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暗闇で、いきなり手首を掴まれて…… (1)

 暗闇で、いきなり手首を掴まれた。

 主張先で、先方の都合で予定していた打ち合わせがキャンセルとなり、三時間ほどの時間がぽっかりとあいた。
 この炎天下、土地鑑もない場所で、時間を潰す場所を探してうろつきまわる気にもならず、たまたま目についた映画館にぶらりと入った。冷気をもとめ適当に時間を潰せさえすればよかったので、その時、上映していた映画の内容さえ、ろくに確認していなかった。
 座席はがらがらだったから、人気がない作品であったことは、確だったが。おれが駆け込んだ時、すでに予告編がはじまっており、まともに映画を観賞する気もなかったおれは、一列まるごとあいていた場所の真ん中へんの座席の選び、そこにどっかりと腰を下ろすと、すぐに目を閉じた。
 そして、やかましい予告編の音声をものとせず、おれが目を閉じてうとうととしはじめると……。

 暗闇で、いきなり手首を掴まれたのだ。

 おれの右手首を掴んだのは、ほっそりとした細い指、だった。
 はっと目を醒まして、目を開けると、やはり、丁寧に手入れされ、キュアを塗られた小さな手が、おれの手首をしっかりと握っていた。
「こっち、見ないで。
 顔を挙げないでいたら、もっといい思い、させてあげる……」
 吐息が頬にかかるほど間近から、そういわれた。
 機先を制された形で、おれは顔をあげられなくなった。
 いや、実際の所は、おれが何か反応するのより早くに、彼女がおれの手を導いて、自分の太股に押しつけてきたので、その感触に唖然として、言葉をさし挟むタイミングを逸した。
 その女の太股は、汗のせいか表面が微かに湿っていて、しっとりとした感触があった。
「騒がなければ、好きに触っていいよ……」
 耳元で、そう囁かれる。
「あと……顔は見ないで……」
 その言葉を証明するように、おれの手首を掴んだ手は、おれの手を、スカートの中に導く。

 元々、ひどく短いスカートだった。白くて柔らかくて、薄い布地で、おれの掌は、難なくその布地の中に潜り込む。

 スカート中に潜り込んだ指先が、スカートよりもっと薄い布地に触れる。
女は、スカートの上からおれの掌を自分の太股に押しつけているので、おれの指先が、女の股間に触れるか触れないか、という微妙な所で固定されている。

「さ。
 触って。でないと、このまま大声をだすから……」
 冷房はむしろ効きすぎているくらいなのに、おれのこめかみに、じわり、と、汗が浮かぶ。

 来る時にみた限りでは、客の入りは少なかったものの……確に、何人かは居たのだ。
 この体勢で騒がれでもしたら……社会的な意味で、おれはオシマイだろう。
 おれはしかたなく、いわれた通りに、指先を、動かす。手の他の部分は、今では女の両手でつかまれて、がっしりと固定されているので、動かすこともできない。
 おれの右手は、女の股間の上、女の両手にがっしりと手首を固定され、女は、おれのうなじに息を吹きかけるようにして、しなだれかかっている。
 目前のスクリーンでは、不安をかきたてるバイオリンの音色に合わせて、自転車に二人乗りをした若い男女が映っている。その男女がは、いかにも職業俳優らしい端正な顔に苦渋の表情を張り付けて、えんえんと灰色のブロック塀が続く道を、自転車で進み続きける。
 かなりの長回しだ、と、おれは思った。そして、客が入らないわけだ、とも、思った。

