第三話 激闘! 年末年始!!(3)
狩野香也がせっせと期末試験の日程と「冬のお仕事」を消化しつつあった、ある日……。
「わたしがこのおうちの居候第一号の羽生譲であーる」
羽生譲は、松島楓と才賀孫子の前で無意味に胸をはった。
「居候二号、三号。
わたしはいわば、居候の先輩。分からないことがあればなんでも聞き給え。わたしの事は以後、『居候の師匠』と呼ぶよーに」
「はい、師匠!」と元気よく返事をする楓と、「なんなの、この女」と、感じた胡散臭さを隠しもせず顔を出す才賀孫子。
基本的に「長いものには巻かれろ」的な因習が身に染みついている楓と、何者にもおもねることなく育ってきた孫子の育ちの差が、こんな所にも端的に表れている。
「本日集まって貰ったのは、他でもない。これから、数日後に控えた商店街イベントの衣装合わせと、現場でお世話になる商店街の方々にご挨拶にいくのだ」
愛車のスーパーカブに跨り、スターターをキックする。
「では、ついてきたまえ、居候二号と三号の諸君」
「ちわーっす。サンタとトナカイお届けにまいりました!」
譲のスーパーカブは、徒歩で遅れもせずについてきた居候二号と三号を引き連れて駅前商店街のはずれにある町内会の集会場に到着。そこには譲との交渉役を引き受けてくれた居酒屋の大将がすでに待っていた。
「お。来たか、お嬢さん方」
昼間の時間は仕込みと掃除くらいしかすることがなく、比較的時間がとれた、ということもあるし、もともと、この大将はお祭り騒ぎが大好きな男なのである。
「貸し衣装はそっちな。たぶん、大丈夫だと思うが、着てみてサイズが合わなかったら、早くいってくれな。
で、だな。羽生さんとやら。とりあえず、会場は町内会の備品を借りて駅前広場に簡単な舞台をしつらえることにした……」
貸衣装を渡され、早々に打ち合わせに走る大将。結構せっかちで、かつ、実務的な人らしい、と、羽生譲は思った。
「なんですの! このいかがわしい衣装は!」
「えー! 才賀さんなんかまだいいじゃないですか。可愛いサンタさんで。
……わたしなんか、着ぐるみのトナカイさんなんですよ……」
向こうの部屋で、賑やかな話し声が聞こえる。
「いやー。似合う似合う。二人とも可愛いよ。すっごくいい」
衣装を着てでてきた二人の姿をみて、大将はうんうんと頷いた。
「それじゃあ、これ、今日の分のチラシと看板な。詳しいことは、そこの羽生くん話してある。今日はこれから仕込みがあるから、おれはこれで」
さわやかな笑顔を残して去っていく。
渡された梱包を解かれていないチラシの塊と看板を手に、羽生譲に視線をあわせる二人。
「……いやー、なんか、話しの流れでそういうことになっちまってさ……」
羽生譲は、二人の視線から目を反らして、ぽりぽりとこめかみを掻く。
「最初は、クリスマスのイベントをどう盛り上げてくのか、という話しだったんだが、どうせなら、数日前からお二人の顔を売っていこう、ということになって、……で、こういうことになった。このチラシ配りの分は、別にバイト代出してくださるそうだし……。
な。二人とも、これからの生活で、お小遣いくらい欲しいだろ? そこまで狩野の家にお世話になるのもなんだし……」
才賀孫子の叔父、鋼蔵は、『一般庶民の生活をこの機会に学ばせる』ということを徹底し、孫子の口座やクレジットカードの凍結まで行った。小遣いは、孫子と同年齢の女の子の小遣いの平均的な金額を、毎月現金書留で狩野真理に送り、そこから手渡される事になっている。その具体的な金額を知って、孫子は愕然とし、次いで、鋼蔵に猛然と食ってかかった。
「そんなはした金でいったいなにができるというのです! 叔父様!」
「その『はした金』とやらが世間一般の基準なんだ。よそ様にできてお前にやりくりできない、とはいわせんぞ」
鋼蔵は諄々と孫子を説得しだした。才賀の企業に勤める社員や中間管理職の平均年収までデータとして並べ立て、孫子が今まで過度に優遇されていたのかを説明する。
「叔父様!」
それらの具体的な金額を初めて知った孫子は、衝撃を受けたようだった。
「……それは……経営者として、あまりにも搾取しすぎではありませんこと?」
「……お前なあ……」
鋼蔵は、深々とため息をついた。『孫子の世間知らず』の一端を、改めて思い知らされた形だ。
「……うちの系列は、総じて、同業他社より待遇がいいと思うんだが……。
嘘だと思うのなら、そこいらの求人雑誌、立ち読みしてみろ。それでだな、今まで自分が湯水のように蕩尽してきた金、今の自分で稼げるかどうか計算してみろ……」
それ以上、孫子の抗議には耳を貸そうとせず、一方的に通話を切った。
こうして、孫子は「パンがなければお菓子を食べればいいのよ」と、いってもいられない身の上となった。
「チラシ配りは人が多くなる夕方四時から。その日のチラシがなくなった時点で終了。チラシ、残してもいいけど、その分バイト代差し引きになるから」
そういって羽生譲は、国道沿いにあるファミレスの、自分自身のバイトにでかけていった。
必要以上に短く、どうにも男にこびているようで気にくわない衣装だが、背に腹は変えられない。それに……と、孫子は、傍らでトナカイの着ぐるみに身を包んだ松島楓をみた。こちらは、不平たらたらの孫子と違って、このような屈辱的な装束を纏うことにあまり抵抗がないらしい……コイツにできて、わたくしにできない、というのも癪ですし……。
その日のうちに開始された松島楓と孫子のバイトは、なんだか分からないうちに「客寄せパフォーマンス合戦」に突入し、着ぐるみの楓がアクロバティックな動作で人ごみの中を飛び跳ねて、子供連れの人気者になったかと思うと、孫子はミニスカの利点を活用して男性客に有無をいわさずチラシを渡す、などの作戦にでて、競うようにしてチラシを配布し終えた。
予想以上に、ごく短時間のうちに用意されたチラシを全て手渡し終えた彼女らのめざましい働きぶりを実地にみていた商店街の人々は、「これなら、明日からは、もっと大量のチラシを用意しても良さそうだ」と判断し、ご用達しの小さな印刷屋に増刷の連絡をした。
本番のクリスマスまで数日の余裕があるこの日、彼女たちの闘いの火蓋は、ごく地味に切って落とされた。
[
つづき]
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