第六章 「血と技」(35)
会食の場所はホテルだと聞いていたので、てっきり県庁所在地などの都市部に向かうのだと思いこんでいたが、車は建物が少なくなる方向に向かいはじめた。一時間ほど走った後、山中の「ホテル」というよりは、「コテージ」といった方がしっくり来るような二階建ての建物の前で降ろされる。
『……ま、人目は少ない方が都合はいいか……』
荒野はそう納得し、外にいた男がリムジンのドアを開いたので、外に出た。
「……荒野……」
リムジンのドアを開けた男が、荒野の恰好を上から下まで視線をさまよわせた末、そういった。
「今夜は、愉快な恰好をしているなぁ……」
「……舎人さんも、呼ばれたのか……」
スーツ姿の男は、二宮舎人だった。
「……一応、偉いさんの前に出向くわけだから……。
失礼がないように、と……」
そういって、荒野は肩をすくめた。
「実は、才賀に一任したら、こうなった」と正直に白状したところで、荒野にはなんの利益はないので、別にくわしくは説明しなかった。
「……おれも、証人、兼、使いっ走りってこってな……。
多分、今日の出席者の中では、おれが一番下っ端だ……」
舎人は鼻の頭を掻きながら、そういう。
そうしたやりとりをしている間に、別の車両に乗っていた孫子、テン、ガクがこっちに近寄ってくる。舎人と面識のある楓とテン、ガクは、声をかけようとしたが、「後で、正式な名乗り合いがあるはずだから……」と、舎人に制された。
茅と楓がリムジンから出た後、舎人は佐久間現象の体を抱えて荒野たちを先導した。
「……こぉぉぉやくぅぅぅん……」
舎人に先導されてコテージ風のホテルに入ると、荒野はいきなり横合いから抱きつかれた。
いきなりこんな事をする者には、荒野は一人しか心当たりがない……。
「あー!」
「荒神さんだー!」
テンとガクが、荒野に抱きついている荒神を指さした。
「……いやぁ……ぼくが本業に精を出している間に、いろいろあったようだねぇ……」
荒神はそんなことをいいながら、荒野の肩口に頬ずりしている。
「……油断、してた……」
荒神に抱きすくめられながら、荒野は、ぼそりと呟く。
考えてみれば……荒神は二宮の長でもある。
この場に来ていても、不思議ではない。
「……失礼!」
小さな囁きが聞こえてきたかと思うと、荒野を抱きすくめる荒神の腕から、いきなり力が抜ける。
「……長……」
見ると、二十代後半くらいに見える、男物のスーツを着た色白の女性が、荒神の手首を取って背中に回している所だった。
「加納の若様に……」
その女性の束縛を瞬時に解き、後退する荒神。
荒神に劣らない速度で追いつめる女性。
「恥をかかせてはいけませんと……」
荒神と女性が、神速、といっていいほどの速度で拳を交えている。
しかし、両者とも、相手の攻撃を紙一重で避けているため、腕が宙を切る風切音だけがいたずらに響いている。
「いつもいっているでしょ!」
女性の足払いが決まった!
……と思ったが、一度横転しかけた荒神は、そのまま床に手をつき、腕の力だけで空中に身を躍らせる。
空中で体を回転させ、足を下にして、着地。
「君たちは、初めてだったね?
この美女が、二宮のナンバー2。
不甲斐ないぼくの代わりに実質、二宮の組織を維持している人だ。
二宮中臣という……」
荒神は何事もなかったような顔をして、楓たちに男装の麗人を紹介する。
「……若様……。
帰国したのは存じ上げておりましたが、ご挨拶にも行かず……。
また、この度は、うちの者がとんだ粗相をしでかしたようで……」
中臣の方は、やはり何事もなかったように荒野に向かって挨拶を述べていた。
少し離れた所で、楓たちが呆気にとられている。
『……この程度で驚いていたら……』
この先、かなり疲れることになるぞ……と、荒野は思った。
一族の者は、地位が上になればなるほど、人格に「癖」が出てくる……という傾向がある。例えば……。
「うひょひょ……」
「……うきゃぁ!
な、なにするですか!」
「ぷりんちゃーん!」
「……楓。
後ろからいきなり抱きついて、お前の胸揉んでいるセクハラ達磨が、今の野呂の長な。
名前は、野呂竜齊……」
「……ふん! ふん! ふん!」
楓にセクハラしまくっている野呂竜齊の頭頂部に、二宮中臣の踵落としが立て続けにヒットする。
その場に倒れはしなかったが、一瞬意識が遠ざかり、竜齊の腕から力が抜けた隙に、楓は竜齊の腕を解き、瞬時に荒野の後ろに移動した。
「な、な、な……」
楓は、自分の胸のあたりを腕で隠しながら、叫ぶ。
「なんなんですかこのエロ達磨は!
近寄ってきたの、全然分からなかったし!」
かなり、動揺していた。
楓の言葉に、テンとガクがはっとした表情になって、顔を見合わせる。
『……これで、術者としては、一流だからなあ……』
荒野は、数年ぶりで見るのに、まるで変わっていない竜齊や中臣の姿に半ば安堵する。
体力とかを総合して考えれば、実戦能力は野呂良太の方が上であろうが……老いたとはいえ、竜齊もまだまだ第一線で通用する実力を保持している……。
でっぷりと太った体躯に丸顔の禿頭、年齢不詳で顔の下半分を白いヒゲで覆っている甚平姿の竜齊も、以前見たときと全然変わっていないように見えたが……一見して二十代半ばの中臣も、荒野が初めて見た幼少時から、今と同じ外見だった。
実際には何歳なんだろう……と、尋ねてみたい好奇心も昔はあったが……中臣の実年齢を探る者は、いつの間にか姿を消す……という噂話が、一族の中で広く流布していたので……荒野は、なるべく「そのこと」を考えないようにしている。
「……貴女様が、長の新しいお弟子さんですか……。お噂は、かねがね……。
あの老害垂れ流し達磨のことは、一族全体の恥ですから、どうかお気になさらず……。
もうボケが入っていますし、老い先の短い身ですので、どうかご寛恕のほどを……」
二宮中臣は、楓に丁重に挨拶しながら、同時に、謝罪にかこつけて竜齊への当てこすりをいう、という微妙に巧妙な口上を述べている。
態度は丁寧だが、根は辛辣……というのが、二宮中臣の性格である。
また、それくらいのタマでなくては、無責任無思慮無配慮奔放気まぐれな荒神の下で「二宮のナンバー2」など、務まらないのであった。
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つづき]
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