 そんなことをぼんやりと思いながらも、おれは指先を上下に動かし続ける。
 おれの指先が、薄い布ごしに、女の性器の割れ目に沿って、動く。

 最初のうち、ざりざりと布ごしに隠毛をかき分けるような感触しかしなかったそこは、時間がたつにつれて、うっすらと湿り気を帯はじめている。
「そう……もっと……」
 今や、女はおれの右腕を抱きかかえるようにして肩に完全に頭乗せている。この体勢では、ハスキーな声は聞こえるが、女の顔は確認できない。
 どうやら、女は、おれの腕ごと指から股間までの距離を調整しているらしい。
おれの指が股間の布地を触れるか触れないか、という今の微妙な位置が、女の「好み」なのだろう。
 おれの指先は、布地ごしに女の敏感な部分を浅く掻く程度にとどまり、おれとしては、その頼りない感触に、どうしようもないもどかしさを感じている。
 しかし、どうやら、女はそうした微妙な刺激がお好みで、なおかつ、おれの都合などは気にかけるつもりはないらしい。
「……んっ……ふっ……」
 と、次第に鼻息を荒くしはじめる。
 首筋にかかる吐息を、妙になまめかしく感じた。
 女は、おれの肩に縋りつきながら、おれの掌を自分のももに押しつけている。女の股間にはおれの指先しか届いていないのだが、それでも、少しでも動きを止めると、鼻にかかた声で、
「……もっとぉ~……」
 と、耳元で不満そうな声を上げられる。
 そんなわけで、おれは、せっせと指先を動かして、その女の下着の正面を刺激した。女の方は、おれの肩に体を押しつけた状態で、ビクビク痙攣しはじめ、おれの指先は女の愛液の感触をはっきりと感じている。
 それでもって、おれ自身はといえば、かなり半端な状態である。

 目の前……というか、すぐ横に、おれの愛撫によってかなーりいい状態になっている女がいて、肩に擦り寄ってきているというのに、おれの方からの手出しは事実上、封じられている。それどころか、女の顔さえ、まだ確認できていない。肩に押しつけられる感触から、女のプロポーションの良さは確認できているが、女の顔を確認しようとして、あるいは、女の別の部分をまさぐろうとして少しでも身じろぎしようというものなら、それを察知した女から、
「駄目! 大声を出すわよ……」
 と、耳元で、音量は小さいが鋭い語調で封じられる。
 そういわれてしまえば、痴漢として逮捕されたくはないから、こちらとしては大人しくいうことを聞くしかない。

 実際の所、生殺しのまま、女の快楽に一方的に奉仕させられる、という状態が、しばらく続いた。
 何のことはない。
 その時のおれの状態は、いわゆる、生殺し、というやつである。
「……何もさせないつもりかよ……」
 おれははじめて女に小声で囁きかける。
 女は、ふん、と鼻で笑った。
「満足させてくれたら、いろいろしてあげてもいいけど……」
「じやあ、おれの手を、自由にしろよ……」
 女は、いやぁ、と、子日を含んだ、妙に鼻にかかった声で答える。
 顔をおれの肩に押し付けたままなので、どんな顔をしているかは分からないが、声の感じとうなじや服装から受ける印象では、随分若い。

「……触れるか触れないか、というところで、ちょこちょこやられるのが、好きなんだ?」
「……触れるか触れないか、というところで、ちょこちょこやられるのが、好きなの」
二人とも小声で囁いていたので、そんなやりとりも、傍目には、カップルがいちゃついているように見えているた筈だ。
 おれが指の動きを早くすると、ん、ん、ん、ん、と、女の鼻息が荒くなる。
 おれの手を押さえつける力が一瞬緩んだので、割れ目にそって指を上にスライドさせる。指先が下着越しに硬くなった小さい突起に触れると、女の背が大きく震えた。
 女は相変わらずおれの方に顔を押しつけるようにしているので、顔は見えない。おれの位置からは、女のうなじが丸見えで、そこから感じる汗の匂いが、少しきつくなった気がした。目を見ると、暗闇の中に浮かぶうなじの皮膚が、以前より艶を増し、スクリーンの光を反射しているように感じた。
 もちろん、おれは、今上映中の映画のことなど、まるで頭に入ってこない。
「……感じさせれば、いいんだよな……」
 女の、おれの手首を押さえつける力が弱まったので、ここぞとばかりおれは右手を跳ね上げて女の下着の中に指をいれる。

 女は、
「ふっ!」
 と、吐息をおれの胸元に吐いただけで、とくに抵抗しなかった。

 女が抵抗しなかったことに勢いづいて、おれは、今までおれの右手の手首を押さえつけていた女の手首を左手で掴み、おれ自身の腿の上に置く。
 もともと、女はおれの肩の上に頭を乗せるようにして寄り添っていたので、女の手をそこまで動かすのは、造作もなかった。

