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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(90)

第六章 「血と技」(90)

 一生徒としてみた荒野は、かなり真面目な部類にはいる。極端に成績がよい訳ではないが、そこそこの成績はキープし、よほど忙しい時でなければ、課題もしっかりと提出する。授業態度も、問題はない……。
 なのに、昼休みに、職員室に呼び出された。
「……加納君。この、進路、なんだが……」
 荒野の担任である大清水先生は、呼び出した荒野を椅子に座らせ、その前で、手に持った数日前に荒野が提出した進路指導のアンケート用紙をみている。
「進学、は、いいんだが……この志望校は……かなり……」
 荒野の現在の成績では、難しい……と、言いたいらしい。
「誘ってくださった先輩……人がいるので、微力を尽くすまでです」
 荒野は、背筋をまっすぐに延ばし、はきはきと答えた。
「いや……現状を分かった上で志望しているんなら、いいんだ……まだ、受験まで一年あるからな……」
 大清水先生は、眉間のあたりを軽く指で揉んだ。
「……この学校は……知っての通り、難関でな……。
 この学校からは、毎年、一人か二人くらいしか、合格者がでない……。
 志望するのは、かまわんのだが……かなりの努力が、必要になるぞ……」
 大清水先生は荒野に念を押して、こっそりとため息をつく。
 なんで、今年の二年生に限って……こんなに大人数の志望者が、この学校に集中するのか……。
 ……しかも、個性豊かな、問題児ばかりが……。

「……って、わけで、しばらく用事がない時は、放課後、おれも居残るから……。
 他の奴らがいろいろ動いているけど、おれにはあまり手伝えること、ないみたいだし……」
 職員室からパソコン実習室に移動した荒野は、そこにいた茅に告げた。
「……わかったの……」
 茅は、忙しくキーボードに指を走らせながら、頷く。
「楓も、悪いけど茅の護衛、頼むな」
 荒野は、茅のとなりで作業していた楓にも、声をかける。
「わかりました……」
 楓も、素直に頷いた。
「今日は、授業が終わったら、まっすぐに徳川さんの工場にいくとかいっていましたが……」
「そうなの。
 こちらのほうも、だいぶ落ち着いてきたし、徳川に頼みたいこともあるし……」
「茅が……徳川に、頼みたいこと?」
 荒野は、軽く眉を顰める。
 なんだか……いやな予感がした。
「まだ……秘密なの」
 茅は、荒野の表情を読みながらも、そっけなくそう返す。
「秘密……ねぇ……」
 荒野は苦笑いをする。
 いやな予感はするのだが……茅が教えないというのなら、よほどの事がない限り、荒野にはなにも言わない筈で……。
「楓……。
 茅が何か危ない真似をしだしたら、力づくでも止めろ……」
 これみよがしに、楓に話しを振るのが、精一杯の抵抗だった。

