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「髪長姫は最後に笑う。」 第六章(110)

第六章 「血と技」(110)

 荒野が工場の奥に走ろうとした時……。
 ポケットの中の携帯が、振動した。
 慌てて、液晶を確認する。茅からのメール、だった。
双子の策士は、策に溺れたの。
現在は、捕虜。
学校は、心配無用。
             (^ ^)v

『見抜いたのは、ともかく……』
 その文面を見た時、荒野は安堵を通り越して、ちょっとした脱力感を自覚した。
 双子、とは、酒見姉妹のことだろう。昨日のいきさつがいきさつだから、流入組にうまく話しを持ちかけて、リベンジ企んだとしても、別に不思議ではない。
 荒野が不思議に思ったのは……。
『……どうやって、あの二人を取り押さえたんだろう?』
 あの二人は、能力こそ一族の中では平均値程度だが、血を見ると見境がなくなる凶状持ちのサディストな筈で……茅一人でどうにかするのは難しいように思えたが……。
 荒野は疑問に思ったが、とりあえず、ここでは、その疑問を追求は、後回しにすることにした。
 後で詳しい事情を聞けば、いいことだ。
「……おーい!」
 荒野は、大声を上げながら、工場の奥に向かって駆け出す。
 荒野がこの場に駆けつけた、という事実。
 それに加え、双子が失敗した、という事実を突き付ければ、今、テンとガクと争っている連中の大半は、戦意を喪失する筈だった。
「……酒見姉妹は、学校で、取り押さえられたぞ!」

「……うっ……ぐっ……ぐっ……」
 飯島舞花の危うく押し潰されるところだった酒見粋は、うめき声を上げながら、なんとか持ちこたえた。
「……おお……」
 腰を大きく曲げた酒見粋に持ち上げられた格好の舞花が、粋の頭上で感心したような声を上げる。
「凄いな……ちっこいのに、力持ちだ……」
 揶揄しているのではなく、純粋に、感心している口調だった。
「飯島! そいつ、危険!
 油断しないで!」
 すかさず、茅が鋭い口調で叱責する。
「……ああ。そっか……。
 学校であんな大きな刃物振り回してたんだよな、この子……」
 舞花は、どこかのんびりとした口調で茅に応じ、素早い動作で体制を変えた。
 もちろん、いくら素早い、といっても、一族に属する粋が対応できない速度ではなかったのだが、舞花の動きが、粋が知るどんな武術体系とも異なっていたので、粋は戸惑い、反応が遅れた。
 舞花は、一度、粋から体を離した。
『……え?』
 粋は、何故ここで、今にも押し潰されそうだった粋の体から、舞花が離れるのか、理解できない。
 どう考えても……ここで、舞花が体を離すことに、メリットはないのだ。
 粋が疑問に感じた、その一瞬が命取りとなった。
 一度体を離した舞花は、次の瞬間には、粋の背後に周り……背中から、粋の腰に腕を回した。
「……本当なら、素人にこんな危険な技は使わないんだけどな……」
 舞花が、粋の体を軽々と持ち上げながら、呟く。
「相手が素人でなければ、やっちゃっていいか……」
 呟きながら、舞花は、粋の体を抱えたまま、大きく背をそらし、ブリッジに似た体制になって、粋の肩から後頭部を、廊下の床に叩きつける。
 粋と舞花の体重に加え、落下の衝撃すべてを後頭部と肩で受け止めた粋の視界に火花が散り、意識が、一瞬、飛ぶ。
「飯島! そのまま、身動きが出来ないようにして!」
「……え! ああ……いいけど……」
 相変わらず、厳しい口調で指示をする茅に、舞花が、のんびりと答えているのを、粋は、霞かけた意識の中で聞いた。
「この子……もう、そうとう、参っているみたいだけど……」
 舞花は、そんなことをぶつくさ言いながらも、ぐったりとして力が入っていない粋の体に手足をかけ、あっと言う間に複雑な間接技を組み上げる。
 コブラツイスト、だった。
「……これで、滅多なことでは、動けないけど……。
 この子、そんなに悪いこと、しようとしたの? 茅ちゃん?」
 ……やる前に、聞けよ……と、ぼんやとと霞んだ思考の中で、粋は思った。体中の関節が、悲鳴を上げているような気分だった。こうなると、頭を打って意識がはっきりしてないのが、かえって幸いだった。
「この二人、荒野たちを外におびきだして、絵描きを人質に取ろうとしたの……」
 薄れかかった意識の中で、茅の返答をぼんやりと聞いた。
 もちろん、これ以上抵抗する意欲は、粋の中で完全に消えうせている。
『……ああ……』
 粋は薄目を開けて、美術室内の床に、全身濡れ鼠で転がされている姉の姿を認めた。
 濡れた制服が体にぴったりとはりついて、どことなくなまめかしい風情だった。
 校内で一緒に歩いている所を目撃されると目立つから、あえて時間差をつけて行動していたのだが……どういう方法を使ったのか知らないが、姉の純は、その、わずかな時間に、素人同然の茅に、完全に「してやられた」らしい……。
『……お姉様もやられたのなら……』
 自分が失敗しても、仕方ながないな……と、粋は思った。
 そして、がっくりと頭を垂れる。
 その瞬間……素人の、他愛もないプロレス技にしてやられたことを……粋は、認めた。
 敗北を認めたことで、かえって深い安堵を覚えた粋は……潔く、意識を失うことが出来た。