 続いて、とりあえず女の下着の中に突っ込んだ手を動かし、肝心の襞や突起は避けるようにして、その左右の陰毛をかきわけるように軽く撫でてやる。
 手を浮かし気味にして、わざと女の短いスカートが捲れ上がるようにしてやった。
 剥き出しになった女の太股が、スクリーンの光を反射する。
 肌が、白い。

「……もう……強引なんだから……」

 思わず見いってしまったおれは、女の声によって、意識を現実に引き戻される。
 おれは、下着の中に突っ込んだ指を動かして、女の隠毛を掻き分け、中指を第二関節まで女の中心に埋没させる。
 ふっ、と、女が吐息を吐いた。

「……こんなにしてて、何をいってやがる……」
 女のそこはすっかり濡れていて、指はすんなりと入った。入口が緩い割には、途中から急に狭く、きつくなる。
 入口からそのきつくなる部分まで、指を往復させる。女が、おれの腕にしがみついてぶるぶる震えはじめる。おれの腕に、女の胸が押しつけられる。ブラの硬い感触ごしに、ほどよい弾力を感じる。わりと、大きい。

「Cくらいあんの?」
「……え?……はん!んん!」
尋ねると、女が間の抜けた声をだしたので、指の動きをさらに早くしながら、さらに重ねて問う。
「だから……ブラの、カップだよ……」
 女の股ぐらが、じゅっ、じゅっ、じゅっ、と水音をたてはじめる。
「……痛いっ。
 痛いって……そんな、いきなり、乱暴に動かれたら……」
 女が弱々しく呟いたが、おれは、じゅっ、じゅっ、じゅっ、じゅっ、と女のあそこにつき立て続ける。
「こんなに、濡れているのに?」
「濡れていても。
……乱暴にされると……んんっ! 痛いの……」
 じゅっ。じゅっ。じゅっ。じゅっ。
「……だ、だから……そんな……激しいのは、んんっ! 駄目だって!」
 じゅっ。じゅっ。じゅっ。じゅっ。
「……だから、駄目だつて……んはぁっ!」
「あんまり大きい声をだすと、気づかれるよ……」
 おれが指摘すると、女は、「……んー……はぁっ!」と、声を押し殺す。
 じゅっ。じゅっ。じゅっ。じゅっ。
「わ、わかったから!
 もう……好きにしていいから……あっ。はっ。はぅっ! ん! ん!」
 これだけ声を出しても、顔と音量をあげないのは流石だな、と、ぼんやり思った。
「へえ……好きにしていいんだ……」
 おれはそういうと、唐突に手の動きを止め、女の股間からも手を外し、おれの肩にもたれかかっていた女の体を、乱暴な動作で引き離す。
「じゃあ、止める」
 いきなりおれの体から引きはがされた女は、
「……え?」
 といったっきり、絶句して弾んだ息を整えている。
 暗い上、前髪が乱れて顔を覆っているので、顔立ちはよく判別できない。
「脅されてあれこれ命令された上、自分だけ、勝手に気持ちよくなって……。
 こっちには、なに一つ、いいことないじゃん……」
 そういいながらもおれは、女の体をじろじろと値踏みするように見渡す。
 小柄だが、胸と尻は大きい。それに、さっき腕に抱きつかれた感触では、ウエストも引き締まっている。
 顔立ちは暗くて確認できないが……体の方は、上々だ。それに、指の感触では、締まりもいい。
「もともと、ここには時間潰しで入ったわけで……。
 そんなところで痴漢にでっち上げられるなんて、ごめんだね……」
 小声でそういって、おれは、中腰で席をたった。
 映画はまだ上映中であり、完全に立ち上がると、後ろに座っている人たちの視界を塞ぐことになる。
 そのまま出口に向かおうとするおれの手首を、女が掴む。
「……なんだよ……」
 おれは、わざと不機嫌な声を出した。
「ご、ごめん……。
 そんな、つもりじゃあ……」
 女は、涙声になっている。
「……とにかく、おれ、もう出るから……」
 おれは、映画が上映中であるため、小声でそう呟く。
 おれがそう囁いて出口に向かうと、女もおれの手首を掴んだまま、おれの後をついてくる。
 暗闇を抜けて人気のない通路にでても、女はまだおれの手首を掴んだままだった。
「いつまで握っているの、それ?」
 おれがそういって自分の手首を振ると、女は慌てて手を離し、垂れた前髪を描き上げる。
 想像していたよりも若い女だった。
 まだ、二十前だろう。
 顔の造作も……決して悪くはない。鼻の周辺に薄いそばかすが浮いていたが、愛嬌のある顔だと思う。服装がカジュアルなせいもあって、OLか学生、ではないか、と思った。
「……あ、あの……」
 先ほど、おれに命令した時とはうってかわっておどおどした声で、女は呟いた。
「怒って、ない?」
 美人、というわけではないが、あんな痴女めいた真似をして男を誘うような女にも、見えない。
「怒って、って……あのねえ……」
 おれは、喫煙コーナーまで歩いていって、そこのシートに座り、煙草に火をつける。女も、おれの後を追ってとことこ歩いてきて、おれの隣に座った。
「きみ……誰にでも、あんなことやっているの?」
 妙に、気分がいらついていた。
