第六章 「血と技」(91)
「……これから板書きする問題の中から、好きな科目を選んでください……」
そういって佐久間沙織は黒板にまず二本の線を引いて三分割し、それぞれのスペースに、英語、数学、現代国語の問題を七問ずつ、何も見ずに、書き出す。
それから、教室に後部につかつかと移動し、同じように後ろの黒板も三分割して、物理、世界史、古文の問題を書き出した。
沙織が教壇に立ってから十五分もたたないうちに、それだけの作業を完了し終えると、沙織は教室内を闊歩して、その場にいた一人一人生徒たちの手元を覗き込み、進行状況をみて、片っ端から声をかけていった。
「……ここで詰まるのなら……教科書、出して。○ページからの単元を、復習しておくこと……」
と自習を勧める場合もあれば、問題の解法や解説を、その場で詳しく説明しはじめる場合もある。
前者は、圧倒的に基礎知識が不足している生徒、後者は、基礎はある程度できているが、応用問題で詰まっている生徒への対処、らしかった。
沙織が残っていた生徒たち全員に声をかけ終わる頃には、沙織の中で一人一人の分類がなされている。生徒たちのことを把握すると、沙織は、科目毎、進行状況毎に生徒たちを、みっちりと暗記中心の自習をさせるグループ、時折、様子をみて、助言ぐらいは与えるグループ、効果的な点数の取り方を教えるグループ……などに、分けていく。
沙織は、下校時刻ギリギリまで忙しなく教室内を飛び回りはじめ、沙織に教えられる側の生徒たちは、呆気にとられるよりも、沙織に出された目の前の課題を片付けるのに夢中になった。
結果として沙織が、二十人からの生徒を相手に、同時に複数の教科の授業を効率よく進めていたことに気づいたのは、最終下校時刻前を告げる予鈴が鳴り響き、片付けをしはじめてからだ。
「……先生よりも、凄いんじゃねぇ?」
という沙織の評判は、すぐに校内に広まることになる。
荒野たちが教室で自習に臨んでいた頃、才賀孫子と玉木、田中、佐藤の四人は、商店街を闊歩していた。孫子と玉木は制服姿、田中と佐藤はスーツ姿だった。
四人で商店街を歩いているのは、別に買い物をしに来たわけではなく、新しいビジネスのための足場を作りに来たのだった。玉木の案内で、四人は、賃貸に応じてくれそうな人たちを、片っ端から訪問していった。今は、イベント期間中、ということでそれなりに人出もあるが、商店街の半分ほどは、長らくシャッターを閉じたままだった。売り上げも芳しくなく、後継者もなく、休眠したり閉店したりしたお店を一件一件周り、店先を貸してくるよう、交渉していく。不動産屋を介すると手数料が発生するので、近隣の事情に詳しい玉木に、交渉に応じてくれそうな空き店舗の持ち主をピックアップして貰い、一件一件、案内して貰った。
事務所だけではなく、倉庫や駐車場として使用する地所も必要だったから、使える空間は多ければ多いほど、いい。しかし、他にも経費を回さなければならない使途には事欠かなかったので、賃料は出来るだけ低く抑えたい。だから、孫子たちが大家さんたちと直談判する必要があった。
大家、といっても、駐車場を除けば、店舗と住居が一体になっているうち、使用されていない店舗だけを貸してくれるように交渉するパターンが多くなるわけで、それだけ相手のプライバシーに触れるような側面もあり、だからなおさら、借りる側の信用、というものが、必要だった。
そうした説得のためには……やはり、人を介するよりは、直接、顔を合わせて相談した方が、いい……と、孫子は判断した。
こうして孫子が公然と動くことで、実際に事業を立ち上げる前に、孫子が何をはじめるつもりなのか……という噂も広まる、と、期待していた。
年末とは違い、商店街の人たちも孫子の実家の事を知っているし、また、現在進行中のイベント準備中に、接触する機会も多かったので、孫子個人の為人についても、かなり広い範囲で知れ渡っている。
必要な不動産を確保し、地元への顔つなぎさえ、スムースに行えれば……後の人集めや備品の手配は、孫子個人のコネクションでいくらでも調達可能なのだった。
事務所と倉庫の確保以外にも、孫子が計画している配送サービスについて詳しく説明し、活用してくれるよう、営業も行わなければならいし……荒野かた資金を確保し、青写真だけはしっかり作ったものの、まだまだ、やるべきことが山ほどあった。