「……ねーねー。
 大清水に呼び出し受けてなかった?」
 早めに教室に戻ると、本田三枝が話しかけてくる。席が近いこともあって、この娘はなにかというと荒野に話しかけてきていた。
「うん。呼び出された。
 今の成績では、志望校、難しいって警告」
 荒野は、大清水とのやりとりを極端に要約して伝えると、本田は、納得した顔をした。
「……進学、するんだ……。
 加納君、アレだから進路どうかなぁ、って思ってたけど……。
 で、具体的に、どこの学校受けるつもりなの?」
 荒野が学校名を告げると、本田だけでなく、周囲で聞き耳を立てていた生徒たちが、いっせいに、「ええっ!」と、悲鳴にも似た声をあげる。
 それから、ざっと荒野の周囲を取り囲んで、
「……なんで、あんな難しい学校を!」
 とか、
「その顔で、あの運動神経で……さらに、頭も良くなろうというのか!」
 などと、口々に荒野を責め立てはじめる。
「そんなことが許されると思っているのか!
 完璧超人になろうというのか、お前は!」
 荒野は、自分を取り囲んだクラスメイトたちを見渡して……正体を明かしても特別扱いされないのはいいが、こういうところはどうにかして欲しい……と、思った。
「……い、いや……。
 誘われたから、なんとなく、その学校がいいかなぁって……この間のアンケートに、第一志望で書いたんだけど……」
 荒野は引き気味になりながらも、そんな言い訳をする。
「……誘われたって、誰にだよ!」
「女か! 女なんだな!」
「加納、お前、そんなには成績良くないだろ!
 ……ふざけるな!」
 荒野の学科の成績は、科目にもよるが、平均して「中の上」か「上の下」程度である。そのことを、クラスメイトたちも知っている。小テストや業者テストの際、結果を、無遠慮に覗き込まれるからだ。
「……誘われたって、誰にだよ!」
 なんやかんや、騒いだ後、結局は、その一点に関心が集中した。
「……ええっと……」
 荒野は、クラスメイトたちの、いつにない気迫に、かなり腰が引けてきている。
「……その、先輩。三年生、の……」
「……三年生の!?」
 ……どうしても、個人名を特定しなければ、気が済まないようだ……と、荒野は観念した。
「さ、……佐久間、沙織先輩……」
 ぼつり、と、しかたなく、荒野が答えると、荒野を取り囲んでいた連中は騒然とする。
「……聞きました、奥さん……」
「あれだけの美少女軍団引き連れておいて、この上佐久間先輩まで毒牙に……」
「……ああっ。なんで一年の狩野とかこの加納の周囲ばかりに、いい女が集まってくるのか……」
「……みんなで一緒にその学校にいったら、楽しいだろうなぁ、って言われて……おい! 変な意味じゃないぞ! おれだけ誘われたって訳じゃなくて、みんないっしょにいらっしゃいって言われたんだ! そうだ! そこの樋口や才賀も一緒だった、そうだったよな! なっ!」
 荒野は助けを求めたが、孫子は素知らぬ顔をしているし、明日樹は明日樹で、騒ぎの大きさにびびって凍りついている。
「……あっ! あのうっ!」
 突然、教壇の方で、大きな声がした。
 全員でいっせいにそちらに振り返ると、岩崎硝子先生が、今にも泣きそうな顔をして震えている。
「……も、もう……とっくにチャイム鳴って、授業時間、はじっているんですけど……」
 全員、蜘蛛の子を散らすように素早く各自の席に戻り、全員が席に着いた頃を見計らって、日直が号令をかける。
「……きりーっつ……」
 後は、いつも通りの授業だった。

「……って、わけで、今日は、うちのクラス、半分以上の生徒が参加って方向で……」
 荒野は、今や、自主勉強会の本部になっている空教室で捕まえた佐久間沙織に、相談を持ちかけた。
「……その人数がいっぺんにこっちに移動してきても、混乱がおきそうだし……なんか、いい手、ないっすか?」
 この場に相談相手がいてよかった……という思いと、それに、なんでおれがこんな面倒までみなければならないのか、という不満が、荒野の中でごっちゃになっている。
「……大体の事情は、わかりました」
 佐久間沙織は、真面目な顔をして荒野に頷いてみせる。
「そうね……。
 今日は、茅ちゃんも、確か、徳川君の所にいっているのよね……。
 そんな大人数にいっぺんに来てもらっても、混乱するだけだし……まだ、プリント類もあまり整理で来てないし……。
 いいわ。
 わたしがいって、面倒みましょう……」

 荒野が佐久間沙織を伴って自分の教室に戻ると、
「……えっー!」
 と、
「……おっー!」
 という感嘆の声、半々にくらいに出迎えられた。
 佐久間沙織は、そうした騒がしさには一切、頓着せず、つかつかと教壇の上に移動し、クラス中を見渡す。
「……ええっと……。
 加納君に頼まれて、下級生の勉強を見に来ました。
 ここに残っているのは、やる気のある生徒だけとみなします。
 では早速、みなさんのレベルを図るための、小テストを行おうと思います。
 そこ! 私語は謹む! それから、加納君も席について!
 これから問題を黒板に書きますので、制限時間二十分以内に、解答を各自のノートに書いてください。
 その結果をみて、後は個別に指導します……」




[つづき]
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