「誰にでも……って、わけじゃあ……」
 女は、顔を伏せて唇を尖らせる。
 なんというか……親や教師に叱られている小学生みたいな表情だった。
 こいつ……予想より、若いのかもしれないな……と、思った。
 女は俯いたまま何も言おうとしなかったので、おれはすぐに煙草を一本吸い終わってしまった。
 そのまま女の返答を待つ理由もなかったので、おれは何も言わず立ち上がり、歩き出す。
 女は、顔を伏せたまま、無言のままついてくる。
「トイレだよ。手、洗いにいくの」
 おれが低く呟くと、女は肩をびくんと振るわせる。
 この女は……さっきまでおれを脅すような真似をしていたのに、今は怖がっているのか?
 そのくせ、おれの後をとことことついてくる。この女がなにを考えているのか……まるで、分からない。
 それまでの状況が状況だったので、不気味にも感じた。
 映画が上映中、ということもあり、通路には誰もいなかった。売店や入り口から遠いこともあり、映画館の係員にも出会わないまま、トイレまでつく。
 おれが男性用のトイレに入っていくと、驚いたことに、女もそのまま中までついてきた。
「何考えているんだ? お前……」
 手洗い場の鏡越しに一瞥すると、女は肩をすくませたが、外に出て行こうとはしない。
 しかたなく、おれは無視することにして、これみよがしに盛大に石けんを泡立てて、手を洗いはじめる。
 すると……。
 女は、いきなりおれの背中に、抱きついてきた。
「こんな所で、いきなり、何すんだよ……お前」
 おれはしゃこしゃこ手を泡立てながら、不機嫌な声を出す。初対面の女にいきなり積極的に攻められて喜ぶのはAVとか作り物の世界だけの話しだ。どんな病気を持っているか分かったモンじゃないし、第一、ストーカーっぽくて、普通は、引く。
「あの……怒らないで、ください……」
 おれの背中に抱きついたまま、泣きそうな声でそういう女。
「あのなー……。
 いいから、出てけ。ここ、男性用のトイレ……」
「な……なんでもしますから……ゆ、ゆるして……」
 ぐずついた声で、それでも、後ろから手を回して、おれの太股とか股間とかをゆっくりとまさぐってくる。
「ほら……ここ……こんなに大きくなってる……」
 おれのソコは、さっきの刺激と、今、背中に感じる女の感触ですっかり硬くなっている。ブラの硬い感触ごしに、先ほど暗闇の中で確認した女の大きな胸が押しつけられていた。
「いや、男だから、生理的にはそうなるけどな……。
 ……って、だから、ジッパー開けるなって!
 淫乱か、お前は……」
 おれは手についた泡を洗い流しながら、答える。
「ら、楽にしてあげようと思って……」
「いらんことするなって。
 初対面でどこの誰かも分からない相手と、こんなところでそんなことをするつもりはない……」
 おれがそういうと、背後から回された手が、がっしりとおれの手首を掴んだ。
「どこの誰か知っている人となら……」
 女はそういって、おれの右手にあるものを握らせる。
「……ちゃんと、してくれるんですね……」
 おれの掌に、ハンカチとパスケースが握らされていた。
 顔の前にかざしてしげしげと見聞すると、パスケースの中には免許証と学生証が入っていた。
 おれはハンカチで手を拭ってから、パスケースを開いてしげしげとみた。
 免許証と学生証によると、女はギリギリ関係を持っても法には触れない年齢で、しかも、おれが出た大学よりよっぽど偏差値の高い四年生の大学だ。学部は比較英文学……って、一体、何を勉強するんだ?
 免許証や学生証についていた写真は、今おれの背中に抱きついている女より、数段幼く、かつ野暮ったくみえる。写真の方は、どことなく垢抜けていないティーンエイジャー、という印象だったが、今おれに抱きついているのは、若くて薄着の、どことなく軽薄な印象を与える女だった。
「……とりあえず、離せ……」
 おれは乱暴に身をよじって、女の腕をもぎ離す。
「びょ、病気もありませんよ……。
 だ、だから……して……ください……好きなこと……」
 女はどもりながら、しかし、何ともいえない強い眼光を放っておれの目を見据える。
 丸顔で、化粧は濃いめだが、別に不細工なわけではない。第一、体が、いい。基本的に細身で、胸と腰回りがいい具合に張っている。化粧の濃さもあって、どこか腰が軽そうな印象を受けた。
 一言でいえば、コンパにでもいけば、それなりに相手には不自由しない外見に思えるのだが……。
 だから、なんでこんな所で? しかもおれなんだ?
 という疑問が、脳裏をよぎる。
「……もっと、その……。
 大学の知り合いとかに、適当な相手とかいないのか?」
 おれは、若干引き気味になりながら、弱気に話しかけた。
 容姿はそこそこだが、映画館の中であんな真似をして、しかも、男子トイレの中までついてくる……というのは、やはり尋常ではない。
 下手に関わり合いにならない方が、無難……と、思えた。

