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