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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(89)

第六章 「血と技」(89)

「……何が、どうなっているの?」
 飯島舞花が、荒野に説明を求める。
 孫子と四人組、あるいは、楓とテンの組み合わせは、見ていても非常に分かりやすかったのだが……。
「茅さん、姿をくらますのが得意だから……楓おねーちゃん、見失いがちになって、戸惑っている……」
 荒野ではなく、胡座をかいているガクが、舞花にそう教える。
「楓も……気配を読むのは、おれより得意なぐらい、なんだけど……」
 荒野が、ガクの言葉にそう補足した。
 いわれた、舞花は、「ああ。年末の商店街で突然消えた、あれか」と声を上げた。
「……で、今は、二人とも姿を消したまま、鬼ごっこをやっている、と……」
 ……こいつも、たいがいに順応性は高いよな……と、荒野は思いつつ、さらに説明を加える。
「……楓の方は、時折、わざと隙をつくっているけど……茅が、そういうのに、食らいついてこない……」
「……ボクたちと楓おねーちゃんのパターンと相似形だね……。
 体力とかに劣る茅さんが、遥かに強い筈の楓おねーちゃんを、翻弄している……」
 胡座をかいているガクの後ろに立ったテンが、興味深そうに成り行きを見守っている。近く、茅と対戦する予定になっているガクにとっては、茅の手口を見極めるいい機会でもあり、勢い、それだけ真剣にみることになる。
「……勝てそうか?」
 荒野が、テンに問いただした。
「正直……やってみなければ、わからない……。
 あの分だと、まだまだ隠し球、もっていそうだし……」
 テンは、ゆっくりと首を振る。
「でも……仮にボクが、茅さんに負けたとしても……それは、身体能力に劣る相手と対峙しても、やりようによっては十分に勝てる、って証明されるってことで……それはそれで、いい事んじゃないかな……」
 テンの答え方は、自分たちの問題をもっと広い視野から見直す冷静さを含んでいた。
「……ああ……」
 そんなテンの態度を、荒野は、可愛げはないが……頼もしくは、ある……と、思う。
「そういうことには……なるな……」
 こちらの様子が気にかかるのか、孫子と四人組までもが動きをとめ、荒野たちの周囲で見物しはじめた。
「……楓が……押されてるようにみえるのですけど……」
 孫子は、目をすがめながら、賢明に二人の行動を追おうとしている。
「楓も……甘いところがあるからな。茅の隙をみつけても、決定的な攻撃を行っていない。
 かわりに、茅の方は、楓を完全にたたきのめす気でやっている。
 気力の差も、あるだろう……」
 荒野がそう解説すると、孫子は露骨に鼻白んだ顔をした。
「あの子……いつか、その甘さが、命取りになるのではなくて?」
「その恐れは、十分にあるけど……」
 荒野も、ため息をついた。
 もともと……素直すぎて、駆け引きや心理戦に弱い……という欠点を除いても……楓は、一族の仕事に従事するには、優しすぎるのだ……。
「所詮……本人の問題だからな……」
 そうですわね……と、孫子は、不機嫌な声で短く返答した。

 結局、その日は、いつまでも決着がつかず、だらだらと鬼ごっこを続けていたので、茅が肩を大きく上下させはじめるのを確認してから、荒野が、
「……そこまで!」
 と宣言した。
 長いようでいて、実際に鬼ごっこがはじまってから、五分ほどしか経過していない。
 荒野の制止の声が響くと、茅は荒い息をついて、その場にへたりんだ。
 楓も、その場にへたり込みはしなかったものの、顔中に汗をかいている。
「……楓!」
 そんな楓を、荒野は叱責した。
「もっと真面目にやれ!」
 楓は、小さく「はい! すいません!」と叫んで、荒野に向かって頭を下げた。
「茅は……」
「……体力が、全然足りないの……」
 楓以上に汗まみれになりながら、地面に座り込んだ茅が、荒野の言葉を遮るように、いう。
「それと……素手だったから、よかったけど……楓が投擲武器を使ったら、大体の方向に、段幕を張られて、終わり……」
「……その通りだ」
 出鼻をくじかれた形の荒野は、頷いた。
「茅は……今の時点では……危険が迫ったら、ひたすら逃げてまわることだな……」
 それなら……まだしも、なんとかなるかもしれない……と、荒野は、思う。
 荒野にしてみれば……茅の、実力に不釣り合いな闘志が、一番危うく見える。
「……テン。
 茅との戦い方、しっかりと考えておけよ……」
 最後にそういって、荒野は、
「あんまり遅くなってもあれだし、今日はもう帰ろう……」
 と、みんなに言い渡した。

「……って、わけでな……」
 登校時、飯島舞花は、途中から合流してきた玉木に、さっそく今朝の「練習光景」を説明する。玉木だけではなく、その場にいなかった樋口明日樹と大樹、それに栗田精一も、かなり興味がありそうな顔をして舞花の話しを聞いていた。そばにいた香也の耳にも、当然舞花の話しは入っている筈だが、こちらの方は目だった反応を示さないので、興味の有無さえ定かではない。
「……あれ、絶対、撮影のし甲斐あるって……」
「って、いっても……全員、トレーニングウェア姿だぞ……。
 映像としては、しまらないんじゃないか?」
 慌てて、荒野が舞花の話しを遮る。
 これ以上玉木に、身辺をいいように引っ掻き回されたくはない……というのが、本音だった。
「……ああ……」
 ……ふぁ……と欠伸をしながら、玉木は手をぱたぱたと振った。
「そういう、朝早いのは、パスって方向で……。
 それに、そういうの撮影なら、これから本格的にはじめるし……」
 荒野の危惧とは反対に、玉木は、あっさりと早朝の撮影を蹴った。
「それに、その手の撮影なら……これから、おおっぴらにすることになっているし……」
 にししっ、と玉木は笑う。
「……おおっぴらって?」
 玉木の反応に、舞花がいぶかしげな声をあげると、
「シルバーガールズ!」
 玉木は元気よく、舞花には意味不明な返答をした。

「……ねぇねぇ、荒野さん……」
 代わりに、身を乗り出してきたのは、樋口大樹である。
「その朝の、おれもいっても構わないっすかね?」
「……別に、いいけど……。
 学校の部活なんて、目じゃないくらいにハードだぞ? おれたちのは……」
「……やっぱり、やめときます……」
 大樹はきっぱりと、前言を取り消した。

「……なんだか知らないけど……また、おにーさんがらみで変な企画動かしてるのか……」
 舞花は、玉木を問い詰めている。
「そんなようなもんだよ。
 まあ、見ていたまえ! すぐに実物が拝めるから……」
 玉木は、大きく伸びをしながら、舞花にそう答えた。



 
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