茅と楓は、その日は授業が終わると、珍しく真っ直ぐに帰宅する。制服を着替えて、予定通り、徳川の工場に向う。
茅が荒野にあらかじめ断りを入れておいた、というので、楓は荒野の自転車に乗った。茅によると、「時間が惜しいの」とのことだったので、楓と茅は二台の自転車で、徳川の工場に向かった。ガクが再生した二台の自転車は見あたらなかったので、ガクとテンが使用しているのだろう。
徳川の工場に到着すると、案の定、見慣れた自転車が二台、停まっていた。この自転車がここにある、ということは、ガクとテンの二人は、今、ここに来ている、ということだった。
茅と楓は、顔を見合わせて頷き合ってから、インターフォンを押した。
「……来たのか。
そういえば昨日、来るようなことをいっていたのだな……」
二人を出迎えて事務所に通した徳川は、あまり二人を歓迎している風ではなかった。関心事が別にあり、意識の大半はそちらに向かっている……という雰囲気で、半ば、「心ここにあらず」といった態だ。
「こちらの要件は、すぐに済むの」
そんな徳川に、茅は持参したディスクを渡す。
「この中にあるデータ通りのものを、つくって欲しいの……」
「……席、外そうか?」
同じ事務所内にいたテンとガクが、どうやら内密の相談らしい、と察して、腰を浮かせかける。二人とも、ノートパソコンを開いて、その前に座っていた。
「……そのままでいいのだ。
こっちが、移動する。作業は続行するのだ……」
テンとガクを制して、徳川は自分用のノートパソコンを抱えて、事務所を出ようとする。楓と茅も、それに続く。
「……あいつら、予想以上に使えるものでな……。
邪魔は、したくないのだ……」
事務所を出た徳川は、適当な廃材の上に上に腰掛け、自分の膝の上にノートパソコンを広げて立ち上げる。そして、白衣のポケットから茅が持参したディスクを取り出し、それをノートパソコンにセットした。
「……これは……仕様書、なのか?」
茅のデータを見た徳川は、複雑な表情をした。
「見ての通り、CADデータと、構成素材についての、必要な要件の注意書きなの……。
できるだけ……それに近いものを、つくって欲しいの……出来れば、内密に」
楓は遠慮して、ノートパソコンの画面は覗かないように努めた。
「……秘密兵器、という訳なのか……ふむ。面白い。
しかし、このような特殊なものを……」
徳川の表情が、輝きだしている。どうやら、茅が渡したデータは、徳川の好奇心を刺激する内容だったようだ。
「茅なら、使いこなせるの」
茅は、そういって頷いた。
「それに……茅に使えるものなら、当然、他の、テンやガクにも、使えるの……」
「自分自身で、試験をしようということか……」
徳川も、頷く。
「荒野に、茅のことを認めさせるために、必要なの。
これを作ってくれたら……茅は、徳川に、協力してもいいの……」
そういって、茅は、コツコツと指先で自分のこめかみのあたりを、叩く。
「……ここで……」
「若干、よそから調達しなければならない材料もあるが……ここでなら、作ること自体は、さほど難しくはないな……。
その見返りに、働いてくれるというのなら……取引としては、こちらに分が良すぎるのだ……」
「……そのうち、別の注文をするかも知れないの……」
「気にするな。ここまで来たら、一蓮托生なのだ。玉木なんか、もっと図々しいのだ……」
徳川は、ニヤニヤ笑いを浮かべている。
「それで……これ、期限はいつまでなのだ?」
「本番は、五日後だけど、練習する時間も欲しいの。だから、一両日中に……」
「出来ないことは、ないのだが……本番?
これを、すぐにでも使うあてがあるのか?」
「テンと模擬試合をすることになっているの」
茅がそう告げると、徳川はしばらくまじまじと茅の顔を見つめ、それから声を上げて笑いはじめた。
「そうか……。
これ……テン用の装備なのか……。
茅がそういうのなら……」
「もちろん、勝算はあるの」
茅は、表情を変えずにそういった。
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つづき]
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