「……おーい!
 ……酒見姉妹は、学校で、取り押さえられたぞ!」
 遠くから、荒野の声が聞こえた。
「……それでもまだやる、ってやつ以外は、どいていろ!」
「……っち! 使えなねーな、あの双子……」
「あの声……加納本家の……」
「人質が取れないのなら、勝ち目はねーな……」
 荒野の声に反応して、テンとガクを取り囲んでいた者の大半が、そんなことをぶつくさ言いながら、ぞろぞろと脱落していった。
「……え? あれ?」
 ガクが、戸惑った様子で周囲を見渡す。
「……何? 終わり……なの?
 これからが、楽しいのに……ほ、ほら、この鎖だって、はい! 外れた!」
 ガクがもぞもぞと身じろぎをしたかと思うと、ガクの上半身に巻き付いていた鎖が、じゃらじゃらと音を立てて足元に落下した。
「……ガク……無駄だよ……」
 ガクのそばに寄ってきたテンが、ゆっくりと首を振った。
「彼らには……もう、ボクたちを足止めしておく理由が、ないんだ……」
「……そういうことだな……」
 いつの間にかそばに来ていた荒野が、テンの言葉に頷く。
「どうやら、酒見の双子が仕掛けて来たてたらしい。
 学校を手薄にして、その隙に、潜入と撹乱、できれば制圧をしようというのが目的だったみたいだが……茅が、二人とも取り押さえたそうだ……」
 荒野は、酒見姉妹の本当の狙いは、香也の身柄を押さえて人質にすることだったのだろう……とは、見当をつけていたが、テンとガクの前では、香也の名前を出さなかった。
 香也の身に危険が及ぶところだった……ということを知れば、この二人が激昂することは想像に難くなく……そうなると、この場の収拾をつけることが困難になる。
 二人がやり過ぎて、買わなくともいい筈の恨みを買ってしまう……というシナリオを想定していた荒野にとって、現在の状況は、かなり「マシ」な収まり方といえた。
「……駄目です!
 双子の携帯、どっちも別人が出ます。変なしゃべり方で、これ以上の抵抗は無駄なの、とかいってます!」
 そうこうするうちにも、荒野の言葉の裏を取ろうとした者もいたらしく、そんな声も聞こえ初めていた。
「……さてっと……楓や才賀にも……」
 連絡をするかな……っと、荒野が自分の携帯に手をかけた時……。
「……ちょっと待ったぁ!」
「……酒見の間抜けどもが、ヘタ打っても、おれたちには関係ないしなぁ……」
「こちとら、都合がいいから、やつらの話しに乗ったまでで……」
「こんな面白いこと、滅多にないんだから……止める、なんて野暮はしないよね……加納!」
 ゆらゆらと、何人かの男女が、荒野たちの前に進み出てくる。
「……へぇ……」
 荒野は、不敵に、笑った。
「よりにもよって……レッド中のレッドが、揃い踏みかぁ……。
 で……この三人の中の、誰とやりたいんだい?
 それとも、団体戦がご所望かい?」





[つづく]
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