「……どうしてもそういう相手が欲しければ……逆ナンパでも出会い系でも、好きしろ……」
 そういっておれは、トイレから出ようとする。
 おれだって独身だが、こんな訳の分からない相手にかぶりつくほどには、飢えている訳ではない。
「……だ、駄目なんです!
 ……それじゃあ……」
 再び、女は、背後からおれの手首を掴む。
「いざって時に、逃げられちゃうんです……」
 ずりずり、と、女は手首を引っ張って、おれの体をトイレの個室の方に連れて行こうとする。
「見るだけ! 見て駄目なら、それでもういいです……。
 諦めますから……もう少しだけ、つき合ってください……」
 女は、そんな意味不明のことをいっている。
 おれは腕時計で時間を確かめ、ため息を一つついて、結局、女に従った。
 騒がれるのが恐い……というより、このまま映画館の外にでて汗まみれになるのも億劫だったから、見るだけ、というのなら、もう少しつき合ってもいいか……と、思い始めていた。
 女の目的と行動原理は相変わらず不明だったが……今まで話してきた感触から、少なくとも、話しが通じない相手では、ないらしい……と、思いはじめている。
 ただ……一見、大人しそうなこの娘が、何故こんな真似をするのか……という部分は、いまだに理解できなかった。
「さっき、気持ちよくしてもらった分……」
 個室にはいると、女はおれを便座に腰掛けさせ、股間のジッパーに手をかける。
「……気持ちよく、しますから……」
 女は締まりのない愛想笑いを浮かべて、上目使いにおれの顔色を伺う。
「……その前に……」
 おれは、股間に延びかけた女の手首を掴む。
「本当に、病気、ないんだろうな?
 後、どうしてこんな真似をするのか、その理由を聞かせてもらおうか……。
 さっきもいったが、男漁りなら、他にもっと確実な方法があるはずだ……」
 有無をいわさない強い語調でそういうと、女は締まりのない愛想笑いを引っ込め、真顔になる。
「もうー……ここまできて、そういうこと……。
 えらいの捕まえちゃったなぁ……。
 いいよ。理由、みせる。
 その代わり……ここまで来たんだから、逃げないでよね……」
 そういって女は、狭い個室の中で精一杯後ずさり、自分のスカートを捲りあげる。
「……本当……逃げないでよね……」
 そういうと女はスカートの裾を口にくわえ、両手で下着の両端の結び目をほどく。
 下着がおち、白い肌と局部を覆う黒い茂みとが露わになる。
 そして、茂みの上には、蛇が鎌首をもたげて、女の陰部を呑み込もうと、口を開いていた。

[つづき]
■初出: ウラネコの徘徊
目次

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